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ボーイング2707超音速旅客機

Boeing 2707 SST

 

Specifications

形式 4発大陸間超音速旅客機(SST)
開発年 1966年
最大座席数 300席
全長 102.0m
全幅 翼展開時: 60.1m

翼後退時: 35.3m

全高 15.4m
最大胴体直径 横: 5.6m

縦: 5.2m

空虚運用重量 130525kg
最大離陸重量 306450kg
最大着陸重量 195220kg
最大ペイロード 34050kg
エンジン ジェネラルエレクトリック(GE)社製

GE4/J5Pアフターバーナー付き

ターボジェットエンジン

(推力28692kg)×4基

巡航速度 マッハ2.7(2900km/h)
巡航高度 21000m(64000フィート)
航続距離 乗客277名を乗せて6840km
離陸滑走距離 1870m
着陸滑走距離 2133m

↑データはB2707−200

 

Development & History

 超音速旅客機開発のバックグラウンドはコチラ

ボーイング733超音速旅客機(SST)

 ボーイング社では企業内の次世代技術研究の一部分として、密かに超音速旅客機(SST=スーパーソニックトランスポート)の研究を1952年から開始しており、1958年にはSST研究専門のグループが発足した。ボーイング社のSSTには「733」のモデルナンバーが与えられ、1960年までに毎年100万ドルの研究資金が注ぎ込まれていた。    

  機体の形態については多くの設計案がデルタ翼を採用していたが、TFX(タクティカルファイターイクスペリメント=次期戦術戦闘機)計画に関与していたボーイングの別の設計チーム(後に、TFXにジェネラルダイナミックス社のF−111が選ばれたため、解散)は可変翼の有用性を主張した。

 1960年中、ボーイングの超音速旅客機(SST)設計グループ内では機体の形態について、デルタ翼派と可変翼派の対立が起こった。ちなみに、ボーイング社のSSTの構想は西欧とアメリカ東海岸をノンストップで飛行できる座席数150席クラスの機体というものであったが、可変翼の機体はさらに1歩上の性能を目指していた。そして、最終的には可変翼が採用されることになる。

 ボーイングのライバル、ロッキード社はL−2000と呼ばれるSSTを開発しており、こちらはデルタ翼を採用していた。ボーイングの機体案は暫定的にモデル2707と呼ばれることもあったが、社内では単に「1966モデル」と呼んでいた。そして、ボーイングの機体案は1964年初頭に米連邦航空局(FAA)に「モデル733−197」として提出された。FAAは、ボーイング社、ロッキード社、エンジンメーカーのGE、P&Wの提案に対して、より一層の研究を指示し、その結果が1964年11月に再びFAAに提出された。この時点で、ボーイング社に設計案は「モデル733−290」となり、250席クラスの機体に大型化した。

 

ボーイング2707SST「可変翼・マッハ2.7・座席数300の怪物」

<開発>

 ボーイング733超音速旅客機はライバル・ロッキード社のL−2000と比べた場合、明らかに見劣りするものだった。そのため、ボーイング社はさらに斬新なボーイング2707の設計作業に取り掛かった。まず、主翼後部に装備されていたエンジンが機体尾部を過熱させる危険性があったため、尾翼後部に移した。さらに、空力性能に洗練を加え、これによって超音速飛行時の抵抗をライバルのロッキードL−2000よりも少なくすることに成功したのである。これらの改良を受けたボーイング2707は座席数300席クラスにまで大型化し、ロッキードL−2000SSTを引き離した。ちなみに、2707のモデルナンバーは、巡航速度がマッハ2.7であることと、ボーイングが過去に開発したジェット旅客機のパイオニア、ボーイング707と比較して新たな時代に入ったことを強調する意味でつけられた。

 このボーイング2707(モデル733−390)が米連邦航空局(FAA)に対する最終提案になった。1966年9月、アメリカにおけるSST競争の最終段階に達していた。熾烈な競争を展開していたボーイング社とロッキード社はこの時までに、実物大のモックアップを製作し、FAAの最終決定を待った。そして1966年最後の日、ボーイング社のB−2707がロッキード社のL−2000を下してアメリカの超音速旅客機に選ばれ、勝利を収めた。

 ボーイング社のモックアップは可変翼機で、全長91.8mもあった。エンジンはプラットアンドホイットニー(P&W)社のJTF17Aとジェネラルエレクトリック(GE)社のGE4/J5の両方のエンジンポッドが取り付けられていたが、後にFAAによってGE4/J5の方がSST用のエンジンとして選定された。

 アメリカ政府は次期SSTのメーカーがボーイング社に決まった後、ボーイング2707−200が英仏共同のコンコルドSSTに遅れること半年以内に初飛行に成功させると宣言した。

 

<設計>

 ボーイング2707−200は全長100mを超える巨大な機体で、可変翼の主翼と、尾翼を組み合わせた形態をしている。主翼は後退角72度から20度(モックアップでは30度までだったが、より良い離着陸性能を得るために変更された)まで変化させることができ、最後退時は尾翼と一体となってデルタ翼の形態になるようになっている。

 座席配置は2−3−2の横7列配置で、通路が2本あり、座席数はファーストクラス30席、エコノミークラス247席である。なお、座席上には手荷物を入れるスペースがある。客室の幅は従来のナロウボディジェット旅客機よりも1.22mも広かったが、それでも若干窮屈な印象であった。機内には2ヶ所のギャレイ及びトイレがあり、通路は食事サービス等のカーゴが移動できる幅が確保されている。

 当時としては非常に先進的なことだが、ボーイング2707−200SSTの客室には機内エンターテイメントとして、座席上部のオーバーヘッドパネルに6列ごとにテレビが備え付けられており、さらに、ファーストクラスには片側2列配置の座席の中央1つ1つに小型スクリーンを装備していた。窓は2重構造で、外側は6インチの大きさしか無いが、内側の窓が12インチもあるので、実際以上に大きく感じられる。また、ボーイング2707−200の窓にはブラインドが無く、その代わりに回転式の偏光ガラスを内側に取り付けていた。座席はボーイング社独自の設計で、ボーイング社いわく身長2mの人にも対応しているという。客室後方には、床下貨物室の他に、荷物を収納できる貨物室がある。

 ボーイング2707−200SSTの機首は、英仏共同のSSTコンコルドと同じように、離着陸時の下方視界を改善するために下方に折れ曲がる仕組みになっている。B−2707ではダブルヒンジ方式を採用しており、コックピット前方のバイザーだけが下方に折曲がり、コックピット本体の角度は変わらない。ちなみに、機首バイザーを上げた状態での地上高は2.67mだが、下げた状態にすると地上高は1.22mまで減少する。

 

<タイムライン>

 ボーイング社の見込みでは、1967年にプロトタイプの組み立てを開始した場合、初飛行は1970年、量産型の組み立て開始が1969年、量産型の初飛行が1972年、そして航空会社での路線就航が1974年中頃と予定されていた。それ以降、ボーイング社の見積もりでは、少なくとも1980年までに超音速旅客機(SST)に対する需要は700〜1000機はあるはずだった。

 

ボーイング2707−300SST「ダブルデルタ翼の簡略版」

<開発>

 可変翼のボーイング2707−200超音速旅客機(SST)はモックアップまで作られたが実現することは無かった。あまりに複雑すぎ、高価すぎたのである。ボーイング2707−200SST計画は1968年11月に中止され、代わりに可変翼を止めて固定式のガルウイングとし、胴体を短縮して座席数を234席とした簡略版ボーイング2707−300の開発を進めることになった。ただし、胴体やエンジンは基本的に前のB−2707−200と同一のものであった。

 ボーイング2707−300は200型よりは簡素化されたとはいえ、マッハ2.7、時速3000kmでの超音速巡航を目指しており、ソ連のTu−144(巡航速度マッハ2.35、時速2500km)、英仏共同のコンコルド(巡航速度マッハ2.04)などと比べると、複雑かつ高級で、素材も広範囲にわたってチタン合金を多用していた。実際、あまりに野心的な機体だったため、数々の問題が噴出、ボーイング社も問題解決に苦慮していた。

 1969年9月23日、ニクソン米大統領は2機の前量産型の製作を許可した。この時点までに、ボーイング2707−300超音速旅客機(SST)には26の航空会社から122機の発注があった。

 

<夢の終焉>

 しかし、超音速旅客機によるオゾン層の破壊や、音の壁を突破する際に発生する衝撃波(シニックブーム)の地上への影響、空港周辺の耐え難い騒音など、主に環境問題の点でアメリカ国内の超音速旅客機に対する風当たりは厳しさを増していた。このようの状況下で、ニクソン大統領は12名の専門家から成る委員会を組織し、意見を求めた。ニクソン大統領自身は超音速旅客機(SST)開発に興味を示していたが、委員会は環境問題というよりむしろ経済的な問題の点からSST開発の必要性を否定した。即ち、量産機を製造するには3億ドルもの費用がかかり、利益を出すには少なくとも300機以上も販売しなくてはならないというのである。委員会はこのような需要はSSTには存在しないという結論に達した。

 1971年5月20日、ついにボーイング2707の開発が中止され、一連のアメリカのSST計画は終わった。この時点までに7億ドルもの資金がSST計画に注ぎ込まれていた。

 

Variants

・ボーイング733

  ボーイング社が開発していた、B−2707の原型になった超音速旅客機(SST)。翼     は可変翼である。

・ボーイング2707−200

  ボーイング733から発展した可変翼超音速旅客機(SST)の決定版。1966年の比較        審査でロッキード社のL−2000SSTを破った。しかし、複雑過ぎたため、次の300型     が開発されることになる。

・ボーイング2707−300

  複雑過ぎたボーイング2707−200SSTを簡素化したダブルデルタ、ガルウイングの    SST。開発費高騰と、需要不足のため1971年に開発中止。

 

 

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↑ボーイング2707−300型のモックアップ

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↑デルタ航空ボーイング2707−300型想像図

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↑可変翼のボーイング2707−200型

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    ↑ボーイング2707−200客室      ↑ボーイング2707−300型

AD2003/05/22 Update

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