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1153号計画艦ソビエツキーソユーズ

Project 1153

 

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Specifications

名称 プロジェクト1153
ロシア艦艇形式区分 TAKR(戦術航空機搭載巡洋艦)
開発年 1976年
全長 265m
全幅 30.5m
喫水 10m
排水量 68000トン
推進機関 原子力、3軸推進
搭載機 MiG−23K戦闘機、Su−25K攻撃機、

Ka−25ホーモン対潜ヘリコプターなど合計50機

 

Development & History

<開発>

旧ソビエト連邦は、1973年に初の原子力空母建造計画に着手した。これが、プロジェクト1160(1160号計画艦)であるが、余りに規模が大きすぎて費用がかかりすぎるということで、マーシャル・グレチコ国防相から計画見直しの指示が出された。

 マーシャル・グレコ国防相は、キエフ級軽空母3番艦を改造し、カタパルトを装備してMiG−23フロッガー戦闘機の艦載型MiG−23K×36機を搭載してはどうかと考えた。

 しかし、すぐにキエフ級程度の船体規模では36機もの固定翼艦載機を運用ことは不可能であることが判明した。そのため、1160号計画艦「オリョール」の小型版とも言える改訂版の戦術技術要求仕様TTZが1976年10月に発行された。新たな要求仕様の内容は、排水量68000トン、カタパルト2基、3軸原子力推進、速力29〜30ノット、航空機50機搭載)というものだった。

 このTTZに基づいて開発されたのが1153号計画艦で、主任設計技師にはV・アニキエフが任命された。国防省では2隻の建造を決定し、1978〜1985年(1981〜1990年の10ヵ年計画の上半期)にかけて建造する計画であった。

 搭載機はMiG−23フロッガー戦闘機の艦載型、MiG−23K及びSu−25フロッグフット攻撃機の艦載型、Su−25Kが予定されていた。

 しかし、肝心のMiG−23Kの開発に失敗、しかも本級向けのカタパルトの開発にも失敗してしまった。また、これらの固定翼機を運用するには艦が小さすぎるというのも問題であった。

 これらの問題に追い討ちをかけたのがマーシャル・グレチコ国防相の死去であった。マーシャル・グレチコは原子力空母の建造を推進し、計画を強力に支持していた。一方、後任のマーシャル・ウスチノフ国防相はこのような艦の建造に熱心では無かった。

 こうして、本級の優先順位は下がり、1976年に計画は中断された。1153号計画艦は極めて野心的なプロジェクトであったが、政治的要因と技術的要因が重なり実現することは無く、ソ連初の原子力空母の野望は潰えた。

 

<アドミラル・クズネツォフ級への発展>

 その後、1979年1月に新たな戦術技術要求TTZが出されたが、搭載機42機と、船体規模はさらに縮小された。なお、この時点で原子力機関は破棄され、通常動力推進となったが、対艦用巡航ミサイルは装備予定であった。しかし、この計画もすぐにお蔵入りとなった。

 さらに、1980年4月に新たなTTZが出された。この時点で航空機の発艦手段としてスキージャンプ方式が取り入れられることになり、排水量は45000トンに制限された。ただし、1981年、ウスチノフ国防相は軽空母キエフを訪問した後、排水量を10000トン増加させることを承認した。これが旧ソ連初にして最後の大型正規空母、プロジェクト1143.5アドミラル・クズネツォフ級航空重巡洋艦となったのである。

 

AD2003/08/26 Update

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