| Development & History 開発
イギリスのヴィッカースVC−10は、アメリカのボーイング707とDC−8に対抗する幹線用長距離ジェット旅客機として開発が進められた機体で、航空大国イギリスの威信をかけた集大成とも言える機体であった。
VC−10の起源は、ビッカース社の「世界に先駆ける真の大陸間長距離旅客機」という野心的構想にまでさかのぼる。ビッカース社は当時、V.1000と呼ばれるイギリス空軍向けの長距離戦略輸送機を開発していたが、ビッカース社は同時に先の構想に基づき、このV.1000をベースにした民間型VC−7を開発、売り込むつもりであった。
VC−7は同じくビッカース社の戦略爆撃機ヴァリアントによく似たスタイルを持ち、ロールスロイス社製のコンウェイ・ターボファンエンジンを4発、ヴァリアント爆撃機と同じように、主翼根に埋め込んでいた。
しかし、原型初飛行が間近に迫った1955年、イギリス空軍の発注がキャンセルされてしまった。しかも、イギリスの長距離国際線を運航する国営航空(BOAC英国海外航空)もVC−7には興味を示さず、BOACの関心はもっぱらブリストル・ブリタニア長距離ターボプロップ旅客機やデハヴィランド・コメット4長距離ジェット旅客機に向いていた。
V.1000/VC−7の開発計画はビッカース社の多数の従業員の雇用を保証するものとなるはずであったが、その希望も一気に崩壊してしまった。しかも、そればかりかイギリスはビッカース社の常務ジョージ・エドワーズの言葉を借りれば、「我々は何の抵抗を示すことなく、アメリカに全世界の長距離用大型ジェット旅客機市場を明け渡すことになる。」という状況になったのである。
この決定はイギリスが今まで保持していたジェット旅客機のあらゆるアドバンテージを永遠に失うことを意味していた。イギリスの国営航空(BOAC英国海外航空)はデハヴィランド社のコメット4型ジェット旅客機の導入を決定していたが、北大西洋横断路線やその他の長距離路線で他のライバルとの競争に勝利するためには、より大型で航続距離の長い旅客機が必要なのは明らかであった。もはや、イギリス最新鋭のデハビランド・コメット4ですらアメリカのジェット旅客機と比べると大きく水を開けられていたのである。
BOACは上記の理由で新型機の必要性を痛感していた。しかし、イギリスには適当な機体が無く、イギリスが次世代旅客機を開発するにしても就航はかなり先になる恐れがあった。結局、V.1000/VC−7の開発中止から1年後、BOACはアメリカ・ボーイング社のボーイング707を導入することを決断し、次のような公式声明を発表している。「今回の決断は、時間内に導入可能な新型機が英国には存在しないためである」。もはや、BOACには時間的余裕が無く、自国製うんぬんにこだわっている暇は無かったのである。
その後、1957年に主オペレーターのBOAC(英国海外航空)がコメットやブリタニアを代替する新型機に対して次のような要求仕様を発表した。それは34000ポンド(15422kg)以上のペイロードを搭載でき、かつ4000マイル(6437km)以上の航続距離を有し、イギリス連邦内の長距離路線に就航できるというものであった。また、BOACは滑走路が比較的短く、しかも高温・高地の中東・アフリカにも多数の路線を持ち、VC−10にはこれらの空港で運用できる離着陸性能も求められた。これらはアメリカのボーイング707やダグラスDC−8には達成不可能な数値であった。
BOACの要求に対してV.1000の開発中止以来、独自に研究開発を進めていたビッカース社が応じ、VC−10が開発された。形態については様々な形が検討されたが、最終的にエンジン4発をまとめて後部に装備するリアマウント方式に落ち着いた。
初期のモデル(後にスーパーVC−10と区別するためにスタンダードと呼ばれる)は、BOACだけでなく、ガーナ航空やナイジェリア航空(実際には製造されず、BOACからのウェットリースの形をとった)、ブリティッシュユナイテッド航空、及びイギリス空軍からの発注を得ていた。
ヴィッカースVC−10のプロトタイプ(G-ARTA)は1962年7月29日に初飛行した。その後、1964年4月23日に形式証明を取得し、その6日後にあたる1964年4月29日にBOACのロンドン〜ラゴス(ナイジェリア)路線に就航した。
設計
VC−10(タイプ1100)は開発が中止されたV.1000をベースにした胴体断面を持ち、アメリカの旅客機だとダグラスDC−8と良く似ていた。座席数はファーストクラス・エコノミークラスの2クラスで115席、オールエコノミークラスで135席であった。
エンジンはロールスロイス社のコンウェイ(推力約9534kg)ターボファンエンジン4基2基ペアで後部胴体左右に装備し、水平尾翼はT字翼であった。エンジンを後部に配置したことで、客室は比較的静かで、しかも翼がクリーンな状態になったことで乱気流時の揺れも少なくなかったので、乗客には好評であった。ちなみに、VC−10はリアマウント・エンジン、T字翼のスタイルを持つ最初の大型ジェット旅客機であった。
翼は、VC−10が高地や高温の空港で運用することを想定し優れた離着陸性能が求められたため、非常に効率的で、前縁スラットや上面スポイラー、大型のファウラーフラップなどの高揚力装置を装備していた。
また、VC−10の特徴の1つして先進的なオートパイロットシステムがあり、視界が皆無の状態でも自動操縦で着陸することができると公認された世界初の定期旅客機の1つであった。それは独立した2個の自動操縦装置を装備し、それぞれ監視し合うことで高い信頼性を発揮することができた点が大きい。
スーパー VC−10
初期のモデル(VC−10スタンダード・タイプ1100)に対して、より大きなキャパシティを持つ発展型の研究は、開発計画の早い段階から始められていた。
この発展型がタイプ1150・スーパーVC10で、初期のタイプ1100・VC10が中東やアフリカの過酷な環境の空港での運用を想定し、高温・高地性能に主眼を置いていたのに対して、スーパーVC10は北大西洋路線を含む高需要路線での運用を想定していた。つまり、こういった主要路線では高地・高温性能は必ずしも重要ではなく、むしろ競争相手が多いため、座席数を増やして座席あたりの運航コストを下げることが重要であった。そのため、スーパーVC10では高温・高地性能をある程度犠牲にしてでも、座席数を増やすことに主眼が置かれている。
初期のVC10とスーパーVC10との違いは、まず第一に座席を増やすために胴体を3.96m延長したことである。その結果、スーパーVC10の最大座席数は2クラスで139席になった。さらに、エンジンもより強力なロールスロイス・コンウェイ
RCo43D
Mk550(推力10215kg)に強化されている他、尾翼内に6137リットルの燃料タンクが追加装備されている。これらの改良で最大離陸重量は152090kgにまで増大した。
スーパーVC10は1965年4月1日にBOACのロンドン〜ニューヨーク路線に就航し、その後BOACが民営化されブリティッシュエアウェイズに社名が変更された後も同社のフリートに残り、最終的に1981年3月29日に引退するまで活躍し続けた。ちなみに、同社のVC−10及びスーパーVC−10は引退までに無事故で1300万人の乗客を運んでいる。
イギリス VS アメリカ 〜VC10の完敗〜
VC−10の総生産機数はスーパーVC−10を含めて55機であったが、これはライバルアメリカのボーイング707(総生産機数1010機)やダグラスDC−8(総生産機数556機)と比べると悲惨な結果であった。しかも、約8割は自国の国営航空BOAC(英国海外航空)とイギリス空軍からの発注である。それ以外で新造機を購入したのは自国のブリティッシュユナイテッド航空(3機)と、イギリスの旧植民地だったアフリカのガーナ航空(2機)、東アフリカ航空(スーパーVC10・5機)のみという有様で、メジャーキャリアには1機も売れなかった。
VC−10はイギリスが製造した最も巨大な旅客機であり、性能面でも非常に洗練されていた。それでも、上記のようにアメリカ勢に完敗したのは大きく分けて2つの理由がある。
1つはVC−10が高地や高温の空港での性能を重視して開発された機体であったことで、このような路線に最適化されていたVC−10は経済性でボーイング707やDC−8に対抗することが出来なかった。つまり、VC−10はBOAC(英国海外航空)の要求により、BOACのためだけに造られたような機体だったのである。後に、座席数を増やし経済性を向上させたスーパーVC−10が登場したが、形勢を逆転するにはあまりに遅すぎた。
2つめは、登場したタイミングが悪かったという点である。VC−10が市場に参入した時点で、既に他のライバル(ボーイング707やDC−8)が3〜4年前に就航しており、足場を固めていたのである。しかも、皮肉なことにVC−10が想定していた高地・高温の空港はボーイング707やDC−8を受け入れるために滑走路の延長工事を済ませており、VC−10を導入するメリットは無くなってしまった。
このような状況でVC−10が市場に参入する余地は無くなっていた。VC−10はライバルに対して登場するのが遅すぎた。せめて、V.1000/VC−7が予定通り開発されていれば、イギリスの旅客機市場での地位も変わったかもしれない。
生産
BOAC(英国海外航空)の発注は2転3転したが、最終的にVC−10スタンダード12機、スーパーVC−10 17機の合計29機であった。これは、当初予定されていた35機+オプション20機と比べるとかなり少なくなっている。ちなみに、BOACがキャンセルした中には大型貨物扉を装備したタイプ1154と呼ばれるコンビ(貨客混載型)8機も含まれており、タイプ1154のうち5機は東アフリカ航空に売却された。
VC−10シリーズはBOACや上記の東アフリカ航空に加えて、ガーナ航空、ナイジェリア航空、ブリティッシュユナイテッド航空などから発注があり、総生産機数は標準型のVC−10スタンダード32機、ストレッチ型のスーパーVC−10が22機の55機であった。
イギリス空軍(RAF)の空中給油機型
ブリティッシュ・エアウェイズ(元BOAC)など民間航空会社のVC−10が引退し始めると、空軍の活動領域を広めるために引退したVC−10を空中給油機に改造して空軍に編入する計画が持ち上がった。空中給油機に改造されたのは標準型のVC−10(タイプ1101)5機、スーパーVC−10(タイプ1154) 4機の合計9機で、前者にVC−10 K.Mk2、後者にVC−10 K.Mk3という空軍名称が付けられた。VC−10 K.Mk2は1983年6月22日に初飛行した。
英国空軍のVC−10は全機ロールスロイス・コンウェイ550Bに統一されており、外側エンジンの逆噴射装置は取り除かれている。また、空軍のVC−10は機首に空中給油装置を装備することができる。空中給油機の燃料給油方式はプローブ・ドローグ方式で、小型の戦闘機なら最大で3機同時に給油することができる。
空中給油機VC−10Kシリーズは第101飛行隊に配備され、湾岸戦争の「デザート・ストーム作戦」に参加、イギリス空軍及びアメリカ海軍の航空機への空中給油を実施し、出撃回数381ソーティーを記録した。
また、1990年にはさらにスーパーVC−10(タイプ1151)5機を空中給油型VC−10 K.Mk4に改造する契約が空軍とBAeとの間で結ばれ、1994年に初号機が引き渡された。このK.Mk4はK.Mk3と似ているが、胴体内のタンクが取り除かれた短距離仕様である。
これらのVC−10Kシリーズは現在もイギリス空軍の主力空中給油機として活躍しており、2009年頃まで使用される見込みである。

↑イギリス空軍(RAF)のVC−10 K.Mk3
Variants
タイプ1101 VC−10
最初の量産型で、BOAC(英国海外航空)向けの機体。ロールスロイス コンウェイRCoターボファンエンジン(推力9534kg)4基を装備。乗員10名、2クラスの座席配置で115名、オールエコノミークラスで135名の乗客を乗せることができる。生産機数は12機。
タイプ1102 VC−10
ガーナ航空向けの機体。2番目の大型貨物ドアを装備。生産機数2機。
タイプ1103 VC−10
ブリティッシュユナイテッド航空向けの機体。タイプ1102に類似。生産機数3機。
タイプ1106 VC−10 C.Mk1
イギリス空軍向けの機体で、英軍名称はVC−10 C.Mk1。よりパワフルなコンウェイRCo43エンジンを装備するとともに、翼を改良型に変更、燃料搭載量も増加している。生産機数14機。
タイプ1109 VC−10
プロトタイプ(タイプ1100)の改修型。タイプ1106と同一の翼を装備する。改修を受けた機体は1機のみで、ブリティッシュユナイテッド航空(BUA)に引き渡されている。
タイプ1112 VC−10 K.Mk2
タイプ1101を改造したイギリス空軍向けの空中給油機。5機改造。
タイプ1150 スーパーVC−10
より大きなキャパシティを持つ発展型。BOAC向けのタイプ1151と東アフリカ航空向けのタイプ1154の2つのタイプがある。タイプ1151はファーストクラス16席、エコノミークラス123席を有し、合わせて17機製造された。タイプ1154は大型貨物ドアを装備した貨客混載型で、5機製造された。
タイプ1164 VC−10 K.Mk3
タイプ1154を改造したイギリス空軍向けの空中給油機。4機改造。
タイプ1170 VC−10 K.Mk4
タイプ1151を改造したイギリス空軍向けの空中給油機。5機改造。
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