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イリューシンIl−86旅客機

Ilyushin Il-86

 

Specifications

形式 短距離用ワイドボディジェット旅客機
名称 ロシア名: イリューシン86

NATO名: キャンバー(Camber)

初飛行年 1976年
最大座席数 350席
全長 59.4m
全幅 48.0m
全高 15.8m
翼面積 320平方メートル
最大離陸重量 208000kg
エンジン クズネツォフNK−86

ターボファンエンジン

(推力13000kg)×4基

巡航速度 950km/h(高度11000m)
航続距離 3600km(最大ペイロード)
総生産機数 約120機
     

 

Development & History

<開発>

 イリューシン86(NATOコードネーム「キャンバー」)は、ソ連が開発した最初のワイドボ

ディ旅客機(通路が2本ある広胴型の旅客機)であり、東側の旅客機では最大の大きさを

誇っている。

 当初、イリューシンIl−62のようにエンジン4基を後部にまとめて装備する方式が考えら

れていたが、後に標準的な西側機と同じように主翼下に吊り下げる方式に変更された。

当時のソ連では主翼下に吊り下げる方式を採用したジェット輸送機はイリューシンIl−76

貨物機しか無かったが、Il−86にもその経験が生かされていると言われる。

 Il−86のプロトタイプ2機の製造は1974年に開始され、1976年12月22日に初飛行

を果たした。その後、数々の試験が行われ、1977年10月に最初の量産型が初飛行に

成功し、1979年9月にアエロフロートへの引渡しが開始された。アエロフロートでの路線

就役は1980年12月26日で、1981年7月3日には最初の国際定期路線としてモスクワ

〜ベルリン線に就役した。なお、Il−86の役割の1つとして、1980年のモスクワオリン

ピックの関係者や観客の輸送の役割が期待されていたが、残念ながらそれには間に合わ

なかった。

 

<設計>

 イリューシンIl−86キャンバーは低/中翼・単葉の翼配置を持つ。客室は与圧されてお

り、幅は5.7m、通路が2本あるワイドボディ型で、ギャレイに仕切られる形で3つのセク

ションに分かれている。通常の座席配置はエコノミークラスで横3−3−3の9列、ファース

トクラスで横2−2−2の6列で、最大350人の乗客を乗せることができる。Il−86で特徴

的なのは、乗客の乗降方式で、乗客は客室デッキの下の床下貨物室にある乗降扉から

乗り降りする。この乗降扉は階段を備えており、タラップやボーディングブリッジなどの設

備が無くても、乗客は直接乗り込むことができる。また、この乗降扉の脇には、コートや持

込手荷物を置くスペースがあり、乗客はそこに荷物などを置いた後、階段を上って主デッ

キの客室に入る。Il−86がこのような特異な方式を採用した理由は、多くの地方空港に

はボーデリングブリッジなどが無く、タラップもIl86が巨大すぎるために主デッキまで届く

物が無かったためで、地方空港の整備が整っていないソ連ならではの事情によるもので

あったと言える。

 エンジンはクズネツォフNK−86ターボファンエンジン(推力13000kg)4基を主翼パイ

ロンに吊り下げる方式で装備している。このエンジンは低バイパス比で燃費が悪く、高バ

イパス比のソロビエフPS−90ターボファンエンジン、または西側のCFM−56エンジン

への換装が計画されている。

 運航乗員は操縦士、副操縦士、航空機関士の3名体制で、自動操縦装置や各種の近

代的な航法機器を装備しており、悪天候下や夜間でも運航できる。ただし、コックピットは

依然として「旧ソ連旅客機らしさ」が残り、同世代の西側機と比べると自動化が遅れてい

る。

 

<欠点〜非効率で燃費の悪いエンジン〜>

 イリューシン86の最大のネックは、装備するクズネツォフNK−86ターボファンエンジン

にある。このエンジンは低バイパス比のターボファンエンジンで、西側機の装備する高バ

イパス比のターボファンエンジンと比べて燃費が非常に悪い。旧ソ連は旅客機用の高バイ

パス比ジェットエンジンの開発で西側に遅れをとっていたのである。このエンジンの燃費の

悪さのおかげで、Il−86の航続距離は3600kmと4発の大型機としては明らかに不足し

たものになってしまった。そのため、Il−86は肝心の長距離国際線に就役できず、アエロ

フロートでは依然として長距離路線には旧式のIl−62を投入するしか無かった。こうした

状況が長距離用のIl−96の開発へとつながっていく。

 

<生産>

 イリューシン86は旧ソ連唯一のワイドボディ大型旅客機であったため、主にアエロフロ

ートの高需要路線で活躍し、ピーク時には約85機がアエロフロートの路線に就役してい

た。ただし、ソ連以外の使用国は限定的で、東欧のCSA(チェコスロバキア航空)やLOT

ポーランド航空などの主要航空会社はソ連機中心のフリートを持ち、有力な輸出先と見ら

れていたが、結局発注は無かった。ただし、東欧ポーランドのPZL航空機工場がIl86の

部品製造に加わっていた。Il86の総生産機数は約120機である。

 

 

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AD2003/05/10 Update

 

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