SA−5ガモン地対空ミサイル

SA-5 Gammon / S200 Angara SAM

 
名称 NATO名: SA−5ガモン

       (SA-5 Gammon)

ロシア名: S200アンガラ

       (S-200 Angara)

配備開始年 1966年
全長 SA−5A/S200: 10.5m

SA−5C/S200V: 10.8m

SA−5D/S200D: 10.8m

直径 0.86m
最大翼幅 2.85m
発射重量 2800kg
弾頭 215kg高性能炸薬破片弾頭又は25kT核
推進方式 固形燃料2重推進ロケットモーター

固形補助ブースター(4本)

誘導方式 指令/アクティブレーダー終末誘導シーカー
ミサイル速度範囲 700〜2500m/秒
最大射程 SA−5A/S200: 150km

SA−5C/S200V: 250km

SA−5D/S200D: 300km

最小射程 7km
最大射高 SA−5A/S200: 20000m

SA−5C/S200V: 29000m

SA−5D/S200D: 35000m

最小射高 30m
ランチャー形式 静止半固定単装レール型、牽引可能
最高迎撃目標速度 1100m/秒
展開時間 24分
撤収時間 13分
使用国 生産終了

・ウクライナ(サイト数箇所)

・ブルガリア(サイト少数)

・チェコ(サイト少数)

・ハンガリー(1個中隊、ランチャー6基)

・ポーランド(サイト2〜3箇所)

・ロシア(サイト110箇所、ランチャー200基)

・モルドバ(サイト少数)

・インド(サイト数箇所)

・イラン(防空部隊で1992年より使用)

・リビア(ランチャー6基装備大隊6個)

・シリア(ランチャー6基装備大隊4個)

・カザフスタン(サイト数箇所)

・ウズベキスタン(サイト少数)

・北朝鮮(ランチャー6基装備大隊4個)

 

<開発&設計>

SA−5ガモン(ロシア名: S−200アンガラ)は長距離高高度地対空ミサイルであり、

開発は1950年代初期に開発された。これは当時米国が開発していたマッハ3級の

ノースアメリカンXB−70バルキリー戦略爆撃機のような高速高高度侵入戦略爆撃

機に対して、旧ソ連が保有していたSA−1やSA−2などの従来の防空システムでは

対応できないと判断されたたためで、アレクサンドル・ラスプレチン設計局が誘導シス

テムを、またピョートル・グルシン設計局がミサイルをそれぞれ担当した。最終的に

この新システムの目標として想定されたのは、F−4戦闘機、B−52戦略爆撃機、F

−111戦闘攻撃機、SR−71超音速偵察機、それにアクティブジャマーを搭載した

電子戦機であった。

ミサイル本体は、射出可能ラップアラウンド型固定燃料ブースターパックを持つ単段

ミサイルである。ブースターは、長さ4.9m、直径0.48mで、フィン長はその胴から

0.35m。SA−5本体は全長10.5m、最大翼長2.85mで、主胴部の直径は0.8

6m、ロケットエンジンは固形燃料を使用した2重推進サステーナー型である。ブース

ターの燃焼時間と使用済みブースターを投棄する必要性から最小射程は約7kmと

なっており、このために標的は最大射程付近に存在する比較的大型で激しい機動を

行っていないものに限定される。ブースターの投棄ポイントである60km以降の誘導

は「スケア・ペア」ミサイル誘導レーダーからの方向修正指令信号によって行われ、予

定迎撃ポイント付近においてSA−5のアクティブレーダー終末誘導シーカーヘッドが

作動を開始する。大型の高性能炸薬弾頭は、外部からの指令信号か内蔵の近接信

管のいずれかによって起爆される。ただし核弾頭を搭載している場合には指令起爆

モードのみが用いられる。

 

<編成>

SA−5連隊本部に所属するレーダー班は、Lバンド早期警戒レーダー(NATOコード

ネーム「ビッグ・バック」)1基を装備している。このレーダーの索敵距離は500km以

上である。各ミサイル大隊のレーダーは、P−35(NATOコードネーム「バーロックB」

)E/Fバンド目標探知捕捉レーダー(索敵距離320km)で、このシステムは一体型

DバンドIFF(敵味方識別)装置、Hバンドのミサイル誘導レーダー(NATOコードネー

ム「スケア・ペア」、索敵距離270km以上)牽引式半固定単装式レールランチャー6

基(装填部、発射前準備室、ディーゼル駆動発電部を装備)で構成されている。

旧ソ連軍では通常SA−5は防空ロケット旅団に配備される。1個旅団の編成は、

SA−5(S−200)の2個大隊(各大隊はランチャー6基を「スケア・ペア」レーダーの

周囲に円形配列)とSA−3ゴア(S−125)を装備する2〜3個大隊(各大隊は4連装

発射機を装備し、施設とSA−5大隊を低高度で防護)である。さらに、各SAM大隊に

は小口径(23mm ZU−23)あるいは中口径(57mm S−60)の自動対空(AAA)

砲を装備する補助部隊を有している。

 

<配備>

旧ソ連軍は、1963〜1964年、初期型のSA−5(S−200)を装備した試験部隊を

エストニアのタリン郊外に展開して実験を行った。最初の実戦的な部隊配備は1966

年で、同年末までに18箇所のSAMサイトに延べ342基のランチャーが展開された。

SAMサイトは1967年には22箇所、1968年には40箇所、そして1969年には40

箇所にまで膨れ上がった。この数は1970年代から1980年代初頭にかけて段階的

にさらに増えていき、1981年にPVO-ストラヌイがV-PVOに再編されると、1985年

〜1986年についにピークを迎え、サイトの数は130箇所、ランチャー数は1950基

にも達した。1986年以降、この数に増減は無い。また、旧ソ連軍は1983年からワル

シャワ条約機構(WTO)を構成する東欧諸国にSA−5(S−200)の展開を開始し、

同時に東ドイツ(ロストクとルドルシュタッド郊外)、チェコスロバキア(パルゼニ郊外)、

西ハンガリー(ソンボトヘイ郊外)に砲兵大隊が配備された。ちなみに、この時点まで

に旧ソ連軍が国境を超えてサイトを設置していたのはモンゴルだけであった。

 

<実戦運用>

冷戦時代、旧ソ連軍防空部隊は高高度を侵入する米国のSR−71超音速戦略偵察機

に対して多数のSA−5ガモン(S−200)を発射していたが、撃墜には1度も成功してい

ない。リビア軍では1986年3月24にシドラ湾シルテにおいて同国の第1旅団が国際空

域を飛行中の米海軍機に対して、少なくとも5発のSA−5ミサイルを発射したが、いずれ

も命中しなかった。

 

<バリエーション>

○SA−5A(S200): 通常弾頭型

○SA−5B(S200): 核弾頭型

○SA−5C(S200V): 機動性と誘導システムに改良を加えた型

○SA−5D(S200D): 射程を300kmに延伸した型、現在ロシアで主に配備されて

                 いるのはこの形式である

○SA−5E: 終末誘導をパッシブレーダーに変更した型

 

SA-5-1.jpg (29192 バイト)

 

SA-5-2.jpg (13258 バイト)

 

 b301back.gif (1709 バイト) b301home.gif (1761 バイト)