アーサー・C・クラーク
「神の鉄槌」

メインの話に関係なさそうなことが、たくさんあって閉口した。ほとんど読み飛ばした。SF的な難しげな話には興味がない自分を発見。地球に衝突すると思われる惑星のルートを変えるため、宇宙船のクルーがどうするか。〔2017・8・28(月)〕


アーサー・ミラー
「存在感のある人」

アーサー・ミラー短篇小説集。この人はマリリン・モンローさんのファンにとっては、彼女の夫だったことがある、という事実が一番大きい。仕事だった小説も読んでみようかと、ふと思っただけ。マリリンっぽいイメージの女性が出る短編もある。はじめのほうの、犬とビーバーの2編が記憶に残る。(短いほうが楽でいい?)〔2017・6・18(日)〕


アガサ・クリスティー
「ビッグ4」
名探偵ポアロと相棒のヘイスティングスが、世界征服を企む4巨頭に挑む。これは推理小説というよりも、怪盗ルパンのような冒険ものだった。〔2001・12・9(日)〕

「スタイルズ荘の怪事件」
クリスティーのデビュー作。名探偵エルキュール・ポアロにとっても、もちろんデビュー作だ。
ハヤカワで新しく出したクリスティー文庫は、新訳になった。以前の訳は読んではいないが、今回の訳は、テレビでデビッド・スーシェが演じて熊倉一雄さんが吹き替えた、あのていねいな喋り方に近い。
私はテレビシリーズを見ていたから、読んでいるときも、スーシェ=熊倉のポアロが頭の中でセリフを話すイメージを描いたりしていた。
一度読み終えてから、また、ざっと読んでみた。なるほど、ここでちゃんとヒントが書いてあるじゃないか、とチェックしながら。
犯人じゃないかと思える人物が何人も出てきて、誰がやったかという推理小説の基本的な醍醐味が、じゅうぶんに楽しめる。
映画でも使われたことのある、ある法律の仕組みがトリックに使われていたのには驚いた。もちろん、クリスティーが書いたのは1920年だから、こっちが先だ。
クリスティーは薬局で働いたことがあって、本書にも、その知識を使っている。逆にいえば、そのあたりのトリックは、読者には、なかなか気づけないところではある。
でも、デビュー作にして、ここまで上手く、話を作り上げているのは、見事としか言えないだろう。犯人の意外性もあるし、新訳のおかげもあるかもしれないが、ポアロはもちろん、各キャラクターがいきいきしている。
なんといっても、クリスティーは、人物が魅力的で、読みやすく、なじみやすいのが、いいのだ。〔2004・12・8(水)〕

「ゴルフ場殺人事件」
名探偵ポアロと、ヘイスティングズ大尉のコンビの活躍。ヘイスティングズが下手に推理するのを、ポアロが先生よろしく直していくあたりも面白い。
今回は、殺人事件の推理だけでなく、ヘイスティングズの恋物語も大きな比重を占めている。
またパリ警察の刑事ジローとポアロの知恵比べもある。ジローは、現場を這いつくばって証拠を探すタイプ。ホームズも似たようなものではなかったっけ。とすると、クリスティーはホ−ムズよりポアロのほうが優れた探偵と言っているのかな?
今作は特に、女性陣の描写が魅力的。富豪の妻、近所に住む母娘、ヘイスティングズが汽車で知り合った娘。
時代は古いけれど、血の通ったキャラクターとして読めて楽しめる。
犯人探しの興味は相変わらず面白く、え、あの人? まさか、あの人? と振りまわされる。おバカな私は、よく考えてあるよなあと感心するのだった。〔2004・12・23(木)〕

「アクロイド殺し」
以前は「アクロイド殺人事件」というタイトルだったように思うが、原題は“The Murder of Roger Ackroyd”(ロジャー・アクロイドの殺人)であって、“Murder Case”(殺人事件)という言葉はないから、「〜殺し」のほうが、より正しいのかもしれない。
この作品には、有名なトリックがある。
ずっと前に読んだことがあって、そのときは、そのトリックがすごいのかどうかも、よく分からないようなガキだった。
というより、今考えると、もしかして頭が柔軟すぎて(?)、ああ、そういうことなのか、で、納得して終わってしまったのかも。(笑)
なんとも、もったいない。
今回は、その「根本的な大トリック」を知っていても、面白く読むことができた。
読んでいると「本当はそういうことだから、ここでこんなことが書いてあるんだな」と気づく。推理小説を読み返す場合の楽しさ。
名探偵ポアロは、引退しているのだが、隠居先の近所で起きた事件だったために、捜査を依頼されてしまうのだ。
犯人にとっては不運そのもの。
多くの事件でポアロとコンビを組んでいたヘイスティングズ大尉がいないのが、少し寂しい。
でも、このトリックに、まんまと引っ掛かって、たまげてみたかった!〔2005・2・4(金)〕

「青列車の秘密」
富豪の娘がブルートレインに乗って旅に出る。そこに、離婚話を持ち出されている夫や、娘のかつての恋人が乗り合わせて、事件は起きる。
ポアロは引退後で、のんびりと旅行を楽しんでいる、いい身分。偶然、問題のブルートレインに乗っている。(まあ、そういうこともあるでしょう、と大目に見ることにしましょう。)
引退後だから、イギリス時代の相棒ヘイスティングズはいなくて、かわりに執事のジョージとのやりとりが少しある。ポアロは、彼のことをジョージではなく、いちいちフランス語ふうに「ジョルジュ」と呼ぶのだが。
犯人だった人物のことを、一度は、この人かな?と疑ったのだが、やっぱり、この人?いや、この人か?と、結局は推測が定まらず。
クリスティーのミスディレクション(誤った方向に推測を持っていかせる)にも、ハマってしまいました。
思わぬ犯人だったよ。半分は。こういうことだったのか、と分かってみれば割と簡単に思えるのだが…気づかないのだよねえ、これが。
同じく列車に乗り合わせた、控えめで思慮深い女性キャラが印象的。〔2005・3・24(木)〕

「終わりなき夜に生まれつく」
久々に、アガサ・クリスティーを。図書館に彼女の本はいろいろ置いてあるが、かっこいいタイトルで、これを借りようと決めた。
夜ごと朝ごと
みじめに生れつく人あり
朝ごと夜ごと
幸せとよろこびに生れつく人あり
幸せとよろこびに生れつく人あり
終わりなき夜に生れつく人もあり
   ウィリアム・ブレイク
   「罪なき者の予言」より
読み終わったあと、この詩が心を刺す。
哀しい話だ。
殺人者の、ひとつの資質のようなものにも迫っている。終わりなき夜。ENDLESS NIGHT。
その人は、違う道を選べないのか。
クリスティーといえば推理小説の印象だが、意外なことに本作は終盤、残り3分の1くらいになって、やっと決定的な事件が起きる。
それまでは、危険な予感をはらみつつも、恋愛ドラマが展開しているといっていい異色作。
名探偵は出てこない。
青年マイクは、呪われた土地「ジプシーが丘」で、21歳にして莫大な遺産を手にする無垢な女性エリーと出会う。
身分の違う2人だったが、やがて結婚し、2人の出会いの土地であるジプシーが丘に家を建て住み始めるが…。
トリックは、少しでも触れると、分かってしまうかもしれないので、まったく書かないことにする。
この人は嘘を言っているんじゃないか? と引っかかったところがあって、結局、その人が犯人でもあったので、作者の仕掛けたとおり、見つけたぞー、と、ちょっと嬉しかったりするのだが。
ジプシー女が、この土地に戻ってきたら災厄があるよ、と警告したり、家に石が投げ込まれたりと、不穏な雰囲気。
そんな土地を手に入れるのは止めればいいのにねえ。迷信だとしても、いい気分はしないし。
エリーの周囲の親戚たちは、彼女の遺産にあずかろうとして、うるさい存在。そんななかで、エリーの純真な愛が、きらきら輝く。
画像は新しい装丁のものだが、実際に借りたのは、それよりずっと昔の版。訳が古くさいところがある。
カバー裏に「あらすじ」があって、死ぬのが誰なのかが書かれているのだ。私は事前に読まなかったからいいけど、これは完全にネタばれでしょ。
事件が主眼でないタイプの話だからといって、そこまで書いていいものか。〔2009・8・7(金)〕

「ゼロ時間へ」
1月に、本を読むヒマも気力もないということで、ゼロ読書へという記事を書いた。
そのときのタイトルは、この本のパロディなのだった。
思いついて「ゼロ読書へ」と記事タイトルをつけたが、そのことによって、元ネタの「ゼロ時間へ」そのものを読みたくなってしまったのだ。
殺人とは、その行為から始まるのではない。殺人は結果である。物語は、そのはるか以前から始まっている。すべてがある点に向かって集約し、クライマックスにいたる。ゼロ時間。すべてがゼロ時間に集約される。
ゼロ時間とは、そういうこと。原題は、Towards Zero 、ゼロに向かって、という意味になる。
殺人がゼロ時間、というのは別に発見でもなんでもなく、そう考えれば、まさしく、そうであるわけですよね。
ただ、その「ゼロに向かって」いくとは、どういうことなのかが、本作の最後で実感できるのが、さすがはクリスティー。
動機の面で、読者に対しては終盤まで明らかになっていない気がするが、やはりクリスティーは、物語として、おもしろい。ミステリの基本という感あり。〔2010・1・31(日)〕

「邪悪の家」
おなじみ、探偵役は、エルキュール・ポアロ。相棒役は、ヘイスティングス。(ポアロにしてみれば彼は「モナミ」〔わが友、の意味〕。)
おもしろかった!
イギリス南部海岸に保養にきている2人。
引退したポアロだが、命を狙われている娘に出会い、彼女を救うことにする。
娘に心当たりはなく、犯行の動機も見つからない。五里霧中のポアロをあざ笑うかのように、やがて事件が起きる…。
犯罪が起きてしまえば、それはつまり犯人が署名したようなもので、その跡を追えばいいのだが、犯罪を未然に防ぐのは、難しい。そうポアロ自身が言うような展開になっていく。
ポアロの灰色の脳細胞は、犯人の計画をしのぐことができるのだろうか。
ヒロインは、ニックという愛称で呼ばれているが、本名はマグダラ。ぜんぜん違うよね。
ニッキーなら女性っぽいけど、ニックだと男性の名でもあるようなイメージ。
日本でいえば、貴美子を友香と呼ぶようなもの?(違うか。笑)
原題は「エンドハウスでの危難」。邦題でも「エンドハウス」を使っている訳があるようだ。〔2010・3・11(木)〕

「予告殺人」
クリスティーが創造した探偵のうちのひとり、ミス・マープルが活躍する作品の中では傑作の声もある一作。
地方新聞に「殺人お知らせ申しあげます。…」という広告が出る、というアイデアが、まず、すごい。
殺人が起きる場所に指定された家の主人は、まったく身に覚えがないながらも、近所の人々が興味津々とやってくるだろうと考えて、客を迎える準備をする。
警察が呼ばれるわけでもなく、ゲームなのだろうと思った人たちが何人もやってくるあたりは、都会とは違った、のんびりムード&野次馬根性が合わさった田舎っぽさがあって、いい。
そして、事件が。
ミス・マープルものは、初めて読んだかもしれない。(読んだとしても記憶がない。←ばかだから、脳を素通りすること多々あり。)
話好きの普通のおばあちゃんみたいで、探偵というより、ちょっとだけ警察のお手伝い、という立場のよう。ポアロみたいな、あたしゃ探偵です、みたいな人じゃない。
車椅子にのっているイメージがあったのだが、そんなことはなかったみたい。車椅子は晩年のこと?
私は犯人がわかることは、めったにないのだが、今回は予想が当たった。ただ、動機は考えつかなかった。
わかってみると、なるほどねえ、となるのだが。
最後に、犯人が行動を起こさざるをえないように、罠をしかけるあたりは、あんたは刑事コロンボか!? なんて。
予告殺人の場面は、実際にどのように見えるのか実験をしてみたらしい。どこかで、そんなことが書かれていた。
登場人物のキャラクターもよくて楽しめる。
エンディングはユーモラスに締めくくり。
ミス・マープルの言葉で印象に残ったものがある。図書館で借りたので、もう手元になくて、記憶をよみがえらせた脳内解釈になっているかもしれないが、だいたい以下のような感じ。
弱い人、しいたげられてきた人が、世の中をひがんで、自分にもいいことがあっていいはずだ、と考えて、悪いことをする場合がある…。
私も、安月給だといって、ひがんではいけないのだなあと。そういう結論っぽい。(…そうなのか?)
〔2010・3・31(水)〕

「春にして君を離れ」
とりつくろわれた夫婦・家族関係の哀しさ、むなしさを描いた、見事な小説。
クリスティーといえば推理もの、と思うけれども、普通の恋愛小説系もある。
当時、彼女はメアリ・ウェストマコットという名義で、そうした傾向のものを書いていた。恋愛系の話をクリスティーの名前で出したら、推理小説と早合点して買う読者がいるだろうという配慮があったようだ。
私は、まず「春にして君を離れ」という、詩的なタイトルに惹かれて読んでみた。季節もちょうど春だし。
ところが、これ、すごく痛い内容だったのだ。
ある女性がバグダッドで暮らす娘の見舞いに行き、ロンドンに帰る途中、汽車が到着せずに宿泊所で足止めを食らってしまう。
そこで彼女は、今までの夫との関係、子どもたちとの関係を思い起こして、これまでは、なかば無意識に目をそむけてきた真実と向き合うことになる。
その結果、彼女がとった行動とは…。
クリスティーが推理小説だけの人ではないことを、本作は明らかに証明している。
夫婦間の難しさ。相手を思いやる気持ちの大切さ。うわべだけでなく。
自己満足の中に安住する危険。
人間関係というのは難しい。
夫婦になっても、それが最善の相手でなかったら。なくなったら。
そもそも最善とは何なのか。
ほかに何もすることがない、誰もいない、砂漠の中で、過去のことを考えるという舞台設定も抜群。
深く考えさせられる、おそろしくて哀しい恋愛小説の傑作。〔2010・5・2(日)〕

「カリブ海の秘密」
肺炎の転地療養のため西インド諸島に来たミス・マープルが泊まったホテルで、滞在客が亡くなる。
亡くなった彼は、前夜、ミス・マープルとの話の中で、ある殺人犯の写真を見せようとしたのだが、急に顔色を変えて、話をそらした。
ミス・マープルは、それを、彼が殺人犯の姿を見て、おびえたためかもしれないと考えた。
やがて、ホテルの使用人が刺殺体で発見され…。
ホテルを経営する若夫婦、ひと癖ありそうな滞在客たち。
ミス・マープルは、人々との世間話から、さまざまな情報を引き出そうとする。
マープルさんの場合は、素人、おばあちゃん、というのがいい。
クリスティー女史の創造した探偵役では、ポワロなどは、まさに探偵そのもの。
ポワロとミス・マープルくらい違うと、書くほう(作家)も読むほう(読者)も、バラエティ豊かに楽しめる。
結局、謎は単純なもの、ヒントも出ている。
でも分からないのが、さすが。
たったひとつの真実の周りに、怪しい人物や行動をいろいろと置いてあるから、簡単には分からないんだろうなあ。
犯人は分からないけど、クリスティーは、読んでいて楽しいね!〔2010・7・13(火)〕

「鳩のなかの猫」
猫好きな私なので、タイトルに惹かれて借りてみたが。
猫、出てこなかった。
この言葉は「たとえ」なのだった。
女子校の生徒や先生たちのなかに、平和を乱す者が紛れ込んでいる、ということを言っている。
話は、革命が起きた中東の国から始まる。
そこで行方不明になった宝石をめぐって、舞台はイギリスの格式ある女子校メドウバンクに移る。
日本でいえば中学校あたりになるのだろうか。
外国の身分の高い家柄の子女も在籍するこの学校で、殺人事件が起きる。
生徒のひとり、ジュリア・アップジョンは、やがて、あることを発見し、探偵エルキュール・ポワロのもとに向かう…。
危険な情勢の中東の国から、どうやって宝石を持ち出すかというオープニングなので、もしや冒険ものかと思ってしまったが、それはプロローグに過ぎなかった。
ポワロは終盤になって、やっと登場するので、この探偵のファンには物足りないかもしれないが、女学校のなかで話が進んでいき、才気あるジュリアの活躍もあり、若々しい印象が残る好編。
意外な事実や小さな余談が、余韻を生んでもいる。
先日のポワロのテレビシリーズ放映のなかの一編に、この作品があったので、見るのが楽しみ。〔2010・9・5(日)〕

「おしどり探偵」
トミーとタペンスの夫婦が探偵として活躍する短編集。
ふたりが各編で、探偵小説に出てくる探偵のまねをするパロディでもあるのだが、私は元ネタをほとんど知らないので、おもしろく感じることはない。
いちばん雰囲気があったのは、霧の中に警官が現れる話(「霧の中の男」)で、殺人者が誰なのかを推理するもの。霧という舞台設定がミステリアス。
変わっていて面白いのは、犯罪かと思ったことが、そうではなかった、とわかる話(タイトルは書かないでおく)。こちらはユーモラス。
短編集なので、さっと手軽に1編だけ読んでストップできるのも、いいところ。
見なかったけど、以前NHKでドラマを放送していた。
トミーはジェイムズ・ワーウィック(声・佐々木功)、タペンスはフランセスカ・アニス(声・田島令子)。〔2010・9・26(日)〕

「スリーピング・マーダー」
ミス・マープル最後の事件。
…というので、最後まで読まないでおこうかとも思ったけど、図書館で、つい借りてしまった!
最後っていうから、悲しいのかなあと考えていたが、そうでもなく。
実際に書いたのは最後じゃなくて、ずっと発表されずに、とっておかれた作品なのだった。
家を購入するために物件を見てまわっていた女性が、ある家を気に入って、手に入れる。
しかし、その家と彼女とは、じつは深い因縁があって…。
過去の事件を蒸し返すことが、すなわち「スリーピング・マーダー」の意味だったのだ。「眠れる殺人」を再び掘り起こす、ということで。
私は、タイトルから想像して「眠り(ながら)殺人」みたいなことかと思い込みをしていたが、違いましたねえ。
ミス・マープルは、家を買った女性(夫も一緒に住んでいるけど)の事情を知って彼女の近くにいるので、読みながら結構、気分的には安心できる。
(名探偵といえど、近くにいても事件を止められないパターンも多いのではあるが。)
知りたがりは危険を招くこともある。というわけでした。
妻を支える夫の態度には好感。〔2010・11・7(日)〕

「パディントン発4時50分」
クリスティー女史のおばあちゃん探偵、ミス・マープルもの。
クリスマスの買い物を終えて列車に乗った女性が、並んで走る列車の窓に殺人の現場を目撃する。
そのことを聞いた友人のミス・マープルは彼女の話を信用し、有能な家政婦であるルーシー・アイルズバロウに死体の捜索を依頼して…。
向こうの列車に乗っている人を眺めるという経験は、多くの人にあることだろう。あの人は何をしているのか。本を読んでいる。寝ている…。
もしも、そこで殺人が起こったら!? それを目撃したら?
そういうアイデアが、まず面白い。
死体が発見される可能性がある土地を有する家に、ミス・マープルが自分が主役として行くのではなく、家政婦を送り込むというところも、ひねりがあっていい。当然ストーリーは、その家政婦が中心になる部分が多い。読ませるためには、彼女が魅力的でなければいけないわけだが、その点も、ちゃんとできている。
犯人については、意外とか、種明かしに驚く、といった感じではないので、推理ものというより、物語として面白く読める。
そこがクリスティーさんの小説家としての力、大衆的で、いいところでもある。〔2011・1・26(水)〕

「もの言えぬ証人」
ポアロに捜査の依頼の手紙が届いたのは、依頼人が亡くなったあとだった。
図書館で借りて読んだ。
新版とは違って、昔の装丁のもので、旧かなづかいの文章である!
図書館は無料でいいけど、多少は本を新しくしてくれないものだろうか。
ポアロが依頼人のもとを訪れると、当の本人は亡くなっていたが、ポアロは犯罪のにおいを嗅ぎつける。
彼はヘイスティングスとともに、関係者に次々と会い、真相に迫っていく。
犯人が明かされたあと、ポアロは、あの人こそが犯人であろうタイプだと思った、といったようなことを話している。
これは探偵の勘といっていいのか。
読んでいるほうとしては、まったくそんなこと思わないんだけど。
とはいっても、いつもながらの楽しい読書時間を与えてくれるクリスティー女史には、お礼を言いたい。
ちなみに「もの言えぬ証人」とは、依頼者の飼い犬を指す。〔2011・8・5(金)〕

「死者のあやまち」
余興の「犯人探し」ゲームで、被害者役になった女の子が、本当に殺されていた!
ゲームが始まる前、ポアロは、ゲームの筋書きを作った女流推理作家から、賞品を渡す役目を頼まれて現地を訪問する。
だが、作家がポアロを呼んだ本当の理由は、このゲームについて、どこか腑に落ちない、おかしな点があると彼女が感じたからだった…。
原題は“Dead Man's Folly”。死者の愚かさ、死者の愚行、みたいな意味か。
ポアロ、けっこう役立たずで終盤まで進む。
ある人物が亡くなったという話が出たところで、あ、これは事件解決の糸口になるな、とは思ったが、じゃあ、誰がどうして、どうやって、となると、もちろん分からない。
推理小説で、犯人や動機が分かったためしはない。と思う。まず犯人の視点で犯行を描いた作品でなければ。
まー、今回も、思いもよらない人物が犯人でした。
推理を成立させる証拠の提示は、すべてが前もってされているわけではないから、読み手は想像するしかない、ともいえるけど。
それでも読み物として面白いのである。 〔2011・9・2(金)〕

「ヘラクレスの冒険」
ポアロが、自分の名前エルキュールがヘラクレスから来ていることから、ヘラクレスの12の難業と似たような事件を手がけていく短編集。おもしろい。
ヘラクレスの12の難業とは、
1.ネメアの谷を荒らす、刃物をも通さない皮をもつ獅子を退治する。
2.レルネーの沼にすむ、9つの頭をもつ水蛇ヒドラを退治する。この頭は切り落とすと、今度は2つ生えてくる。
3.女神アルテミスが大事にしている、黄金の角と青銅のひづめをもつケリュネイアの牝鹿を捕らえる。
4.人間を悩ますエリュマントス山の大猪を捕らえる。
5.30年間掃除したことがない、3000頭の牛を飼うアウゲイアースの家畜小屋を1日で掃除する。
6.畑の作物を荒らすステュムパリデスの鳥たちを退治する。この鳥は、くちばしと爪、翼の先が青銅でできている。
7.クレタ島の王ミノスの牡牛を連れてくる。
8.トラーキア王ディオメーデースの飼う、人食い馬を生け捕る。
9.アマゾンの女王ヒッポリュテーの帯を取ってくる。
10.身体が3つある怪物ゲーリュオーンが飼う牛を連れてくる。
11.ヘスペリデスの園の黄金のリンゴを取ってくる。
12.地獄の番犬ケルベロスを連れてくる。
ってことらしいが、クリスティーはバラエティ豊かに、ストーリーを構築している。
見事というほかない。
ちなみに図書館にあったのは、昔の装丁の本で、タイトルは「ヘルクレスの冒険」。〔2011・10・25(火)〕

「マギンティ夫人は死んだ」
ひさしぶりに、クリスティー女史の本を。ポアロが依頼を受けて真犯人を探す。昔の犯罪スキャンダル記事が手掛かりに。ポアロの泊まる宿屋の女将のドタバタぶりが、ちょっと笑える。〔2015・7・18(土)〕

「ナイルに死す」
おもしろかった。長編だが、まったく飽きない。あとで映画まで見てみた。〔2016・2・7(日)〕


阿木慎太郎
「闇の警視 照準」
これは、あまり気が向かなかったが、訳あって手にしたので読んでみたもの。
暴力団壊滅を図る非合法のチームの活躍を描くシリーズ、ということで、ギャングとか暴力団とかは好みの話ではないのである。
帰省中の時間があるときに読んだとはいえ、2日間で読めたのは自分にしたら速い。つまらなくはなかった、ということになる。
ただ、どうしても好きではないところがある。ある場面における「アンハッピーエンド」。女の子が、そうなるのは、かわいそうだからイヤなのだ。
だってのに。
作り話なのに、どうして、そういうふうにする必要があるのか。嘘なのに、なぜ、そういう悲しい話にもっていかなければならないのか。必要ないのに。
だから、よくできている話だとしても、私は根本的に好きじゃない。〔2008・5・4(日)〕


亜木冬彦 
「金田一耕助の新たな挑戦」
亜木冬彦(あぎ ふゆひこ)、姉小路祐(あねこうじ ゆう)、五十嵐均(いがらし ひとし)、霞流一(かすみ りゅういち)、斎藤澪(さいとう みお)、柴田よしき(しばた よしき)、服部まゆみ(はっとり まゆみ)、羽場博行(はば ひろゆき)、藤村耕造(ふじむら こうぞう)、各人競作の短編集。横溝正史賞ゆかりの作家たちが、金田一耕助の活躍を創作。
短編のせいか、まあまあ、こんなものか、というのが多かった。〔2002・11・1(金)〕


麻生芳伸 編
「落語百選 春」
「おめえ、なんだって、いきなり落語の本なんか読むんだ?」
「前(めえっ)から有名な噺(はなし)は、知っておきたかったんだ。いろいろ本を読むと、たまーに落語を引用してることがあったりするだろ? だから一般的な知識としてな。いわゆる教養ってやつよ」
「なに偉そうなこと言ってやがんでえ。おおかた『タイガー&ドラゴン』っていうドラマの影響だろう?」
「そんなこたあねえよ。ありゃあ1回しか見てねえし。それよか、この感想を投稿すると、せっかくのマリリンの写真が下に行っちまう(注:この記事をブログに載せたときの状態が、こうなっている)のが困る」
「しょうがねえだろ。いつまでも書かねえわけにゃあ、いかねえんだから。で、この本は面白かったかい」
「江戸前の落語は、なんたって、こちとら江戸っ子だぜ、っていうようなセリフがいいやね。『饅頭こわい』とか『たらちね』、『粗忽(そこつ)の使者』『明烏(あけがらす)』なんてのは有名じゃあねえかい? そうだ、『あたま山』もあった」
「ああ、いつだったか短編アニメになって、映画賞をとったやつだな」
「そうそう。案外よく知ってるね。あとは、夫婦喧嘩が痛快だけども、逆に仲の良さが出ている『〆込み(しめこみ)』とか、『百年目』の人情味もよかった」
「この本には『春』とあるが、てえことは、『夏』『秋』『冬』もあるのかい。全部読むとなりゃあ、おめえ、大変だぞ」
「へへへ、『夏』は夏に、『秋』は秋に読まなきゃ。そんなに早く読んじまったら、それだけ早く、飽き(秋)がくらあ」
〔2005・5・30(月)〕

「落語百選 夏」
「やっと『夏』が終わった」
「おっ、何をしんみりしてやがんでえ。夏はとうの昔に終わってるじゃねえか」
「そうじゃなくて『落語百選 夏』を読み終わったってことだ」
「そりゃ、めでてえ」
「じつは、20日ほど前に読み終わってる」
「読んだら早く言えよ、おめえは! …で、面白かったかい」
「ああ、たぬきがサイコロに化ける『狸賽(たぬさい)』や、けんかするけど仲がいい、みたいな『笠碁』、有名な『お化け長屋』なんかがあって、楽しかったよ」
「そいつはよかった。じゃ、次は『秋』だな」
「『秋』を読む頃には、もう冬になってる気がする」
「どうせなら季節を合わせて読んだほうがいいんじゃねえのか」
「いっそ『秋』をすっとばして、『冬』を読もうか」
「男心と秋の空だね、まったく、フラフラといい加減な奴だぜ」
「『冬』もすっとばして、春になってから『春』を読むか」
「『春』は、もう読んだじゃねえか」
「2巡目の春は、話が変わってるかもしれないぞ」
「そんなわけねえだろ。あーあ、こいつは、あき(秋)れて物が言えねえや。帰って富有(冬)柿でも食って寝ちまおう」
「富有柿食って寝る、なんて言葉は初めて聞いた。今の季節には合ってるけど、無理にオチ作ってねえか」
「う、うるせえやいっ」
〔2005・9・26(月)〕


天野頌子
「恋する死体 警視庁幽霊係」
以前、第1作の「警視庁幽霊係」を読んで面白かったので、続編を読んでみた。
軽いコミカルタッチのミステリー。
幽霊と話ができるという特殊な能力を持ってしまった柏木警部補。
先輩刑事やユニークな同僚、なぜか彼にとりついてしまった女子高生の幽霊である及川結花の助けも借りて、どうにかこうにか事件が解決していく。
殺人事件の被害者の幽霊に話を聞けば、事件は詳しく分かる。その着眼点がグッド。
主人公が気弱で、幽霊を見たくないのに見えてしまうのがおかしいし、女子高生の幽霊に好かれているという、変だけど、ほのかなロマンスもある。
著者は、小説塾の一期生ということで、「警視庁幽霊係」がデビュー作。
今回は、柏木警部補に負けず劣らずの特別な能力を持つ、特殊捜査室の同僚たちが初登場。
そのためか、女子高生幽霊の及川結花の活躍が少なくなったのが惜しい。
本当に、さらっと読める軽さなのはいいが、もう少し、人生というか、読んでいて心に響くようなものを入れてほしかった。
その点では、第1作のほうがよかったかな?
次に期待してみましょう。〔2006・6・30(金)〕

「警視庁幽霊係 少女漫画家が猫を飼う理由(わけ)」
んーと、これはシリーズ第3作か。
カバーが漫画で、挿絵も同じく。いわゆる、ライトノベル系。
right は「軽い」という意味で、本作も軽いノリです。
前作「恋する死体 警視庁幽霊係」の感想で、物語の設定などを書いているので、興味があればそちらを参照されたし。
今回は3編入り。
第1話。呪われた指輪と、その指輪に縛られている外人女性の幽霊。持ち主の危険を防ぐために捜査を始める柏木たちの身辺にも、指輪の呪いによる危機が迫る…。
第2話。お盆に帰省した柏木だが、祖父の幽霊に導かれ、死んだ男の幽霊と対面する。彼は自殺と処理されていたが、実はそうではなかった。残された妻に、自分は自殺ではないと伝えてほしいと頼まれる柏木。そして事件の真相は…。
第3話。人気少女漫画家が殺された。柏木は彼女の幽霊に話を聞くが、彼女は殺人者が誰か見てはいなかった。柏木たちは彼女の家に行き、アシスタントなどに事情聴取を行う。犯人は、この中にいるのか。そんなとき、飼い猫がある行動を…。
と書いてくると、真面目っぽいけど、軽い軽い。まさしくライト。
第2話のラストがよかった。ちょっとジーンときました。
第2話と第3話に、ニャンコが登場、同じ猫ではない。登場場面も、ちょっとだけだけど。
どうせなら、第1話にもニャンコが出てくればよかったかも。〔2007・10・22(月)〕


アラン・ピーズ+バーバラ・ピーズ
「話を聞かない男、地図が読めない女」
以前、少しブームになった本が文庫になっていたので、読んでみた。
結局のところ、男と女の違いは、脳の作りの違いによるところも大きいらしい。
その脳の違いは、はるか古代の生活環境に合わせて変化したもの、という話である。もちろん、誰にも必ず当てはまるものではなく、全般的に見て、ということ。それは筆者も断っている。
いわく、男は古代には狩りに行き、女は洞窟で子を育て守った。
男はメシの調達係。メシを持ちかえること、それに家族を敵から守ること、それさえクリアすればいい。
女は家事や子育てをしっかりすればいい。
こういうことは、今、主張すれば差別だ、と言われかねない話だが。
確かに、こういう生活を何百万年もしてくれば、脳だって、それに合わせて変わっていって不思議はないよなあ、と思うところはある。
家族連れで、どこかへ行って道に迷っても、人に道を聞かないのが男だ、なんてのは思い当たるフシがある。そういう男、います。(私ではないよ。)
問題を解決できない男だと、妻や子どもに思われたくないのだよ。家族連れでなくて、男ひとりだったら、強がっていないで、道を聞く。メンツってヤツ。
地図を読めない女、というのも分かる。たとえば、「ほら、地図でいえば、上のほうだよ」と言っても、よく分かっていなかった彼女。
地図が読めないというのは、「空間能力」が足りないから、らしい。
テストステロンという男性ホルモンは、空間能力を向上させるという。
とすれば、空間能力については、女性は不利なわけだ。
数学的推理力もアップさせるテストステロンが減る月経前の女の子は、数学のテストの点数が悪くなる、なんて書いてある。
それじゃ、女の子にとっては数学のテストは、日程が重要な問題になってくるぞ!
女性数人が集まっての話だと、またたく間に話題がいろんなところに飛び、戻り、また飛ぶ。そんな中で私1人、男が加わったことがあるが、話が飛ぶと、ついて行くのが、けっこう大変だった。女性たちは、苦もなく、そういう芸当をこなす。
それも、脳の作りが男女で違うから、というのだ。
この本には、脳のパターンが男っぽいか女っぽいかを調べる「男脳、女脳テスト」がついている。
私は、予想以上に男脳だった…。いいんだけどさ。〔2005・10・12(水)〕


有栖川有栖
「ペルシャ猫の謎」
現代の日本の推理作家で、読んだことがない人(いっぱいいるが)の本にトライしてみようと思い。
で、まずは図書館で見つけた、この方。
私が好きな猫がタイトルだから借りた、といってもいいが。この絵、かわいくないけど。ミステリ顔の猫?(笑)
著者は、不思議の国のアリスが好きなのでしょうか。(ちょっと調べればわかることだけども。)
名前にアリスが重複してます。
で、感想は…。
短編集なのが、いまいちだったのか。たいしたことないなあと。
私でも書けそうじゃない?と不遜なことまで考えてしまったのであった。
短編だから、ちょっとした、ひとつのアイデアだけでも作れる。そのぶん、鮮やかな結末とか、感動とかを与えてくれないと、あまり、おもしろくならないのではないだろうか。そう思う私には、短編は合わないのかも。
それに、この本では、著者がお遊び的な軽い作品を、多く集めたのかもしれないし。
この著者の長編は、おもしろいのかも?〔2010・3・5(金)〕

「白い兎が逃げる」
以前、この著者の短編集を読んでいて、いまいちだったのを忘れていて、今度は中編集。んー、まあ、ねー。トリックを中心に組み立てるわけだけど、大学の先生と推理作家のコンビで、男同士なので面白くないのかも、私にはね。女子じゃないと!(笑)〔2015・2・21(土)〕


アレクサンドル・デュマ
「メアリー・スチュアート」

途中まで、つまらなかったが、軟禁された城からの脱出計画あたりから面白く読んだ。メアリーの処刑にサインをしたエリザベス1世を憎く感じてしまうが、実際のところ、どんな状況のもとだったのかは知る由もないことなのだ。訳者の田房直子さんの解説中で、中田耕治先生が翻訳を勧めてくださった、とあって、びっくり。中田耕治はマリリン研究の第一人者でもあるから。〔2017・3・31(金)〕


アンソニー・サマーズ
「マリリン・モンローの真実(上)(下)」(中田耕治・訳)
20日に読み終わっていたけど、旅行やら何やらで、書いてなかった。
上下冊の文庫本で、古本屋で見つけたもの。
訳者の中田さんは、日本では一番早くマリリンの評伝を書いた方。
私はいままで、マリリンのことは映画の中で知ればいい、という気持ちがあり、伝記のような本は、ほとんど読んでいない。
今回この本で、マリリンの人生をドキュメンタリーを見るように、なぞることができた。いままで知らなかったことも、たくさん知った。
マリリンの周囲にいた600人以上の人間にインタビューした著者の努力は凄いものだ。
とくに後半、ケネディ兄弟、フランク・シナトラ、ピーター・ローフォード、そしてマフィアが絡んでくるあたりは、筆致も詳細をきわめている。
映画界で、いや、世界で最も有名な女性、男の憧れと欲望を一身に集める女神として選ばれた彼女は、しかし、その役を務めるには、あまりにも脆く傷つきやすい自我を内在していた。
ここに書かれたことは、真実も多いはずだ。嘘を話す必要がない人間も多いだろう。だが、嘘を話す必要がある人間もいるようだ。
インタビューに応じたのは、あくまでもマリリンの周囲にいた人間だ。複数の同じ話がある場合は、真実味が増す、ということはあるが、何を信じるか、何を信じないかは、読者にまかされているのだ。
こんなに劇的な人生を駆け抜けていった人。救いを求める魂の叫びが聞こえるようだった。
その人を、心のなかで、私はずっと抱きしめていてあげたい。
たとえ現実に救うことは無理だったとしても。
だいじょうぶだよ、と彼女の頬をなでながら…。〔2004・9・20(月)〕


アンソニー・ホロヴィッツ
「シャーロック・ホームズ 絹の家」

コナン・ドイル財団が初めて公式認定した「続編」とか。「あの人」の登場は楽しいし、ホームズとワトソンもそれらしく、おもしろく読めるが、事件の後味は少しよくない。〔2017・5・7(日)〕


アンドリュー・オヘイガン
「マルチーズ犬マフとその友人マリリン・モンローの生活と意見」
マリリンの飼い犬マフ(マフィア・ハニー)から見た、マリリンやその周囲の人々。
苦手な文体、というか、マフの語りが、いろんな小難しい方向に広がっていったりして、頭に入らなくなる。いちいち書き出して紹介はしないが。
それで、もう、ざざーっと、すっとばして、会話部分はちゃんと読む。マリリンのセリフや動向はしっかり読む。という調子で終わった。
フランク・シナトラが1960年にマリリンにプレゼントした犬がマフだ。そのときのシナトラとマリリンの会話。
マリリンが言った。「この子はタフガイなんでしょう? マフィアって呼ぶことにするわ――マフィア・ハニーよ」
「いいね、うん」
彼女はもう一度僕にキスをして、何度もくすくすと笑った。「気に入った?」 (佐藤由樹子・訳。以下同)
ナタリー・ウッド、ロディ・マクドウォール、リリアン・ギッシュ、シェリー・ウィンタースなどの俳優や、リー・ストラスバーグ、ポーラ・ストラスバーグ、リリアン・ヘルマン、マリアンヌ・クリスなどなど、マリリンゆかりの人々は、いっぱい出てくる。
未完作「女房は生きていた」(ジョージ・キューカー監督)の撮影中、演技のできない犬について、キューカーの飼い犬サーシャとマフが交わす会話が面白い。
「言ったでしょう」サーシャが言った。「この役は無理だって。この犬には役っていうものがわからないのよ。ふん。ミスター・キューカーは明るい毛色に騙されたのよ――いつだってうわべばかり。才能よりも外見を優先させるんですもの」
「ひどいな。次で二十三回目だよ」
(中略)
「十分にやるってことを知らないのよ、ねえ?」
「うん」と僕は答えた。「残念だよね」

22回以上もNGを出した、この犬がしっかり演技できていたら、マリリンのシーンの撮影が少しは、はかどって、映画が完成に近づき、彼女の運命は変わっていったかもしれない!?
本論に関係ない文章が、さまざまに、くっついてると、めんどくさいんですよね。
こういうのに面白味を感じるようになれる日が来るのだろうか。
「BOOK」データベースより、内容紹介。
僕はマルチーズ犬、名前はマフ。スコットランドで生まれた僕は、ひょんなことからアメリカに渡り、マリリン・モンローにプレゼントされた。人気絶頂のマリリンと一緒に、僕は1960年代初頭の華やかな世界をめぐる。フランク・シナトラをはじめとするきらびやかな映画スターたち、気まぐれで謎めいた作家や学者、そして大統領になったばかりのジョン・F・ケネディ。みなそれぞれの夢や理念を持って生きていた―。マリリン・モンローに飼われたおしゃべり好きのマルチーズ犬は、無邪気なまなざしで激動の世界を眺める。イギリスの注目作家による、ユーモラスでちょっと切ない物語。 〔2014・11・24(月)〕


イーディス・ウォートン
「幽霊」
クラシックな欧米風おばけ話。そんなに怖いわけではない。そこには「いない」ものの「存在」を静かな筆致で。〔2016・8・9(火)〕


イーデン・フィルポッツ
「闇からの声」
昔から、推理小説のジャンルの名作としてフィルポッツの2作品が挙がる。ひとつは「赤毛のレドメイン家」、そして、この「闇からの声」だ。1925年の作品。
大昔に読んで記憶が薄れてもいたので、2回目。
恐ろしい顔をした「お面」のことは、よく覚えていた。それでもって、人を脅かすという…。どんな恐ろしい面なのか、描写から想像してしまうよ。
あらすじを東京創元社HPより。
「隠退した名刑事リングローズが旧領主邸ホテルで聞いた、姿なき者の闇からの声。それは、恐怖におののく子供の悲鳴であった。不審に思った彼が事情を調べてみたところ、同宿の老婦人から予想だにしない事実を知らされる──「その子供は亡くなったのですよ。このホテルで、一年以上も前に」と。名編『赤毛のレドメイン家』と並んで、推理小説史上に不滅の光芒を放つ、必読の傑作!」
犯人は、はじめから推測されるが、証拠がない。
主犯と共謀者、それぞれを探偵が追い詰める経過について、だいたい半々のページ数をさいている。
最後の対決の段で、「あのとき犯人が、ずっとその場に居続けていたら、いったい探偵はどうしたのだろうか?」という疑問が浮かんだのだが…。力ずくで解決?
それに「闇からの声」の謎を探偵が推測できないのは、多少情けない気もする。
でも、探偵がどう行動していくのかという興味で、ぐいぐい読ませる。
犯人は割れているから、誰がやったか、ではなく、探偵がどのように犯罪者を捕まえるかという話。〔2013・11・7(木)〕


伊坂幸太郎
「魔王」
人気も実力もあるらしい伊坂幸太郎。
ずっと興味はあって、ようやく、図書館で1冊だけあった本を借りてみた。
この書名は知らなかったし、あまり人気がない本なのだろうかとも思ったが、おもしろく読めた。
本書は「魔王」と「呼吸」という2編からなっていて、「魔王」だけでは、ある意味、中途半端。そのあとの「呼吸」で、一応完結している。
「魔王」の主人公・安藤は、自分の超能力に気づく。他人に、自分が考えている言葉を言わせることができるのだ。
なんだ、よくあるSF設定、エスパーの話かと、がっかりすることはない。
最近、台頭してきた野党の党首・犬飼に、安藤はムッソリーニのファシズムの影を感じる。
世間では、集団ヒステリーに近い「アメリカたたき」が出始めていた。
日本の行く末に危機感を抱いた安藤は、自分の力で何とか犬飼を止めようとするが…。
「呼吸」は、安藤の弟・潤也と、その彼女・詩織の話。
じゃんけんに必ず勝てるようになった潤也。彼は、どのくらいツイているのか、競馬で試してみることに。
憲法改正の国民投票が決定するなか、兄と同じように特殊な能力を身につけたかのような潤也の行く末は…。
カリスマ政治家が国民を催眠術にかけるかのように操る危険、ファシズムをネタにしながら、エンタメに仕上がっている。兄弟の絆も、さわやか。
「魔王」が安藤の視点から語られているのに対して、「呼吸」では語り手が詩織に代わっているのが、変化があっていい。
「呼吸」での、猛きん類の調査の仕事という、自然の中の、のんびり、ほっとするような空気感のアクセントも素敵だ。
伊坂氏の他の小説、読みたいけど、なにしろ図書館にない。みんな予約か?〔2008・5・23(金)〕

「アヒルと鴨のコインロッカー」
仙台方面に旅行に行ったとき、この文庫本を持っていった。
偶然にも、この話の舞台は仙台だった!
大学に入学した椎名くんが行った街が仙台と分かったのは、だいぶ読み進めてから。文庫本だと263ページ。たぶん、ここまで、どの街なのかは出てこなかったと思う。
仙台からの帰り道に読んでいて、なんだか嬉しかったよ。
物語は、現在と2年前の話が交互に語られる。
現在は、椎名くんが語り手。同じアパートに住む川崎に、本屋を襲おう、と誘われる。
2年前の語り手は琴美ちゃん。ペットショップに勤めているが、ペット殺しの3人組に目をつけられてしまう。
不穏で嫌な雰囲気が、ずっと2年前の話には流れていて、結果的には恐れていたようになっていって、私は好きではなかった。
でも、そういう結果でなければ、この話は成立しない…。
2年前のパートは、琴美ちゃんが「わたし」として一人称で書かれている。これは、おかしくないのかなあ。
くわしく言うとネタばれなので止めておくが…。
椎名くんのその後、どうなったんだろうね。
映画にもなって、それは録画してあるので、あとで楽しみに見ようと思う。〔2008・10・15(水)〕

「グラスホッパー」
まずは、登場人物の恐ろしい職業に驚き。
ひとりは、ナイフを使う殺し屋。
ひとりは、人を自殺に追い込む殺し屋。
ひとりは、人を横断歩道や駅のホームなどで押して殺す「押し屋」。
すごく、やばい商売をしている会社も出てくる。
読み始めは、そんな闇の存在に暗然としましたね。
でも、読んでいると、ぐんぐん、おもしろくなってくる。
自殺に追い込む殺し屋の頭には、自殺「させられた」人々の声が渦巻く。良心?
それぞれが関わりあって、どんな結果を作者は導くのか。
やはり、希望は捨てない、まとめかたは好き。
題名のグラスホッパーとは、バッタのことだが、トノサマバッタは集団になると肉食性が強くなり、気が荒く攻撃的になるのだそう。
人間も人口密度が高いと、そうなるか?
しかし、その人物を目の前にしていると影響されて自殺したくなる、なんて、いったい、どういう人じゃい?〔2010・2・7(日)〕


乾緑郎
「完全なる首長竜の日」
以前観た映画「リアル〜完全なる首長竜の日〜」の原作。
かな〜り、映画とは違っていたね。
まず、主役ふたりの設定が違うし、首長竜だって…。
読んだけど、いまや映画のほうのイメージが強く残っていて、オリジナルの小説がどんなふうだったか、くわしく記憶されていないという事態に!
(たんに記憶力が悪いのだと白状しなさい、というのは、だあれ? あなた?)〔2013・10・30(水)〕


犬飼六岐
「邪剣 鬼坊主不覚末法帖」

そのへんにあったから読んでみた、という。泣ける話もあり。〔2015・1・20(火)〕


井上篤夫
「追憶マリリン・モンロー」
マリリンが亡くなって35年経った1997年から、著者はマリリンゆかりの人々にインタビューを始める。
没後、相当の年数が経っていることで、インタビューを受けるほうとしても、客観的に、自分の思うままを話すことができたかもしれない。それぞれが語るマリリン(またはノーマ・ジーン)の思い出が、鮮明に目に浮かび、どんなエピソードも興味深かった。
とくに、16歳のときからファンとして、11歳年上のマリリンと親交を結んだジェームズ・ハスピール(ほんとに、うらやましい)、ヘアスタイリストという立場以上にマリリンを親身になって見守ったシドニー・ギラロフ(インタビューの2ヵ月後に亡くなった)の話が、私にとっては、まったくはじめて知る内容なので印象に残った。
マリリンはロバート・ケネディと付き合っていたと言われる。妻子あるロバートとの仲はスキャンダルでしかなく、破局するしかなかった。マリリンは口止めのために殺されたという噂がある。その陰謀にはマフィアも絡んでいたという。
インタビューに応じた13人が、マリリンの死をどう思っていたか、この本から読み取れるところを、簡単にメモしておく。
トーマス野口(マリリンの遺体を解剖した検死官)…公式な結論は「恐らく自殺」。殺人の陰謀があったかどうかは説としては面白いが、現実性がない。
スーザン・ストラスバーグ(マリリンが通ったアクターズ・スタジオは、スーザンの父リーの主宰。スーザンはマリリンと交流をもった)…マリリンは、いっぱいすることがあった。自殺するはずがない。真実は知らないが、何か正しくないことが行なわれたのではないか。
ジーン・カーメン(マリリンの近所に住んでいた友人。モデルなどをしていた。マリリンの死後、ロスを出ていけと脅迫電話を受けた)…マリリンの死はロバート・ケネディと関係している。マリリンは近々、2人の仲を公表すると言っていたから。
ジム・ドアティ(マリリンの最初の夫)…ノーマ・ジーンは自殺なんかしない。あれは事故、睡眠薬の飲みすぎ。自殺なら遺書くらい書くはず。
ビービー・ゴダード(彼女の継母グレースがノーマ・ジーンの法律上の保護者になり、彼女とノーマ・ジーンは14歳のときから1年4ヵ月を一緒に過ごした)…マリリンは生命力がとても強い女性。自殺なんてしない。薬の飲みすぎもありえない。ケネディ兄弟は大嫌い。
シドニー・ギラロフ(上記参照)…ケネディ兄弟とグリーンスン博士(マリリンが親しくしていた精神分析医)は共同謀議をしたと考えていい。ケネディ兄弟のとった行動は、マリリンの頭に銃弾を撃ち込んだと同じ。
ジェームズ・ハスピール(上記参照)…彼女は殺人者の犠牲になった。彼女を殺した男は、やがては兄を失い、5年後には自分も殺されることになった。(つまり、ロバート・ケネディのことを指している。)
彼女の死にはピーター・ローフォードも絡んでいる。
エヴェリン・モリアーティ(マリリンのスタンドイン〔代役〕。カメラテストで、本番での立ち位置の確認などもする)…あれだけ希望に燃えていて次の映画の話を熱心にしていた女性が、自殺なんてしない。でも、他殺という確たる証拠もない。ジョージ・バリス(マリリンが亡くなる1ヵ月前に、撮影とインタビューを行なった)…自伝を書いていて将来のことを熱心に語っていた人が、自殺などしない。ケネディ、マフィア、家政婦のマレイ夫人などが絡み合ってマリリンは殺された。
シェリー・ノース(20世紀フォックスがマリリンの再来として期待した女優)…マリリンの「殺害」は、政治的に大きな組織ぐるみで行なわれた犯罪ではないか。
キース・アンデス(「熱い夜の疼き」でマリリンと共演した男優)…殺されたのか自殺なのかは分からない。ハリウッドという狂気に殺されたのかもしれない。自殺か他殺かを詮索するのは意味がない。
ドン・マレー(「バス停留所」でマリリンと共演した。映画での役名は、ボー)…自殺をしたとは思わない。睡眠薬を何錠飲んだのか忘れたのだと思う。あれは事故だった。
ダグラス・カークランド(カメラマン。ルック誌のために1961年、マリリンの写真を撮る)…背後に何らかの陰謀があったのではないか。だが真相は謎。
殺人ではないかと思っている人が多い。マリリンに好意を抱いている人々の話を、どこまで信じるのかは、読むほうが受け取るべきことだが…とにかくケネディ兄弟や、その取り巻き連中のことは、絶対に好きになれない。〔2005・7・1(金)〕

「究極のマリリン・モンロー」(編・著)
井上さんの書かれた「マリリン・モンロー A-Z」は、ウェブ上にもあるが、さきほど確認したところ、一部だけ公開になっていて、あとは本を買ってください、というふうになっていた。しょうがないよね、販売戦略で。(笑)
あとがきに書いてあったのだが、この「A-Z」には元版があって、井上さんが項目を選択し、適宜加筆したものなのだそうだ。それで、編・著なんですね。
「A」の項目のしょっぱなから「レイモンド・J・アバーナシー(毒物検査官)」となっていて、いったい誰?という感じでマニアック。 この人は、マリリンの司法解剖に関わった方です。
「マリリンが集めた美術品」とか、「美容術」、「飲み物(マリリンが愛した飲み物)」、「マリリンの読書歴」などなど、興味をひかれる面白い項目が、たくさんある。
フランスの名作曲家「ジョルジュ・オーリック」という項目があったので、いったいマリリンと何の関係が?と思ったら、1958年にフランス映画界で最も権威がある「クリスタル・スター賞」で、マリリンが最優秀外国女優賞(対象は映画「王子と踊子」)を受賞したときのプレゼンターだった、という。
そんなことまで網羅しているとは驚いた!
ファンにとっては、読んでいて面白いのだが、この本には欠点がある。
「さくいん」がないのだ。
何かを調べたいと思っても、これが難しい。
「アーサー・ミラー」を探すなら「M」のところを見ていけばいいので簡単だけれど、「衣装デザイナー」という項目を探すとなると、これはFASHION DESIGNERSという英語タイトルになっているので、「F」のところを見ていかなければいけない。
衣装デザイナーを探すのに「F」、という考えは、なかなか浮かばないだろう。
そもそも、マリリンの映画の衣装担当者を調べるのに「衣装デザイナー」という項目名を思いつくことからして難しい。
だから、「さくいん」は欲しかった。もったいないです。
マリリンの百科事典的な「A-Z」の他に、略年譜や作品紹介や、篠田正浩、川本三郎、向井真理子、各氏のエッセイがある。
出版社が「ソフトバンク クリエイティブ」。出版にも進出してるんですね、ソフトバンクったら。〔2006・10・1(日)〕

「永遠のヒロイン ハリウッド大女優たちの愛と素顔」 (NHK取材班と共著)
ヴィヴィアン・リー、キャサリン・ヘプバーン、マレーネ・ディートリッヒ、イングリッド・バーグマン。4人のスターの知られざる人生。
以前NHKで放送された番組内容に加筆して、単行本化。
マリリン・モンローさんについての著書もある井上篤夫さんなのに、どうして、マリリンが取り上げられていないのか、ということは、脇においておこう。
マリリンは語られすぎて、新発見というのか、知られざる部分が、取り立てて、ないのかもしれない…。
ヴィヴィアン・リーは、ローレンス・オリビエの奥さんだったから、マリリンがイギリスでオリビエと共演したときに会っていて、それは映画「マリリン 7日間の恋」にも描かれていた。そういう(マリリン)方面からの興味もあるのだ。
キャサリン・ヘプバーンは、米国映画協会が選出した、アメリカで「最も偉大な女優50名」で第1位になった女優さんだ。
スペンサー・トレイシーとの恋は知っていたが、普段は、どういう人だったのかは、本書を読んではじめて分かった。
マレーネ・ディートリッヒは、ジョセフ・フォン・スタンバーグ監督とのコンビで売り出した。
彼女はドイツ出身だから、第2次大戦にまつわる事々の影響が、仕事の面でも大きかったのは想像もつく。彼女の「リリー・マルレーン」の歌は、耳にしたことがあるはず。
今回の4人のなかで私がいちばん好きなのは、イングリッド・バーグマンだ。
聖女とも言われた見かけと違って(?)感情的には激しいものを秘めていたようだ。表に出た出来事としては、ロベルト・ロッセリーニ監督の映画に感動して、イタリアの彼の元に走ったことがあったし。
「秋のソナタ」でのイングマル・ベルイマン監督との演技についての対立のことが書かれていて、安易に妥協しない、自己主張の強い人だったのかなと感じた。
彼女の映画は、できるだけ見てみたいと常々思っているのだが。〔2013・2・10(日)〕


井上荒野
「さようなら、猫」

猫好きなので借りて読んだ。井上さんを読むのは初めてで、どんな傾向の作家なのかも知らずに。いろんな人生の途中を切り取って? 姉に猫を持ってきた妹の話が記憶に残る。妹の気持ちを考える。〔2016・7・18(月)〕


今泉忠明 監修
「ネコの本音」
図書館で、ふと見かけて読む気になった本。
にゃんこの、いろんな生態を説明してくれる内容で、坂木浩子さんのイラストが可愛くて楽しい。
いくつか、にゃるほど、と思ったことをあげると…。
ネコがパソコンの上に乗ってくるのは、人間が自分以外の何かに夢中になるのが気にいらないからだそうだ。にゃるほど。
箱状のものに入りたがるのは、ネコにとって昔は、すっぽり入って眠れる木の洞が安心できる居場所だったから。にゃるほど。
ネコが尻尾を振る場合は、犬と違って、怒りのためである。尻尾を振り始めたら要注意。むむ、にゃるほど。
人間がネコに対して怒ったとき、ネコが反省すると、相手をこれ以上怒らせないようにと、目をそらす。無視しているのではないんだって。にゃるほど。
日本では、尻尾の長いネコは、猫又という妖怪になるといわれたために、尻尾の短いネコのほうが好まれて、増えていったとか。にゃるほど。
ネコの年齢は、1ヵ月で人間でいえば1歳、6ヵ月で10歳、1年で18歳、3年で30歳、しばらくは1年で7歳ずつ増えていき、4年で37歳、5年で44歳、6年で51歳、あとは7歳ずつよりも緩やかに加齢していくらしい。
うーむ、勉強になった。
あ、そうそう、私がいつも遊びに行くMさんのにゃんこブログに出演中のアメショー。彼らは、船のネズミ取りの仕事をしてたんだって。偉いねー。〔2006・8・3(木)〕


岩井志麻子
「ぼっけえ、きょうてえ」
1999年、日本ホラー大賞を受賞した表題作ほか、書き下ろし3編を含む一冊。「ぼっけえ、きょうてえ」とは岡山地方の方言で、とてもこわい、という意味だそう。漢字だと、ぼっけえ恐てえ、となる。
4作ともに、明治のころの岡山の、農村や漁村の田舎を舞台に、じっとりと重苦しくよどんだ空気感のなかに、貧困や性、人殺しなど、人間のあからさまな底辺の生を、どろりどろりと描く。
怪談といってもいい。こわいのは、人の心。〔2002・4・19(金)〕


ヴァージニア・ウルフ
「ダロウェイ夫人」
映画「めぐりあう時間たち」で重要なポイントになった小説なので読んでみた。映画ではヴァージニア・ウルフも描かれていたし。
最初は疲れた。独特な文章。
エリザベス・テイラー主演で「バージニア・ウルフなんか恐くない」という映画があった。観ていないので内容は知らない。
いま、ウルフを読んでみて、読んでもよく分からない、難しい、読みにくい、という印象が、「恐い」という意味なのか、と思った。
登場人物の考えることが、どんどんと湧き出てくる。そして、別の人物の考えることに、ふわりとバトンタッチされている。
それは、作者の思考そのものでもあるのだろう。
意識の流れ、という手法であるらしいが、まさしく「流れ」ている。
そのうち、もう、登場人物たちの思考に、力を抜いて乗っかって読んでいこう、と思った。「流れ」に流されていこうと。
正直言って、記憶に残っていることはあまりない。そのときそのときの「意識」が他愛のないことも含めて描かれているから。全体の印象、という感じでしか残っていないのだ。
悪く言えば、まとまりがない、良く言えば自由奔放か。
ウルフは精神を病んでいた。「ダロウェイ夫人」で描かれる、あちこちに縦横無尽に飛ぶ意識の様子は、平凡な頭ではとても生み出せないのではないか。
そういう意味では、まさに自分の精神の危機すれすれの不安定さが、作品に反映されているとは言えないだろうか。
ある若者は自殺する。彼はダロウェイ夫人の分身の役として登場している。いっぽうの夫人は、このときは生きつづける。
そしてウルフは後年、自殺する。
作家にとっての作品がよくそうであるように、そうしてみれば、まさしく「ダロウェイ夫人」は、ウルフの血肉のような分身なのかもしれない。〔2003・7・31(木)〕


ウォード・カルフーン、ベンジャミン・デウォルト(編)
「Marilyn Monroe A Photographic Celebration」
1ページごとに、1枚の写真と短い文章とで構成された本。
4月発刊。
タイトルが英語ばっかりで、日本語にする気がないのか?と疑ってしまうのであった。
写真を眺めながら、そこに書いてある文章を読む。
時々、手にとって、パラパラと見てみるのにいいかもしれない。
マリリンの言葉も多く載っている。ひとつ、今、目についたのは…
“Dogs never bite me. Just humans.”
訳は「犬に噛みつかれたことはないわ。人にだけよ」となっている。
なんとも、ウィットに富んだ言い方ではないか。皮肉であるのに。
彼女の頭の良さの表われ。
会見などでは、あらかじめ答えることを考えて用意していたこともあったようだけれども。
ただ、ビリー・ワイルダーのことを、ビル・ワイルダーと訳してあるのは、どんなものだろうか。
英語は Billy って書いてあるのにねえ。
172ページ、1400円(税別)、マガジンランド発行。〔2012・5・6(日)〕


エイミー・ベンダー
「私自身の見えない徴」
「ジェシカ・アルバの “しあわせの方程式”」の原作小説。
主人公の思考回路が独特で、読み進めても頭の中で空回りしがちになったが、とにかく強引に読んだ。ちょっと苦手。
この不思議な原作を思えば、映画のほうも、よく作ってあるのではないかと思った。
ただ、映画と原作で、大きな印象の違いがある。
最初に父親の語る童話が出てくる。
そこから私は「みんなが揃っていることも大切」という映画の感想をもったのだが、原作を読むと、そこから一歩すすんでいる気がするのだ。
原作のラストでは、父が語った童話を、主人公が再び語る。その結末を変えて。
これがすごく良くて、映画でもそのまま、やってくれてたらよかったのに、と感じた。
映画では、原作にあるドラマティックな決意というのか、意志の表示がはっきりしていなかったように思えたから。〔2012・8・24(金)〕


エドウィン・ホイト
「マリリン 嘆きのヴィーナス」
マリリンの半生記(モデルとして働き始める前のことは、ほとんど書かれていない)として、知識になる本だとは思う。
マリリンが亡くなった1962年の3年後に発刊されているから、類書のなかでは、かなり早いのではないか。
早い時期に読者にマリリンのことを知らせた、ということには価値があるとも言えるし、一般的な伝記ものにつきまとう「(著者が見たわけでもないのに)どこまでが本当なのか」を考えれば、間違った情報を与えている危険もあるかもしれない。
私自身としては、すでに知っている内容が多いので、そういうところは、ふんふん、そうだよね、で、この著者は、そんなふうに捉えているんだね、と見てしまう。
でも、彼女のことを知りたいのなら、もちろん、読んで損はしないでしょう。なんにしても、ここまで調べることは労力が要る。それを読者として読むだけで済むのだから。
訳は、片岡義男。〔2013・7・6(土)〕


エドガー・ウォーレス
「淑女怪盗ジェーンの冒険」

副題に「アルセーヌ・ルパンの後継者たち」とあるように、金持ちから盗む義賊的な怪盗のお話で、爽快でさえある。他にもう1編、喜劇的な物語も収録。誤字(漢字の誤変換?)多し。〔2017・10・19(木)〕


江戸川乱歩
「幽霊塔」

ジブリ美術館で「幽霊塔へようこそ展」があったようで、巻頭に宮崎駿のイラストが。乱歩の小説はすべて読んだことがあるはずなのに、読んでいて、一向に思い出さなかった。おかげで面白かった。〔2016・4・10(日)〕


F・W・クロフツ
「クロイドン発12時30分」
犯人側から、事件を語る形式、いわゆる「倒叙もの」の古典的名作。
いくら犯人が、うまいアイデアだと思っていても、捜査側から見ると、そうでもなかったりする。悪いことはできません。
クロフツの探偵役、フレンチ警部って、名前からして、フランスで活躍してる人だとばかり思ってたが、イギリス警視庁の人なんだ…。〔2002・1・18(金)〕


エミール・ゾラ
「テレーズ・ラカン」(ニコラス・ライト・翻案 吉田美枝・訳)
ゾラが自らの小説を戯曲化したものを、さらに舞台用にした台本。
映画としては、マルセル・カルネ監督、シモーヌ・シニョレ主演の「嘆きのテレーズ」が有名か。
夫殺しの「妻と愛人」の破滅。彼女の生きる場所はなかったのだろうか。
解説に書いてあったが、1993年に、藤真利子のテレーズ、佐藤オリエのラカン夫人で、読売演劇賞の作品賞、大賞などをとっているのだという。〔2003・1・20(月)〕


エラリー・クイーン
「シャム双子の謎」
これ、面白いじゃん!
ちっとも古臭くなかった。
エラリー・クイーンといえば、もはやミステリの古典。中学生か高校生の頃に読んでいるのだが、あまりに昔のうえ、まだ理解力も少なかったのか、ほとんど内容が印象に残っていないのだった。
北村薫さんの「ニッポン硬貨の謎」を読んでみたら、「シャム双子の謎」について書かれているところがあって、ほとんど忘却の彼方へ行ってしまっている、この小説に、がぜん興味がわいてきた。そして再読したというわけだ。
物語の出だし。クイーン父子は山火事に追われて自動車で逃げまどう。そしてついに、ある館に辿りつく。
この冒頭は、まるでホラー映画にあるかのような異常な状況で、いっぷう変わっていて、ひどく面白い。
霧深い山上のドラキュラの屋敷に迷い込むかのような趣もある。
父親のクイーン警視が、不気味な人影を見たりするし。
山火事のために、山頂の館に探偵以下数人が孤立。いつ館に火が到達するか分からない、という危機的状況。
結果的に、家自体が、ほとんど大きな密室と同じことになっている。
こういった特異な状況設定が、見事に決まっているのだ。
トランプのカードによるダイイング・メッセージからクイーンが導き出す推理は、はたして完全にそう言い切れるだろうか、と思うところもあるのだが、全体の構成の面白さからすれば、あまり気にはならない。
北村さんの「ニッポン硬貨の謎」には、「シャム双子の謎」のネタばれが書かれているので、できれば「シャム〜」を読んでから「ニッポン〜」を読むという順番にしたほうがいい。〔2005・9・3(土)〕

「Xの悲劇」
引退した舞台俳優ドルリー・レーンが活躍する、推理小説4部作の1作目。
エラリー・クイーンの創作した探偵で有名なのは、エラリー・クイーンとドルリー・レーン。
レーンの4部作は当初、バーナビー・ロスの名義で発表されていた。
エラリー・クイーンの名義による作品自体が2人の共作によるものであったので、ひとりがクイーンになり、ひとりがロスになって公衆の面前に現われたこともあったという。
第一の殺人では、言われてみると、あっそうか!と思うほど簡単なことに気づいていなかった。
それが盲点ということか。
意外な犯人像、意外な犠牲者…わかってみれば、なーるほど。
楽しい読書時間は過ごせる。〔2013・11・21(木)〕


エリザベス・フェラーズ
「細工は流々」
40年代に推理小説を書いていた作者だが、日本に紹介されたのは最近。人物設定が面白い。この作品、真実(謎解き)は驚くほどシンプルだ。〔2001・10・16(火)〕


太田省一
「アイドル進化論」
読む部分は、小泉さんだよ〜。
Tさんに教えてもらって、図書館で借りてきた。ありがとうございます〜。
「南沙織から初音ミク、AKB48まで」とあるように、アイドル史全体を解説している。
とんねるずについても結構書かれているのが意外な気がしたね。
でも、社会学者さんが書いただけあって(?)、なんだか全体に難しげなので、速読のごとく、すっとばして読んだ。
小泉今日子さんについては、「アイドルらしくないアイドル」と見出しがついている。
80年代アイドルのなかで、もっともイメージチェンジに成功したひとり、と紹介される。
聖子ちゃんカットだった彼女が、ばっさり髪を切って、快進撃が始まる…。
『小泉今日子が取り組んだのは、装わない「地」の姿をいかに「演じる」か、という難しい課題だったように思われる。そして、彼女が出した答えは、「自然体」でいるということだった。ファッションでもそうであるように、「アイドルしている」ことから極力わざとらしさを排除し、あるがままでいようとしたのである。』(111ページ)
『松田聖子にはじまり、小泉今日子によって先鋭化させられた「アイドルしているアイドル」…』(124ページ)
『小泉今日子は「なんてったってアイドル」で「アイドルはやめられない」と歌ったが、そこで前提となっていたのは「アイドルしている」という自らの自意識であり、そこに開き直ることによる小気味よさを娯楽化していたといえる。アイドルは作られたものにすぎないが、それを承知のうえでファンに対し、アイドルというゲームへと参加するよう呼びかける。「たかがアイドル、されどアイドル」というわけである。』(158ページ)
そうだなあと思うところもあれば、よく分からんところもある。
「アイドルしているアイドル」というのは「アイドルらしくないアイドル」と矛盾しそうに見えるが、「なんてったってアイドル」と自ら歌うことで、アイドルでいいじゃん!と押し出すあたりが、すでに、そこらへんのアイドルとは一線を画している、ということであろうか。
ここに記録しておいて、あとからも考えてみようかと思う。〔2013・2・28(金)〕


岡本綺堂
「影を踏まれた女」
岡本綺堂といえば「半七捕物帳」。宮部みゆきさんも大好きで、何度も読んでいるという。
私もHPで、綺堂さんの「玉藻の前」を好きな本に挙げているのであった。
端正というのか、すらりと、きれいで読みやすい文章。読んでいて、引っ掛からない。こういう文章が書けたらいいなと思うような作家ですね。
この「影を踏まれた女」は新装版の文庫で、【怪談コレクション】という副題がついている。
いまどき怪談というと、お化けが出てきて怖い〜、と思うけれども、綺堂の怪談は、そういうものではない。
なにかの怪異がある話、ちょっと不思議な話、なのだ。
怪談話を100個語り終えると本当に怪奇なことが出現する、という「百物語」のような趣きで、会に出席した人々が順番に怖い話を語っていく形をとり、15編を収めている。
利根の渡しで何かをじっと待っている盲人の話や、自分の影を踏まれるのを恐れて外出もできなくなった女の話。
行方不明になる女の子が、ふいに、友達のみんなの前に現れたりする不思議。
直截的な怖さでいったら「猿の眼」だろうか。木彫りの猿の仮面の怪。
夜、寝ていると、柱にかけてある面が…。これは、イメージ的にも怖いでしょ。
よく分からない、という「あいまいさ」で終わらせると余韻が残る。
お化けがオソロシヤ〜、じゃない、こういう怪談も、いいよね。〔2006・12・31(日)〕

「白髪鬼」
昨年末から続いて、綺堂怪談の2冊目。
近代異妖編として、13編が収められている。
「こま犬」は、荒れ果てた明神跡にある石の上に腰かけて死んでいる人が発見されるという事件が続く。石の下には…。
「水鬼」は、男を殺して自首をしに行く女と道連れになった男の気持ちを思うと、ぞっとする。落ちついている女の復讐心が悲しい。
怖いのは「木曾の旅人」。父親と男の子が住む山小屋。外で聞こえる旅人の唄に子どもが怖がる。旅人は山小屋で休憩をするが、子どもは男を怖がるばかり。父親にとっては、ふつうの旅人にしか見えない。
父親の仲間の猟師が犬を連れてやってくる。犬は唸り声をあげはじめる。泣く子ども、吠える犬。猟師は旅人に不審を抱き、父親に伝える。
旅人を疑い始めた父親に対して、当の旅人は、今夜泊めてくれないか、と言い出す…。
結末は合理的な解決になるが、寂しい山奥の小屋に、なにものかも分からない不気味な人物がやってきて…という設定が怖い、というかオーソドックスだけれども、うまい。
「白髪鬼」の、試験になると答案用紙の前に現われ、じっと紙の上を覗き込んでいる、髪の白い女、というのも不気味だが、そこに現実の女の強い想念の話が重なってくると、なお怖い。
綺堂の怪談は、即物的には怖くなく何ということもない話も多いが、物語的には、おもしろい。〔2007・1・8(月)〕


荻原順子
「Sweet Monroe」
3月に発刊された、マリリンの写真集というべきか何というか。
かわいい作りになっているので、女の子向けだろう。
写真とともにマリリンの言葉が紹介されていたり、彼女のファッションを取り上げたり、夫のディマジオやミラーとのことが書かれたり。
代表的な作品は、10本選んで解説している。
文章を担当している荻原順子さんというのは、たぶん映画ジャーナリストの方でしょう。
さっと読めるし、マリリンに興味をもって、知る、という入門編としては、いいのではないかなーと思う。
112ページ、税抜きで1400円。宝島社発行。〔2012・5・6(日)〕


奥田英朗
「最悪」
町工場の社長、やくざ予備軍のチンピラ、銀行の窓口嬢が、それぞれ、どんどんと、のっぴきならない事態にはまっていく。面白かった。機会があったら、ぜひ、どうぞ。〔2001・6・19(火)〕


小栗左多里
「ダーリンは外国人」
どんなもんかと借りてみた。
最近、映画になって予告編は見たことがあるし。
どのような漫画かなと、ふと興味をもって読んでみた。
こういうものでしたか。
ダーリンのトニーさんが、いろいろと面白いキャラクター。
隙あらば考え事をしているって…。
語学オタク、感受性強し、食器は洗い残す…。
文化の違いは当然、あるけれど。
日本人の英語について、本来の音はカタカナじゃ表せないのに、ムリヤリあてはめていて、その音にしばられてしまう、というのは納得。
これは、日本語にして書くときに、ほかに手がないから、一応カタカナで書いてある、と分かっていなきゃいけない。カタカナそのままで発音しちゃ、ネイティブには通じないことも多いよね。
結局、この人おもしろいなあっていうのでも、それが肯定的に思えていたら、夫婦OKなんでしょうね!〔2010・9・10(金)〕


恩田陸
「Q&A」
それでは、これからあなたに幾つかの質問をします。まず、この本を読まれた動機をお聞かせいただけますか?
「はい、恩田陸さんには以前から興味を持っていて、読んでみたいと思っていました。ネット上のお友達の紅玉さんがこの「Q&A」の本の記事を書いていたのですが、図書館に行ったときに偶然見つけて、借りて読んだのです」
読んでみて、感想はどうでしたか?
「ちょうど、いま聞かれているように、質問と答えなどの形、つまり、いくつかの対話形式で書かれているので、読みやすいと思いました。会話文というのは、わかりやすいですからね。すぐに話に引きこまれました。郊外型ショッピングセンターでの事故は恐ろしかったです。はっきりした原因がわからずに人々が逃げまどいパニックになり死者がでてしまう。ありえないことではないことに恐怖しました」
物語全体の展開については、どう思われます?
「事故をきっかけとして、その関係者たちのさまざまな人生を取り上げていて、現代の世相というか病巣というか、それが浮き彫りにされていく構造が面白いと思います。浮気や、子どもに対するセクハラ、精神の崩壊、生き残った子を教祖にする話、事故現場の現地ツアー、陰謀抹殺、果ては輪廻のようなものまであって、バラエティにとんでいます。ただ、テレビドラマ作家の話は、全体において、どういった意味があるのか、よくわかりませんでした」
あなたが最も印象に残ったところは?
「まず、混雑した場所でパニックが起きるのが、いかに簡単なことか。これは恐ろしいことです。事故関係者の話のほうでは、家に帰るのが怖いという消防隊員の話。精神を病むと、あんなことになってしまう可能性もあるんだ、と最後は怖くて悲しかったです。事故の被害者の影が揺れたり薄くなったり、というのも怖かったですね。そ
れと、なるほどと思ったのが、高い建物を作れば墜落や倒壊が起こり、船を作れば沈没があり、飛行機を作れば墜落がある。都市化や機械化によって新しい種類の事故や災害が生まれている。つまり、人間が、みずから、死ぬための方法を新しく生みだしていること。これは本当にそうだなと思いました。便利さと引き換えに危険も生んでいるわけですよね」
また恩田さんの本を読みたいと思われますか?
「ええ、この話は、とにかく怖かったですが面白くもありました。他にどんなものを書かれているのか、また、いずれ読んでみたいと思います。ところで、この聞き取り調査は極秘とおっしゃいましたが、どうしても私には、そうは思えません。なんだか、いましもネット上で誰かに知られているような気がするのですが…」〔2007・7・12(木)〕

「夜のピクニック」
なんか、いいねえ。ほのかに青春で。
1日じゅう歩く、という学校の行事のなかでの話で、中心になるのは異母きょうだいのふたり。
高校3年生の甲田貴子は、不倫によって生まれたのだが、運命のいたずらか、その異母きょうだいの西脇融(とおる)と同じクラスになってしまっている。
お互いにお互いを意識して、話もしない仲。ふたりの関係は、友人にも秘密だ。
このふたりが、どうなるのか。
微妙に揺れる心理を、さわやかに描いていて好感がもてた。
些細(ささい)な一歩、でも大きな前進。
高校生のとき…同じような境遇にはなりようがなかったけれど、友人たちとの関係、距離感、会話の様子が、懐かしいような気分にもさせられる。
高見光一郎という、ロック好きのお調子者キャラがいて、登場人物のみんなには好かれていたけど、「ヘイ、ベイべー」なんていうところは、私には、ちょっとウザかった。(笑)
朝から歩いて、夜中も歩く、なんていう舞台を考えついて、そのなかで話を進めたのは、アイデア賞もの。
あとから知ったけど、第2回本屋大賞、第26回吉川英治文学新人賞をとっている。納得。
多部未華子と石田卓也で、映画にもなっていて、ちょっと見てみたくなった。
多部ちゃんの普通っぽさだったら、ぴったりな気がする。〔2011・11・7(月)〕