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Tu−22ブラインダー爆撃機

Tupolev Tu-22 Blinder Supersonic Bomber

 
名称 ツポレフ Tu−22

NATO名 ブラインダー(Blinder)

全長 41.6m(空中給油装備を備えた

機体は42.6m)

全幅 23.5m
全高 10.7m
翼面積 163.2sqm
空虚重量 39050kg
最大離陸重量 85500kg
最大搭載燃料重量 42000kg
エンジン トブニューニンRD−7M(推力16000kg)

ターボジェットエンジン×2基

巡航速度 832km/h
最大速度 1510km/h
戦闘行動半径 2450km
最高航続距離 5650km

空中給油を1回した場合 7150km

実用上昇限度 14700m
離陸滑走距離 2500m
着陸滑走距離 1600m
搭載兵装 250kg爆弾〜9000kg爆弾

自由落下爆弾及び核爆弾

ペイロード 通常: 3000kg

最大: 12000kg

固定武装 NR−23 23mm連装機関砲×1基
使用国 ・イラク(Tu−22Kを保有していたが湾岸

     戦争でほとんど喪失)

・リビア(Tu−22K 7機 現在は稼動状態

     に無いと見られている)

・ウクライナ空軍(55機)

・ウクライナ海軍(20機)

 

<設計&開発>

Tu-22は米国のB-58ハスラーと同じような性能を持つ中型爆撃機で、超音速

飛行能力と亜音速巡航能力を持つ。ちなみに、出現当初、西側諸国はアメリカ

本土まで到達できる大型爆撃機と過大評価し、アメリカが写真偵察衛星から

U−2偵察機まで動員してその実体解明に躍起になったが、Tu−22の航続

距離が貧弱であることが判明し一転過小評価された経緯を持つ。

1950年代、ツポレフ設計局では後退翼を持つ「Tu-98」および「Tu-105」、

デルタ翼を持つ「Tu-108」という3つの超音速爆撃機が開発されたが、このうち

Tu-105がTu-22の原型になった。ちなみに、Tu-98は大型迎撃機Tu-128フィド

ラーに発展し、Tu-108計画は後に中止されたと言われている。

計画は多くの共産党幹部の反対があったにも関わらず、1954年8月にソビエト

政府によって承認され、1958年6月21日には原型機のTu-105が初飛行に

成功した。しかし、この時はエンジンの開発が間に合わなかったためTu−16と

同じRD−3を搭載していた。その後もエンジン開発が難航し、より強力なRD-7

Mエンジンを搭載した2号機が初飛行したのは1959年9月のことで、量産に

こぎつけるまでに多くの搭乗員が事故によって失われたという。生産は1959年

からカザンにあるNr.22工場ではじまり、1969年までに各種発展型をあわせて

300機余りが生産された。

胴体は非常にシャープで、いかにも超音速ジェット機のような格好をしており、NA

TOからビューティーというコードネーム(後に綺麗過ぎるとしてブラインダーに変更)

を付けられたほどである。エンジンはアフターバーナー付きトブニューニンRD−7M

ターボジェットエンジンを垂直尾翼付け根に2つ並べて串刺しにしたような特徴的な

方式で配置しており、機体の整備性はエンジンが高位置のためあまり良好では無

かったようである。また、超音速飛行時の燃費が劣悪で、行動半径が小さいという

大きな欠点を持っていた。そのため、1965年からは全てのTu−22に空中給油

装備が搭載されるようになり、使用しないときは胴体に収納されるようになっている。

さらに、同じ年からより強力なRD−7M2エンジンに転装したTu−22が現れ、最高

速度が1600km/hにまで引き上げられた。

胴体後部にはNR−23連装23mm機関砲銃塔を装備し、機内からの遠隔操作

により操作され、射撃用にPBS−1アルゴン(NATO名:ビーハインド)射撃管制

レーダーを装備している。

Tu−22は当初Tu−16に代わる中型爆撃機として開発されたが、その性能は

空軍を満足させるものではなく、兵装搭載能力もTu−16よりわずかに勝る程度で

、むしろミサイルの携行能力はTu−16の最大3個と比べて最大でも1個とTu−16

より劣っていた。そのため、現実的に戦力の大幅アップとはならなず、しかも、航続

距離の不足は最も深刻な欠点で、Tu−22の戦闘能力を減じる大きな要因にも

なっている。しかも、整備性が悪く、稼働率も良好とは言えなかった。これらの原因

からTu−22はTu−16を全て代替えするだけの十分な数を製造する前に生産

終了となり、ツポレフ設計局ではTu−22に代わる新たな発展型を模索することに

なった。これは「Tu−106」と呼ばれ、新型エンジンを装備し航続距離6700km、

最高速度2000km/hを目指すというもので、後にTu−22Mバックファイア中型

爆撃機に発達していくことになる。

Tu−22はアフガニスタン紛争の際にソビエト空軍によって用いられ、ゲリラの

拠点爆撃などを行ったが、その戦果については疑問である。また、海軍でも海洋

偵察バージョンなどが1980年代後半まで実戦配備されていた。輸出実績としては

1973年にイラクに12機が引き渡されたのを最初に、1977年〜1983年には

リビアに12機から18機のTu−22が引き渡された。前者はイラン・イラク戦争の

際にイランに対して、後者はスーダン及びチャドとの紛争の際に用いられたが、

どちらも対抗陣営のSAMに阻まれ、あまり活躍することなく終わっている。

その後イラクの保有機は湾岸戦争でほとんど喪失し、リビアの保有機も既に稼動

状態に無いと見られているので、現在ではソ連から分離独立したウクライナが

唯一使用しているに止まっている。

 

<各種タイプ>

○Tu−22B ブラインダーA: 自由落下爆弾を運用する中型爆撃機で、前量産

                   型。主にテスト用で、実用部隊では用いられず

○Tu−22K ブラインダーB: Tu−22の量産型で、主にAS−4キッチン空対地

                    ミサイルを運用するため開発された。機体下部に

                    はミサイル誘導用の「ダウンビート」レーダーを装

                    備する。その他に自由落下爆弾も運用可能

○Tu−22KD ブラインダーB: Tu−22Kの長距離型で、空中給油装備を備える

○Tu−22R ブラインダーC: 海洋偵察機バージョンで、燃料搭載量が増やされ

                   ている。その他に電子偵察機型もある

○Tu−22RD ブラインダーC: Tu−22Pの長距離型で、空中給油装備を備える

○Tu−22U ブラインダーD: Tu−22Bの練習機型で、操縦席後方に教官用の

                    コックピットを2階建てのように設けてある

○Tu−22P ブラインダーE: Tu−22Rの電子偵察型、RBP−4レーダーや、

                    後部機関砲銃塔の代わりにECMターレットを装備

                    している。また、胴体下部にはELINTポットが新た

                    に装備されており、その他各種電子機器類のアン

                    テナが追加されている

 

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