Myasishchev 2M/M-4 bomber
| 初飛行年 | 1953年 |
| 乗員 | 6名 |
| 全長 | 47.2m |
| 全幅 | 50.48m |
| 全高 | 14.1m |
| 重量 | 160000kg |
| 翼面積 | 309平方メートル |
| エンジン | ミクリンAM−3Dターボジェットエンジン (推力9500kg)×4基 |
| 最高速度 | 900km/h |
| 航続距離 | 10700km |
| 武装 | 23mm機関砲×10 爆弾搭載量9000kg |
| 使用国 | 全て退役 |
<設計&開発>
ミヤシチョフM−4はソ連初のターボジェット戦略爆撃機である。初飛行は1953
年末で、初めて公開されたのは1954年1月のモスクワ航空ショーの時であった。
主翼は深い後退角付きの中翼配置で、この翼の根本に4基のミクリンAM−3D
(推力8700kg)ターボジェットエンジンが埋め込まれている。機体前部の乗員
コンパートメント及び後部砲塔は与圧構造になっていて、胴体下の主脚間には
熱核爆弾を搭載するための巨大な爆弾倉を装備する。
最初の爆撃機型(NATOコードネーム「バイソンA」)が初めて実戦配備されたの
は1956年で、任務は強力な熱核爆弾を敵国の頭上に落とすことで、約200機
が生産された。しかし、当時のジェットエンジンの限界か航続距離が不足し満足
に任務をこなすことが不可能であることが判明したため戦略爆撃任務はターボプ
ロップエンジンのTu−95が引き継いだ。後にICBMの急速な実用化もあり、洋
上偵察機や給油機として使用されることになる。
最初の発展型は3M/M−6バイソンBと呼ばれるタイプで速力や爆弾搭載量が
改善されている。エンジンはVD−7(推力9400kg)にパワーアップし、主翼は
より大型のものに交換され、機首レドームは再設計されている。さらに、このバイ
ソンBを元に洋上偵察型も開発され、1964年に初めて西側に確認された。また、
前部のガラス窓をレドームとして、そこにレーダーを装備した洋上偵察型の「バイ
ソンC」も作られた。バイソンは最終的に給油型が1992年まで使われていた。
面白いのはバイソンの機体構造を用いて作られた規格外貨物運搬用のVM−T
アトラントという機体で、これはエネルギア/ブランスペースシャトルの部品運搬
用に後継のAn−225ムリヤに取り替えられるまで使用されていた。余談だが、
このAn−225ムリヤは世界最大の航空機として知られる。
<各種タイプ>
○2M/M−4 バイソンA: 戦略爆撃機の基本型
○3M/M−6 バイソンB: エンジンをパワーアップし爆弾搭載量を増した発展型
○3M/M−6 バイソンC: 機首に大型レーダーを装備した洋上偵察型
○ZMS2: バイソンBから発展した給油専用機
○M−204M: エンジンをD−15(推力13000kg)に転装した試験機
○VM−Tアトラント: バイソンの機体構造を用いた規格外大型貨物輸送機


↑VM−Tアトラント