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T72MBT
注1:データはT72A
T72はいわばT64の簡略版である。このころのソ連ではスターリンの恐怖政治も終わり自由な空気が広 がっていた。しかしその反面長年にわたり強制力に頼ってきた労働規律がゆるみ、製品精度は下がり、軍 需工場でも日常的な欠勤が相次いだ。しかも、大型機械など基本的な設備は1930年代のままであった。 このようなソ連工業の弱点がT64の生産を困難にしT72の開発となった。試作開発は中央重機械製作所 設計局がウラル戦車工場と共同して取り組んだ。その一番最初は、V型ディーゼルエンジンを(780hp) を搭載したオブイェークト172であった。これに続いて1971年に製作されたのがオブイェークト172Mで 、アルミ製転輪の新足回りを採用し、新開発の自動装填装置「カセトカ」システムを備えた。そしてこれが 1973年にT72として正式採用された。その後、現在まで生産されているT72シリーズであるが、光像合 致式測遠照準器(TDN-2-49)を備えた初期型とレーザー測遠式照準器(TDN-K1)を持つ1979年以降の 生産型、爆発反応式ERA追加装甲を装着したタイプ、本国軍用と輸出型など多用なタイプがある。 <火力> T72が搭載する125mm滑腔砲(D-81TM,または2A-46)は対戦車用としてAPFSDS弾(3BM9鋼鉄弾芯) とHEAT弾(3BK12M)を使用し、前者は砲口初速1800m/sで発射され、射距離2300mで400mmの 均質鋼板を貫通でき、後者の場合は全ての射程で500mmの装甲貫通力を持っている。湾岸戦争後、 ロシアでも弾芯に劣化ウランを使用したAPFSDS弾を開発し、この場合鋼鉄弾芯より貫通力で15%増しと なる。一方、射撃統制装置は従来のスタジアメトリック式測遠・照準装置を改め、初期型に光像合致式測遠 器(ステレオ式測遠器、TDN−2−49)を採用し、同時にソ連戦車として初めてマニュアル入力式アナログ 弾道コンピュータ−を装備し、命中率は射距離1500mで50%と、T62の115mm戦車砲の命中率30% を20%も上回るようになった。さらに、1979年以降にはレーザー測遠照準器(TDN-K1)を装備するように なり、同距離での命中率は70%に向上した。また、発射速度の面では、自動装填装置「カセトカ」の搭載に より4発/分の安定した射撃を実現した。これは、西側の戦車に比べていささか遅いが、これは弾頭と発射 薬が分離式となったためで、T72はこれらを砲塔底部に円形に並べて搭載し、選択弾種と組み合わせて機 械的に砲尾に装填される。4発/分はカタログデータ上、従来型のソ連戦車(T54/55、T62)と変わらな いが、重量30kgもの巨大な砲弾を人力で装填していたのに比べ、発射レートが安定したことと装填手スペ −スを省いて防御力増強に容積を割いたことに意義があるのだ。 <装甲> 本国で使用されているタイプは複合装甲をもっており(ただし輸出型は、複合装甲の代わりに通常の鋼板 を使用しており、防御力は大幅に減少している。)、車体前面、砲塔前、側面ともセラミックやチタニウムを 組み合わせたものとなっている。命中する弾種に分けて、その対弾性を均質圧延鋼板に換算したデータに よると、対APFSDSで車体前面が420mm、砲塔前面が500mm。対HEAT弾で車体前面490mm、砲塔 前面で560mmとなる。これでは同時期の西側戦車に装備されていた105mm砲での撃破は不可能で、 最近使われ始めたAPFSDS弾を使用しても1000mmの射距離で撃破できるかできないかくらいである。 T72の優れた装甲防護力が伺われる。どうやらソ連では複合装甲の開発にあたり、西側の105mm砲を 意識していたようである。ただし、T72はいったん敵弾が貫通すると,破壊的といってよいほどのダメージを 受ける。よく戦場で撃破された写真では、ほとんどのケースで砲塔が吹き飛び車体は滅茶苦茶に破壊され ている。これは砲塔底部にぐるりと配置された戦車砲弾と発射薬への引火による物である。 <機動力> 機動力の面では、ソ連戦車の伝統を受け継ぎながらそれに磨きをかけた優れた力を持っている。出力重量 比で19hp/t、接地圧0.83kg/平方センチで路上最高速度60km/h、航続距離500kmと優れたデー タを示しており、あわせて時間をかけて開発された6つのアルミ製転輪とリターン・ローラーで構成された足回 りは高い信頼性を誇っている。最近、整備上の問題や耐久性について悪評がささやかれることが多いが、 現代戦車として遜色のない機動力発揮が可能である。また、路上航続距離500kmは長駆侵攻兵器として の戦車の力を発揮させる上で、たいへん有利な要素である。 <結論> T72は同時期の西側戦車に対して充分に優位に立てるといういうことである。火砲威力と装甲防護力のバラ ンスの面では、105mm戦車砲に対し装甲防護力で圧倒しながら、125mm滑腔砲でアウトレンジをかけて 相手を撃破することが可能である。同滑砲砲シリーズが「ラピーラ(細身の長剣)」とソ連で称されていたのも うなずけるところがある。しかしながら、湾岸戦争で対決したM1エイブラムス戦車の120mm滑腔砲は、 2000mの射程で700mmもの装甲貫通力を持っており、均質鋼板換算で600〜800mm厚に相当する 複合装甲で、125mm砲での貫通が不可能であったためT72は完全にアウトレンジされてしまった。T72は こうした優位性を引き出すために人間工学的側面で第二次大戦以来、悪評を得てきたソ連戦車の「伝統」を さらに」おし進め、この面に目をつぶって装甲防護力や火力の強化を図ってきた。コンパクトさと分厚い複合 装甲を両立させるために砲塔の内側に向けて装甲スペースをとり乗員などのスペースを切り詰めるなどは その典型であり、こうして減らされた車内スペースに時代あわせた改良のための新たな機器を搭載することを 難しくしてしまった。人名の尊重や作業能率の向上・疲労度の減少を目指す方向とも逆行している。 つまり、今後の戦車開発を見通すという観点からすれば袋小路に入ってしまったわけだ。 結論としてT72シリーズはソ連・ロシア戦車の究極の頂点であるのだ。言い換えればこのような設計コンセプ トの戦車は終焉ということになる。
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