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デハヴィランド・コメット

de Havilland D.H.106 Comet

 
形式 長距離用ジェット旅客機
初飛行年 1949年(コメット1プロトタイプ)
全長 33.99m
全幅 35.0m
全高 8.99m
翼面積 197.04平方メートル
自重 34212kg
最大離陸重量 73482kg
最大座席数 78席(コメット4型)
エンジン ロールスロイス・エイヴォン524

ターボジェットエンジン(推力5216kg)

×4基

巡航速度 809km/h
巡航高度 12800m
航続距離 5190km(最大積載重量時)
総生産機数 プロトタイプ×2機

コメット1型×9機

コメット1A型×10機

コメット2X型×1機

コメット2型×13機

コメット3型×1機

コメット4各型×79機

合計115機(〜1964年)

↑データはコメット4型

 

<開発>

ブラバゾン委員会で決定された戦後のジェット旅客機報告書に対して、1944年にデハ

ヴィランド社が名乗りをあげた。その後時を経て、1949年7月27日、世界初のジェット

旅客機デハヴィランド D.H.106コメットのプロトタイプがジョン・カニングハムの操縦

によってヘリフォードの滑走路から飛び立った。約31分の処女フライトであった。初飛行

後、コメットプロトタイプ1号機に対する徹底的な試験が開始され、中には1949年10月

25日に行われたロンドン〜カースルベニト、ロンドン〜ローマ、ロンドン〜コペンハーゲン

、さらに1950年初めに実施されたロンドン〜カイロなど海外への試験飛行も含まれてい

た。また、熱帯地帯での適正試験はスーダンのハルツームで、高地適正試験はケニアの

ナイロビで行われた。1950年7月27日にはプロトタイプ2号機が初飛行し、1950年春

にはBOAC(英国海外航空)に引き渡された。そこで、ヨハネスバーグ、デリー、シンガポ

ールなどへ合わせて500時間の飛行試験が実施され、乗務員の訓練に従事した。その

後、量産型「コメット1」9機が1951年1月〜1952年9月にかけてBOACに引き渡され、

1952年1月から南アフリカ路線で定期貨物便の運行を開始した。耐空証明は1952年

1月22日に発行され、そしてついに1952年5月2日、世界初のジェット定期旅客便がロ

ンドン〜ヨハネスバーグ(南アフリカ)路線で運行を開始した。まさに歴史的瞬間であった。

1953年4月3日にはロンドン〜東京路線が開設され、コメットの路線展開は頂点に達し

た。

 

<設計>

コメット1型の機体は全金属製で、新たに開発されたデハヴィランド社製ゴースト50ター

ボジェットエンジン4基を翼に埋め込む形で装備していた。主脚はプロトタイプではシン

グルタイヤであったが、量産型コメット1ではダブルタイヤを有するボギー式に変更され

ている。

 

<コメット空中分解>

しかし、路線就役してからちょうど1年後の1953年5月3日、インドのカルカッタを

離陸したBOAC機が墜落し、ジェット旅客機における最初の死亡事故を引き起こ

した。さらに、1954年1月10日にはシンガポール発ロンドン行きのBOAC(英国海

外航空)781便が、ローマのチャンピーノ空港からロンドンに向かって離陸した約20

分後にエルバ島上空約26000フィート(8700m)で空中爆発し、機体は2つに分解し

火の玉となって海上に墜落した。事故の原因は不明であったが、BOACではコメット

機の運航を自主的に中止し機体の総点検を行うとともに、念のため疑わしい箇所の

補強改修が実施された。ところが、その3ヶ月後の4月8日、またもロンドン発ヨハネス

バーグ(南アフリカ)行きの南アフリカ航空201便が、次の経由地カイロに向かってロ

ーマのチャンピーノ空港を離陸したBOAC機がナポリ南東ソトロンボリー島沖のチレ

ニア海上に墜落し、これらの事故のためコメットは全機運行停止となり、「イングランド

銀行の金庫がカラになってもいい。事故原因の調査を徹底的に行え」という当時の

チャーチル首相の命令で、イギリスの総力を挙げての事故調査が開始された。英国

王立航空研究所による実機を大型水槽に漬けての加圧を繰り返す疲労試験が行わ

れた結果、1830回目の加圧時に金属疲労によって実験機の窓枠が疲労破断した。

イギリス海軍が地中海の海底から回収した事故機の残骸にも、検証したところADF

(自動方向探知機)を取りつけてあった天井の切り裂きから始まる亀裂が発見され、

この箇所から機体が2つに分断したと推定された。大西洋便に就役させようとしたパン

・アメリカン航空、欧州線の開設に投入しようとした日本航空などからのオーダーを受

けていたデハヴィランド社は、78人乗りのコメット3型機の開発を直ちに中止すること

を決定し、耐空証明も取り消された。東京まで延びていたコメット機の路線網も消滅

することになった。

その後、改良が加えられた決定版コメット4型が登場し、ライバルのボーイングB−7

07より3週間早い1958年10月に大西洋横断路線に就役したものの、発注は延び

ず、コメット4シリーズの生産は合計79機で終了した。

 

<バリエーション>

○コメット1A型: コメット1型の燃料搭載量を増加させたタイプで、水・メタノール噴射

           装置を装備することが出来た。カナダ太平洋航空向けに2機、カナ

           ダ空軍向けに2機、エールフランス国営航空向けに3機など合わせ

           て10機が製造された。

○コメット2X型: コメット1型の機体フレームを流用して作られたコメット2型の開発試

           験機で1機作られただけである。ロールスロイス・エイヴォン502エ

           ンジンを装備し、1952年2月16日に初飛行した。

○コメット2型:  コメット1型より0.91m胴体が延長され、燃料搭載量が増加、これ

           によって後続距離が563km増えている。最大座席数は44席で、

           エンジンはロールスロイス・エイヴォン503(推力2948kg)×4基を

           装備し、BOAC向けの1機が1953年8月27日に初飛行した。しか

           し、コメット1型が空中分解を起こしたことで、コメット2型の機体も

           再生産されることになり、外皮を厚くし、窓を角形から楕円形に変

           更するなどの改修が加えられた。改修型コメット2型はイギリス空

           軍向けに13機製造され、乗員訓練に用いられたコメットT.MK2

           (配備数2機)、輸送任務に用いられたコメットC.MK2(同8機)

           などの他に特別任務に用いられた3機がある。これらのイギリス

           空軍向けコメットは1967年4月を最後に退役した。

○コメット2E型: 内側のナセルにロールスロイス・エイヴォン504、外側のナセルに

           ロールスロイス・エイヴォン524エンジンを搭載した試験機で、コメ

           ット4型が配備されるまで、1957〜1958年にかけてBOACによる

           試験飛行が行われた。製造数は2機。

○コメット3型:  1954年7月19日に初飛行したストレッチ型で、胴体が5.64m延

           長され、最大座席数は78席に拡大した。エンジンはロールスロイス

           ・エイヴォン523を装備し、新たに翼端に燃料タンクを装備すること

           で燃料搭載量を増やしている。製造数は1機のみで、コメット1型の

           空中分解事故の影響で開発中止。

○コメット4型:  コメット1型や2型とは別に、デハヴィランド社はコメット1型の空中

           分解事故が起きる前より、コメットの拡大型を研究していて、初期

           型の飛行中止にもかかわらずこの計画を続行しており、この計画

           によってコメット4型が誕生した。基本的にはコメット3型の量産型

           とも言えるタイプで、翼端燃料タンクを装備し、エンジンはロールス

           ロイス・エイヴォン524×4基を装備し、最大座席数は78席、北大

           西洋横断路線就役を狙って開発され、BOAC(英国海外航空)から

           19機の発注があり、1958年4月27日に初飛行し、1958年10月

           4日、ライバルの米国製ボーイングB−707がもたついている間に

           3週間早く北大西洋横断路線に就航した。生産機数は27機。

○コメット4B型: 短距離路線向けに開発されたタイプで、コメット4型の胴体を延長し

           35.97mとし、最大座席数を99席まで増やした一方、翼幅を短くし

           (35.0m→32.87m)、コメット4型で装備されていた翼端燃料タン

           クを廃止している。コメット4B型はBEA(英国欧州航空)向けに14

           機、ギリシアのオリンピック航空向けに4機など合わせて27機が生

           産された。

○コメット4C型: コメットの最終生産型であるコメット4C型は、コメット4Bの胴体を再

           び延長し、コメット4型の翼を組み合わせたタイプで、1959年10月

           31日に初飛行した。総生産機数は25機で、この中にはニムロッド

           対潜哨戒機のプロトタイプに転用された2機も含まれている。

 

Comet1-CSA-2.jpg (21512 バイト)

↑コメット1型(BOAC英国海外航空)

Comet4B-CSA-1.jpg (18231 バイト)

↑コメット4B型(BEA英国欧州航空)

2002/02/20 Update

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