アントノフAn−12カブ輸送機Antonov An-12 Cub Transport |
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| <開発&設計> アントノフAn−12カブは、An−10キャットから発達した航空機で、旧ソ連 で最もメジャーな輸送機の1つである。An−10との主な違いは、後部に車 輌が直接乗り入れることが出来るようにカーゴドアを新設したことと、後部 に機関砲用のスポンソンを新設したことである(ただし、火器管制レーダー は装備していない)。 An−12の初飛行は1957年3月のことで、これは原型になったAn−10 と同じ月であった。また、民間型のAn−12Bは1961年に初飛行し、19 62年には生産が開始されている。民間型では後部の機関砲が取り外さ れており、窓も塞がれているが、戦時には軍用輸送機として使用すること ができるように取りつけ位置は残してある。 翼は貨物操作のスペースを与えるため高翼配置になっていて、後縁は直 線、翼の外側は若干下に垂れ下がっている。主脚も機内のフロアスペース を割かないですむように、胴体ポッドに取りこまれる。翼下には4基のAI− 20Kターボプロップエンジンが取りつけられており、1基あたりの最大出力 は4000軸馬力である。 胴体内部は与圧式であるが、空挺部隊の降下の為に酸素マスクも用意 されている。乗務員は軍用輸送機の場合、2名のパイロットと航空機関士 、航法士、無線技師、後部銃手の6名からなる。 An−12は旧ソ連圏の友好国に多数輸出・供与されており、最初の輸出 は1962年、インドに対して行われた。その他にもアンゴラ、アフガニスタン 、ブルガリア、チェコ、エジプト、エチオピア、インド、インドネシア、イラク、 ヨルダン、ポーランド、スロバキア、スーダン、シリア、イエメン、スリランカ ユーゴスラビアなどに輸出されている。その後、旧ソ連ではIl−78やAn− 22など、より大型の輸送機が出現し、徐々に主役の座を奪われていった が、それでも1989年の時点で約100機のAn−12が在籍していた。 An−12の生産はイルクーツク、ボロネジ、タシケントなどで1973年まで 続き、生産総数は軍用型・民間型合わせて850機であった。また、中国 では1974年から独自にエンジンを交換してY−8の名前でライセンス生産 している。
<各種タイプ> ○An−12PB カブA: 軍用輸送機型 ○An−12B: 民間輸送機型 ○An−12 カブB: ECM型、アンテナ・ドームが胴体と尾部に整形されて おり、後部砲座は無い ○An−12 カブC: 内部機器冷却用の空気取り入れ口と熱交換排出口を 新たに設けたELINT型 ○An−12 カブD: 同じくELIMT型、内部機器が一新されている ○陜西Y−8: 中国のライセンス生産バージョン なお、一部の機体は機首と尾部に新しくレドームが追加され、空中対潜哨戒 機の実験機として用いられた
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