6年国語
「きつねの窓」は、とってもすてきな作品です。
この授業は、「ぼく」と「きつね」役に分かれて、演技をすることを中心に組み立てました。
最初、緊張していた子供達でしたが、回を重ねるにつれて、本気の演技が増えました。
役者顔負けの演技です。
授業後に、「きつねの窓」の感想を書いてもらいました。
下の文章は、キツネさんのものです。許可をとって載せています。
6年 きつねさんの感想
この物語は、不思議なものに包まれているような気がする。 それに悲しい物語なのだが、ふつうの心をグサッとさされるような悲しい物語とは違い、真綿で首をしめられるような悲しさが徐々に積み重なっていく物語だ。 この物語が他の物語と違う悲しさを味合わせている訳は、物語の背景にあるのではないかと思う。 物語全体がうすい青色をしているような気がするのだ。 青は心をしずめる神秘的な感じがする色だ。 だからこの物語は不思議な感じがするのだろう。 そしてもう一つの訳は、登場人物である「ぼく」と「きつね」が不幸な身をしているからだろう。 「ぼく」は、家族をなくし、ひとりぼっちで生活している。「きつね」も母をなくしてさみしい暮らしをしている。 最初、「ぼく」は、「きつね」をしとめようとしてききょう屋に入った。 でも「きつね」が「ぼく」と同じ思いをしていると知り、「きつね」をしとめてやろうという悪いことをたくらんでいるような気持ちから、「きつね」をあわれむ気持ちにかわっていく。 そして「ぼく」も指で作る窓がほしいという欲望にかわっていく。 「きつね」は、「ぼく」の欲望をかなえてくれるのだが、そのかわりに鉄砲をもらうという。 鉄砲をもらったということは、「ぼく」がもう狩りをできないということだ。 「ぼく」は、難しい選択をさせられるが、窓の方を選ぶ。それが大きな損になるとも知らずに。 窓を失った時、ぼくはまた孤独(こどく)を取り戻した。 おそらく前よりももっと孤独におそわれたことだろう。 「ぼく」は、今も心の奥に孤独感を持っている。 だから今でもときどき指で窓を作るのだ。 何か見えるのでは、ないかと思って。 |