SA−6ゲインフル地対空ミサイルSA-6 Gainful SAM |
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| <開発> SA−6ゲインフルはソ連地上軍のS−60 57mm高射砲を置き換える目的で開発 された。SA−6ゲインフルは、低高度から侵入する戦闘爆撃機の撃破を狙ったソ連 最初のSAM(地対空ミサイル)であり、SAMの覆域を埋める点で重要な役割を果た している。SAMの覆域はもともと、高高度と中高度の爆撃機を主対象としたものであ った。 SA−6ゲインフルは1965年にテストが始まり、1967年には部隊への配備が開始 され、同年のモスクワ赤の広場のパレードに登場し西側に存在が知れた。
<設計> SA−6ゲインフルはソ連の当時最新鋭の電子技術を応用し、システムに機動性を付 与したことで、優れた性能を発揮できた。ミサイルのレーダーは、グランドクラッターの 影響を排除して目標を捕捉出来るようになった。これは初期のSAMの真空管に代え て、トランジスターやプリント配線を使用した結果である。また、一部の情報によればS A−6ミサイルは電波妨害源にロックオンする機能を持つとも言われる。SA−6の発 射機搭載車は、ZSU−23−4対空戦車と類似のもので、NBC防護装置、暗視装置 を有するが、浮航能力は無い。
<構成> SA−6大隊は、遠距離捜索情報、早期警戒情報、目標情報、高度および識別諸元を 、ロングトラックレーダーとシンスキン高度情報レーダーから入手する。また、ミサイル のレーダー指令誘導にはストレートフラッシュレーダーを使用するが、このレーダーは 名前のとおり5通りの異なった周波数帯域を使用でき、限定された捜索、低高度の目 標探知と捕捉、目標追跡にも用いられる。ただし、レーダー指令を行う際は、ミサイル 追跡用の別のレーダーを併用する。ストレートフラッシュレーダー搭載車は中隊用の 射撃統制コンピュータを搭載し、一部の車両にはSA−3地対空ミサイルで使用されて いたようなテレビカメラを備えている。運用の際はSA−6ミサイル発射機と長さ10m のケーブルで連接されるようになっている。
<運用> ロングトラックおよびシンスキン・レーダーが目標を探知すると、距離、方向、高度、 速度が無線のデータリンクを介してSA−6中隊のストレートフラッシュレーダーに伝 達される。ストレートフラッシュレーダーは5〜6GHZの周波数帯域で作動し、目標 位置をさらに正確に捕捉し、敵味方識別装置で敵機であることを確認する。この機 能は、パルスドップラー効果を応用したもので、連続波は使用しない。射撃統制コン ピュータには、このレーダーからの諸元が入力される。ストレートフラッシュレーダー のG/Hバンドの目標追跡・照射レーダーは、8〜10GHZで作動し、連続波レー ダーで捕らえた目標を照射する。ちなみに、第4次中東戦争当時のイスラエル空軍 機のレーダー指向警報装置は、パルスドップラーレーダーで照射された際は、警 報を発することができたが、連続波の場合は探知できなかった。このため、SA−6 はイスラエル空軍機に対して「奇襲」することに成功したのだ。 ストレートフラッシュレーダーが目標機にロックオンすると、目標機が回避行動を取る か、レーダービームが電子妨害された場合を除き、目標機を追跡する。敵味方の識 別から約9秒後、正確な射撃諸元が設定されて、ミサイルが発射される。ミサイルは 1目標に対して数発発射できる。 発射されたSA−6は、左尾翼の受信機がストレートフラッシュ・レーダーから連続波 の指令信号を受信するまでは、蛇行しながら特徴のある飛び方をする。一方、ミサイ ルの頭部にあるシーカーは、目標機からレーダーの反射波を捕捉する。そこで、ミサ イルは要撃のための追跡コースに移動する。これらの一連の動きは、ミサイルが重 力の20倍の加速度で加速中に起こる。飛翔の補助噴進段階には、固体燃料のロケ ットエンジンでマッハ1.5まで加速する。その後、後部の円錐型噴射口を切り離し、 空になったロケットの推進薬の薬室がラムジェットエンジンの燃焼室になる。こうして ミサイルは最高速度マッハ2.8になる。ミサイルは、飛翔しながら、G/Hバンドのビ ーコン信号を発してその位置をストレートフラッシュレーダーに送る。射撃統制コンピ ュータは、これらの信号を基にして軌道計算を行い、ストレートフラッシュレーダーを経 由して、修正信号をミサイルに送る。ミサイルは、目標にあたって反射したレーダー波 を捕捉し、半自動終末誘導装置が作動を始め、近接信管が作動するまでシーカーが 目標への誘導を続ける。
<実戦運用> SA−6ゲインフルは1973年の第4次中東戦争において初めて、そして最も大規模 に使用された。アラブ軍はZSU−23−4シルカ防空機関砲と併用し、最強の防空網 を構築しており、スエズ運河沿いに構築された防空網の密度はソ連の首都モスクワ周 辺陣地に匹敵するほどであった。一方、イスラエルはSA−2ガイドラインとSA−3ゴア に対しては、有効な対抗手段を開発していたが、SA−6ゲインフルに対しては戦前か ら関心が薄かった。その結果、SA−6の機動性、低高度要撃能力、連続波(CW)に よる終末誘導性能などによって、イスラエル空軍機は甚大な損害を受け、終戦までに 40機ものイスラエル機が撃墜された。しかし、奇襲効果が無くなると、SA−6の威力 は低下した。SA−6の撃破率は、終戦までに旧式SAMと同程度になった。発射され たミサイルの総数は2100発で、1機撃破するのに55発のミサイルを使ったことにな り、撃破率は約1.8%であった(発射弾数840発、撃破数20機、撃破率2.3%とい うデータもあり、この場合SA−6の撃破率は、SA−7を除くアラブ軍のSAM全体の 平均撃破率約2%をやや上回る)。SA−6は出現当時は強力な兵器であったが、決 して驚異的な兵器ではない。旧ソ連ではその後SA−8を導入したが、これはSA−6 の限界を認めたためともいえる。 ただし、1973年の第4次中東戦争におけるSA−6の有効性は、撃墜した機数で評 価するのではなく、低空飛行を余儀なくされてアラブの高射砲、特にZSU−23−4シ ルカの毒牙にかかった機数で評価しなければならない。また、SA−6の脅威がある だけで、イスラエル空軍機は目標を攻撃できなかった。 第4次中東戦争ではエジプト軍とシリア軍がSA−6を使用したが、シリア軍はSA−6 を固定的に使用した。すなわち、一方では、第一線の防空地帯に展開させて、ゴラン 高原に向かうシリア軍の前進を掩護させ、他方では、ダマスカス周辺に展開させて首 都防空を担任させた。エジプト軍は、SA−6の機動性に着目したが、運動性のある早 期警戒レーダーがなかったため、シナイ半島に前進できたのは、わずか2個大隊であ った。さらに、SA−6は、全国土の防空計画に組み込まれていたため、新陣地に展開 するのに8時間かかった。SA−6の大部分は、スエズ運河沿いのエジプト防空陣地に 展開していた。
<対抗策> SA−6ゲインフルが当初戦果をあげたのは、イスラエル軍の対抗手段が不十分であ ったことが大きい。SA−2ガイドラインやSA−3ゴアに有効であった電子妨害やレー ダー指向警告装置は、SA−6には通用しなかった。前述のように、一部の情報によれ ばSA−6は「電波妨害」にロックオンする機能を持ち、実際には旧式のECM(電子妨 害)装置を使用するイスラエル空軍機に対してさらに正確に飛翔したという。加えて、イ スラエルのレーダー指向警告装置は、SA−6の位置を探知できず、航空機が電波の 照射を受けても警報を発することができなかった。このため、イスラエル空軍機は目視 でSA−6の発射機を捜索しなければならなかった。この際、イスラエル軍は自軍陣地 の上空に観測ヘリコプターをホバリングさせて、発射機の捜索を援助したといわれる。 向かってくるSA−6ミサイルを発見したパイロットは航空機を急旋回させてミサイルに 向かい、その下にダイビングさせてミサイルをやり過ごした。この回避方法は、たいて いの場合成功したが、回避した航空機が軽高射砲の射程内に入ることもあった。この 場合、航空機は大量の燃料を消費する。また、このような曲技飛行を行うには、爆弾 の搭載量を少なくする必要があった。イスラエル軍は、チャフを航空機のエアブレーキ から散布する米軍の戦法も採用した。 さらに、イスラエル軍は開戦直後の1週間に、SA−6について研究し、SA−6を妨害 できるように使用中のECM機材を改造した。大量のECMポッドが米国から空輸され 、SA−6の効果は急激に減少した。一方で、エジプトとシリアに派遣されていた旧ソ連 の技術者は、SA−6の交戦要領を改善するために懸命に努力した。その結果、戦争 終結までにイスラエルの新型ECM機材に対する部分的な解決策を見出し、新型EC Mポッドを搭載したイスラエル機にも損害が出始めたのである。
<バリエーション> SA−6ゲインフルにはいくつかのバリエーションがあると言われるが、詳細は不明。
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