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ロッキードL−2000超音速旅客機

Lockheed L-2000 SST

 

Specifications

形式 4発大陸間超音速旅客機
開発年 1966年
座席数 230席(2クラス)
全長 83.2m
全幅 35.4m
最大離陸重量 267000kg
エンジン プラットアンドホイットニー(P&W)

JTF17ターボジェットエンジン

×4基

巡航速度 マッハ3
巡航高度 21800m〜23300m
航続距離 6400〜7400km

↑データはL2000−7A

 

Development & History

<開発>

 ロッキード社は他社に先駆けて1956年から超音速旅客機(SST)研究を開始した。また、ロッキード社はF−104超音速戦闘機、SR−71超音速偵察機で超音速機の経験を、L−188エレクトラで旅客機開発の経験を積んでいた。

 ロッキード社のSSTのコンセプトは「より簡素で安全」という保守的なもので、そのため英仏共同のSSTコンコルドが採用した燃料移送システム(超音速時の重心移動に対応)や、ボーイング社が取り入れた可変翼などの複雑なシステムの採用を避けた。そこで、ロッキード社は様々な翼形を研究したが、1962年、最終的にダブル・デルタ翼に落ち着いた。

 1963年のジョン・F・ケネディ米大統領のSST推進演説で、アメリカの超音速旅客機開発プロジェクトが本格的に始動した。1963年の時点でロッキード、ボーイング、ノースアメリカンの3つの企業がSST開発に名乗りを上げていたが、その時点ではロッキード社の設計案が最も洗練されており、最大のライバルであるボーイング733SSTと比較すると、最大速度マッハ3(ボーイング733=マッハ2.7)、座席数210(733=150席)と優位に立ち、空力性能も優れていた他、生産性も良く、総合的に見てもボーイング733を圧倒していた。しかし、これでも米連邦航空局(FAA)は性能に満足せず、より一層の研究を両社に指示し、比較審査はステージUAへと進む。

 これを受けて、ロッキード社はコンピュータを利用して翼形の研究を進め、その結果翼面積が778.6平方メートルから839.6平方メートルに拡大し、巡航高度を高め、着陸速度を下げるとともに、さらなる空力性能の改善に成功した。

 このロッキード社の超音速旅客機(SST)は、巡航速度が2000マイル(マッハ3)ということからL−2000と名付けられた。L−2000には、国際線用のL−2000−1(座席数170席)、より大型の国際線用L−2000−2(座席数221席)、国内線用のL−2000−3(座席数250席)の3つのタイプがあり、そのうちL−2000−1は4000マイル以上の航続距離があり、大陸間横断飛行が可能であった。

 

<設計>

 客室は直径3.35mで、横5列の座席配置である。これは、ダグラスDC−9に似ている。また、座席の上下には手荷物を収納するためのスペースがある。機体構造は、マッハ3の超音速巡航時の高温に対応するため、チタン合金が多用されている。これはライバルのボーイング社のSSTも同様である。メインギアは6輪×2基、ノーズギアは2輪で、ノーズギアの方がメインギアよりも直径が小さい。

 エンジンはプラットアンドホイットニー(P&W)JTF17ターボジェットエンジンを翼後端に4基装備しており(対してライバルのボーイング2707はGE社のGE4を選択)、逆噴射装置を内蔵している。エンジンポッドはそれぞれ独立しており、空気抵抗を最小にするように配慮している。また、エンジンポッドの取り付け位置は、車輪の跳ね上げる異物吸入の危険性を減らすために、慎重に決定された。さらに、この位置にエンジンを取り付けることで、客室の騒音を減少させることも出来た。

 ロッキードL−2000SSTで特徴的なのは空気の圧縮方法である。超音速の空気がそのままエンジンに入ると、内部で複雑な衝撃波が発生し、エンジンに必要量の空気が届かないことがあり、しかもエンジン損傷の原因にもなるので、超音速機では空気取り入れ口(インテーク)に工夫を凝らしているのである。例えば、英仏共同のコンコルド超音速旅客機では可変型ランプ(衝撃波斜板)方式を採用、ボーイング社のB−2707は可変ショックコーンを装備している。一方、ロッキード社のL−2000はこのような可変部分が無く、シンプルな構造で、徐々に圧縮する方式を採用している。

 

<飛行>

 L−2000超音速旅客機(SST)の一般的な飛行は次のようになっている。まず、離陸後、高度13700mまで上昇し、ここから加速を開始して音の壁を超える。次に、加速しながら高度21800mまで上昇し、この段階で巡航速度のマッハ3に達する。その後も超音速巡航中は徐々に高度を増し、超音速巡航の最終段階では高度23300mに達する。この段階で減速を始めて、高度を下げていき、目的地に着陸する。なお、代替空港に向かう場合や、着陸のやり直しの場合に備えて、通常300マイル以上飛行できる予備の燃料を搭載してある。

 

ロッキードL−2000−7「ロッキードSSTの決定版」

 L−2000超音速旅客機(SST)は、ライバルのボーイング733SSTよりも、明らかに優れていたが、ロッキード社はさらなる改良型、L−2000−7を開発した。L−2000−7にはA型とB型の2つのバリエーションがあり、A型は長距離型、B型は胴体を延長して座席数を増した中距離型である。L−2000はかなり大型化しており、A型で全長83.2m、B型では89.4mに達している。最大離陸重量もL−2000A型で267トンに達し、A型ではファーストクラス・エコノミークラス2クラスで230名の乗客を乗せて6400kmの距離を飛行することができる。一方、B型はさらに多い2クラスで250名の乗客を乗せることができるが、航続距離は5000kmと短くなっている。

 1966年6月、ロッキードL−2000−7超音速旅客機(SST)のフルスケールモックアップが完成。いよいよ、ロッキード社のSSTの決定版L−2000−7とボーイング社のSSTとの決戦の日が迫った。

 しかし、最終審査を目の前にして、劇的なドラマが起こった。ライバル、ボーイング社が革新的な設計のボーイング2707(モデル733−390)を発表したのである。ボーイング2707の巡航速度はL−2000よりも320kmほど遅かったが、300名もの乗客を輸送できるキャパシティを持ち、空力性能でも初めて逆転した。しかも、可変翼という切り札を備えており、離着陸性能に優れていた。さらに悪いことに、ロッキードL−2000−7が装備するプラットアンドホイットニー(P&W)製のJTF17ターボジェットエンジンはライバルのボーイング2707が装備するGE製のエンジンと比べて多くのトラブルを抱えていた。

 ロッキードL−2000の命運は尽きた。1966年12月31日、ロッキード社の技術の粋を集めたSSTはボーイング社に敗れた。この瞬間、L−2000の開発は幕を閉じた。

 ロッキードL−2000はたしかにカタログスペックでボーイング2707に劣ったが、よりシンプルで、実現性の高い機体のように思われた。事実、ボーイング2707の方もアメリカの次期SSTに選ばれた後、早々と可変翼を断念、L−2000と同じようなダブルデルタ翼の「縮小版」ボーイング2707−300型を開発するのである。しかも、その300型ですら高価すぎて結局キャンセルされることになる運命にあった。

 

Variants

・ロッキードL2000−1

  初期の設計コンセプトの1つ。航続距離6400km以上で、大陸間飛行が可能な国際     線仕様。座席数170席。

・ロッキードL2000−2

  初期の設計コンセプトの1つ。国際線仕様で座席数221席。

・ロッキードL2000−3

  初期の設計コンセプトの1つ。国内線仕様で座席数250席。

・ロッキードL2000−7

  最終審査に提出されたL−2000の決定版。しかし、1966年12月31日の最終比較     審査でボーイング2707に敗れた。

 

 

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↑L2000−7モックアップ

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↑ロッキード社のプロモーション

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↑ロッキードL2000−7モックアップ

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↑ロッキードL−2000−7モックアップ

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↑L−2000の客室↑

AD2003/05/22 Update

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