エデンより彼方に

FAR FROM HEAVEN
脚本・監督 トッド・ヘインズ
出演 ジュリアン・ムーア  デニス・クエイド  デニス・ヘイスバート  パトリシア・クラークソン  ヴァイオラ・デイビス  ライアン・ウォード  リンゼイ・アンドレッタ
撮影 エドワード・ラックマン
音楽 エルマー・バーンスタイン
編集 ジェームズ・ライオンズ
衣装 サンディ・パウエル
美術 マーク・フリードバーグ
2002年 アメリカ作品 107分
ベネチア映画祭…主演女優賞受賞
ナショナル・ボード・オブ・レビュー…主演女優賞受賞
全米俳優協会賞…主演女優・助演男優(デニス・クエイド、以下同)賞受賞
ニューヨーク映画批評家協会賞…作品・監督・助演男優・助演女優(パトリシア・クラークソン、以下同)・撮影賞受賞
ロサンゼルス映画批評家協会賞…主演女優(「めぐりあう時間たち」と本作の2作が対象)・撮影・音楽賞受賞
シカゴ映画批評家協会賞…作品・主演女優・助演男優・監督・撮影・作曲賞受賞
サンフランシスコ映画批評家協会賞…監督賞受賞
ボストン映画批評家協会賞…撮影賞受賞
シアトル映画批評家協会賞…作品・主演女優・監督・脚本・撮影・作曲賞受賞
インディペンデント・スピリッツ・アワード…作品・主演女優・助演男優・監督・撮影賞受賞
全米映画批評家協会賞…助演女優・撮影賞受賞
ブロードキャスト映画批評家協会賞…主演女優賞受賞
ゴールデンサテライト賞…作品・監督・助演男優賞受賞
オンライン批評家協会賞…主演女優・助演男優・脚本・撮影・音楽賞受賞
サンディエゴ映画批評家協会賞…作品・主演女優賞受賞
ワシントン映画批評家協会賞…主演女優賞受賞
バンクーバー映画批評家協会賞…主演女優賞受賞
フロリダ映画批評家協会賞…主演女優・撮影賞受賞
カンザス映画批評家協会賞…主演女優賞受賞
ロンドン映画批評家協会賞…女優賞 他
評価☆☆☆

映し出される美しい色彩を見よう。昔懐かしいようなメロドラマに浸ろう。
そういう映画だ。

「SAFE」や「ベルベット・ゴールドマイン」のトッド・ヘインズ監督が、1950年代を中心に活躍したダグラス・サーク監督の作風をまねて作った映画だという。
明るい光、見映えのする暖色などが特徴の、鮮やかな色遣い。
サーク監督の映画の色遣いに影響されたといわれていたのは、最近では「8人の女たち」も、そうだった。

ダグラス・サーク監督は、本名をデトレフ・ジールクという。1900年にデンマークで生まれ、10代でドイツに渡り演劇や映画の世界で活躍。夫人がユダヤ系のために、ヒットラーを逃れてアメリカへ亡命した。1987年没。
私はサーク監督の映画は「風と共に散る」(この映画については「8人の女たち」の感想のときに触れている)くらいしか観ていないが、色鮮やかな大メロドラマだったという記憶がある。
「エデンより彼方に」も、同様の作りである。
サーク監督の「天はすべて許し給う」(1955年、劇場未公開、ジェーン・ワイマン、ロック・ハドソン主演)がベースになっているとのこと。
メロドラマというと、甘いだけのお話という印象を持つかもしれないが、実際は、かなり苦い展開を含んだ物語だ。

夫は会社重役で、妻は良妻賢母。
会社では理想的な夫妻の象徴とされ、彼女ひとりでも雑誌の取材が来るほどの、典型的な「良き妻」である。
上流の家庭として、何不自由のない生活を送る日々。そこに、ある事件が起きる。
1950年代にはタブーであっただろう2つの出来事。それが夫の身に、そして連鎖のように妻の身にも起きる。
幸せだった家庭が一気に崩壊していく。天国から遠くへ(原題)と押しやられる夫婦。

物語は1957年が舞台なので、現代のわれわれから見ると、夫の悩む問題は少々滑稽なところがある。病気の治療をする、ということになるのだが、これが病気だとは、いまは思われていないだろう。
ちなみに夫が映画館で観ているのは「イブの三つの顔」(1957年、劇場未公開、ジョアン・ウッドワードがアカデミー主演女優賞を獲得)であるらしい。多重人格症を取り上げた映画で、これは夫の悩みを、ある意味で象徴しているようで面白い。
また、妻の問題も、一概には言えないが、いまは、当時ほど深刻ではないのではないか。
ストーリーとしても、昔のドラマそのままなのだ。
人が人を好きになることは、いつの時代も変わらないテーマだが、それ以外のことは古臭いとも言える。その流れに乗って楽しめるかどうかも、この映画の評価を決めるのだろう。

映像の色の綺麗さは、文句なしに見事。美しい庭や紅葉の景色は、まさにこの世の天国、絶景だ。
カラーチャートを見ながら撮影を進めたという話も聞くほど、色彩には注意が払われたらしい。
映画館や妖しげなバーの場面での、表情豊かな陰影も見どころ。
完璧な様式美と言えるのだろうか、この映画は、すべてが前もってきっちりと舞台が整えられて作られた世界なのだということを感じた。

しかし、どうなのだろう。
私などはテレビで1950年代の映画、とくにダグラス・サークのものも観ているので、違和感はない。だが、いまの観客に、この映画は面白いだろうか、あのエンディングで満足するだろうか、などという疑念を抱いてしまう。
ヘインズ監督は、(たぶん)自分の好きな、ダグラス・サークの映画を精緻に再現したことで満足なのだろうが、受け手である観客すべてに、それは通用するのだろうか。
これほど多くの賞を取ったのは疑問。批評家たちは、懐かしの映画の雰囲気に胸いっぱいになって、過剰反応しているのではなかろうかと思えてしまう。なぜ、これほど支持されたのか、少し不思議だ。
インディーズの鬼才とも言えるトッド・ヘインズ監督なのだから、凄いんだよ、これは、という思い込みで、肩入れしすぎなんじゃなかろうか。

「めぐりあう時間たち」での内面表現の演技とは違い、セリフや、はっきりした所作で達者な演技を見せるジュリアン・ムーアの主演女優賞と、ため息の出るように美しい色彩美を実現した撮影賞の2つには文句はないけれども。

中身には関係ないが、エデンより彼方「へ」、だったか、彼方「に」、だったか、覚えにくい邦題である。
〔2003年7月12日(土) 日比谷スカラ座2〕



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