バーニース・ベイカー・ミラクル モナ・ラエ・ミラクル
「マリリン・モンロー/わが妹、マリリン」
マリリンの異父姉バーニース・ミラクルと、その娘モナ・ラエ。
ふたりが、マリリンの思い出をつづった本を、彼女の死から32年後、1994年になってから出版した。
私はマリリン・ファンといいながら、映画は見ても、彼女に関する書籍は、これまで、それほど読んではいないと思う。
マリリンの経歴は、母ひとり子ひとりで、孤児院にも入り…といったふうに、女優として売り出すときに作りごとを交えて作成されていたから、きょうだいがいるということは、かなり長い間、私自身、考えてもいないことだった。
姉妹がお互いの存在を知らされたのは、バーニースが19歳、ノーマ・ジーン(マリリンの本名)が12歳のとき。
(バーニースには2歳上のロバート・カーミットという兄〔つまり、ノーマ・ジーンにとって異父兄である〕がいたが、彼は14歳で亡くなっている。)
お互いを知っても、バーニースは大陸の東側、ノーマ・ジーンは西側のロサンゼルスと大きく離れていて、すぐに会うことはなかったようだ。
はじめて会ったのは、1944年の秋、ノーマ・ジーンが姉一家のいるデトロイトにやってきたとき。彼女は夫のジムが商船隊の海上任務に出ている間に、ひとりで姉を訪問した。
バーニースは25歳、ノーマ・ジーンは18歳になっていた。ノーマ・ジーンの姪であるモナ・ラエは5歳。ノーマ・ジーンはモデルの仕事を始めていた。
はじめて会った喜びにあふれた姉妹の会話は興味ぶかく読める。
このときは、何日くらい滞在したのだろうか。
ノーマ・ジーンは、バーニースの夫がロサンゼルスで仕事を見つければ、姉妹一緒に暮らせるからと、しきりに誘ったようだが、ついに、そのようなことにはならなかった。
一緒に住んでいたら、ノーマ・ジーンの運命は変わったのだろうか…。
1946年夏、今度はバーニースがモナ・ラエを連れてロサンゼルスへ。
神経を病んでしまった母親のグラディスも病院を退院していて、一緒に過ごしている。ノーマ・ジーンはフォックスと契約をし、映画スターの道を歩き始めたところだった。
グラディスは娘ふたりと過ごしても、打ち解けなかった…。バーニースもノーマ・ジーンも、どんなにつらかったことか。
このときのバーニースたちの滞在は、予定していた3か月よりも少し短かったようだ。
1961年7月、バーニースは2週間の休暇中、大スターになったマリリンのニューヨークのアパートメントを訪問する。
マリリンは胆嚢手術後で療養の最中だ。
手紙のやりとりは多かったらしいが、姉妹が会ったのは、以上の3回ほどしか書かれていない。
もし、たったそれだけしか会っていないのだとしたら、なんだか、かわいそうな気がするが、でも、姉や姪がいるという喜びを、ノーマ・ジーンが味わっていたという点については、ああ、よかったね! と思う。
姉しか知りえない(姉にしか見せない)妹の様子や感情の記録を読むと、素顔のノーマ・ジーンを知るようで、とても感慨深い。
赤の他人が書いたマリリンの本よりも、「姉」が書いたもののほうが、もちろん、心がこもっていて真実っぽいといえる。〔2014・8・21(木)〕


萩尾瞳ほか
「プロが選んだはじめてのミュージカル 萩尾瞳ベストセレクション50」
私も大好きなミュージカル映画。
この本は、数あるミュージカル映画から、50本を選んで解説、他にコラムもあり。
マリリンについても、少し書かれているので、紹介する。
…時代を超えて語り継がれるセクシー・スター、マリリン・モンローもミュージカルで活躍している。彼女の初主演ミュージカルは『紳士は金髪がお好き』(53)。正確に言えば、ジェーン・ラッセルと二人主役だけれど。パリのクラブで「ダイアモンドは女の子の親友」を歌うモンローがとてもキュート。この曲、『ムーラン・ルージュ』(01)で二コール・キッドマンがカバーしている。(文・萩尾瞳)
もうひとつ、コラムで、
…ゴースト・シンガーは、一曲丸ごと吹き替えるのが通常だが、たまに部分的のみという場合もある。(マーニ・)ニクスンが『紳士は金髪がお好き』(53年)でマリリン・モンローが歌う、「ダイヤは女の最良の友」の高音部分を担当したのは今や有名な話。…(文・中島薫)
これって、マジなんですかね。としても、ラストあたり、ほんのちょっとですよね。
マイブーム中の「マンマ・ミーア!」は、この本が書かれた時点では公開前だったので、50本の中には入っていない。惜しい!〔2009・4・27(月)〕


秦建日子
「推理小説」

知らずに借りてみたら、ドラマ「アンフェア」の原作なんだそう。もっとも、似ていないドラマになったらしい(私は見ていない)。ちょっとばかり、ちゃちい気がしないでもない。〔2015・8・17(月)〕


畠中 恵
「しゃばけ」

少しばかり、子ども向けかも。
読みやすいといえば、そうだが、幼稚に感じられるところもあった。
妖怪の類が見える、体が弱い、大店の息子・一太郎。
そばについている、ふたりの番頭は、じつは妖怪。
人殺しが続き、それが自分と関係していると分かった一太郎は…。
気楽に読むには、いいかな。
日本ファンタジーノベル大賞で優秀賞をとっている。〔2013・4・12(金)〕


パトリシア・コーンウェル
「黒蝿(上)(下)」
あとがきにあったが、約3年ぶりの「検死官シリーズ」続編。
道理で、前作までの話がうっすらとしか記憶にない…。
女性検死官ケイ・スカーペッタを主人公にしたシリーズは、発表当時、かなり人気を呼んだという記憶がある。
今回で、すでに第12弾というロングシリーズ。
登場人物たちのそれぞれの行動を、短い章で区切ってパッパッと切り替え、場面転換する。少し切り替えすぎという気もする。もうちょっと落ちついて読みたいと思わせてしまう。
最近はケイの心情が暗くて可哀想で見ていられないくらいだったが、とにかく、ずっと読んできているから、やめるわけにはいかない、という格好だ。
今回は、びっくりする新展開になる。…いろいろと。
娯楽作として面白い、とは決していえないと思う。
サイコキラーはびこる現代の異常さ、怖さが、事件や登場人物の心理を通じて、乾いた感覚で伝わる。
ケイ、姪のルーシー、刑事のマリーノといった、おなじみのメンバーが活躍するのを久しぶりに読むのは、なにか懐かしい気分だった。〔2004・5・14(金)〕

「痕跡(上)(下)」
主人公ケイ・スカーペッタが、かつて検屍局長として働いていたリッチモンドの地にやってきた。いまの検屍局長から、ある事件について手助けを頼まれたからだ。
一方、ケイの姪のルーシーも、プライベートにかかわる事件に巻き込まれていた。
これで13作目になるシリーズ。前作で「ひと区切り」したのかな、という印象で、ケイの気分もかなり落ち着いているせいか、こちらも落ちついて読めた。
今回ケイは、マリーノといっしょに行動するのだが、このコンビは面白い。というか、マリーノが相変わらずの「見かけは横柄、じつは小心」という、悩める性格を発揮しているので、応援したくなるのだ。
あるトラブルに遭って、ケイの前でオロオロするマリーノの心情を描く場面が印象的。
ルーシーについても、またまた例のクセ(?)が出て、自ら危機を招いていて、自分のなかで葛藤している。こちらも応援してあげたくなってしまう。
ずば抜けた能力を持っているエリートでも、それなりに、いろんな悩み事があったりするもんだね。
ルーシーのほうは、おとり捜査(というのか)の場面が面白かった。
あとがきにも書かれているが、一見、普通に暮らしているような人間が、何かの恐怖症だったり、異常性癖をもっていたりと、心を病んでいる描写が多い。これが現代なのか。
同じく、あとがきに、4作目の「真犯人」が映画化か、という話がある。監督にジョエル・シュマッカー(もうすぐ彼の監督作「オペラ座の怪人」が公開だ)、そして、ケイ・スカーペッタにはジョディ・フォスターの名前があがっているのだという。ジョディ…知的なイメージは合っていると思うが、どうなんだろう。
とにかく、キャストはどうあれ、映画化されたら嬉しい。〔2005・1・21(金)〕

「神の手(上)(下)」
コーンウェルの検屍官シリーズは、日本では毎年、年末に発売されるのが恒例のようになっている。
おかげで私も1年の読書始めは、ケイ・スカーペッタやピート・マリーノやルーシーと過ごすことが多い。
本作で14作目。長いシリーズになっている。
原題が“PREDATOR”。プレデターである。映画でありましたね、プレデター。
単語の意味は「捕食者」。ここでは、弱い犠牲者を取って食うような、猟奇犯罪者を示している。
加えて、「脳の異常に攻撃性の原因を求めようとする研究」というプロジェクトの頭文字をとった名称でもあり、ダブルミーニングになる。
邦題の「神の手」は、殺人者の名前にちなんだもの。
マリーノに電話がかかってくる。
…ある事件の現場から、いくつかのものがなくなっている。調べてみろ。スカーペッタにきいたほうがいいぞ。神の手は倒錯者をみなひねりつぶすから。スカーペッタの生意気なレズの姪も含めてな。
マリーノ、スカーペッタ、ルーシー、みんなのことを知っている人間からの不気味な電話が発端となり、興味をひく。
関連がなさそうに見える、いくつかの事件が、しだいにつながっていく。
登場人物がおなじみのメンバーなので、とにかく、どんどん読めてしまう。
犯人の意外性もある。予想した犯人と違った、ということではなく、犯人のキャラクターの点で、である。
おお、こういうふうに持ってきたか、と。
異常者に監禁される女性の描写がある。彼女の苦しみが実に生々しく、読んでいる方まで胸が苦しく、悲しくなる。
被害者の悲しみを、ここまで書かなければ、犯罪者の心理は描けないのだろうか。
スカーペッタ周辺の人間関係は、今回もバラエティ豊かに(?)波瀾含み。
お互いの関係が、しっくりいかなくて悩んだりする。
病める現代社会に住む人間の、どこか空虚で悲しい心が、どうしようもなく染み出しているように思えてしまう。
極力、人間の温かさを排除しているかのような。温かさを得ようとしても得られないような。
…それでも、読んでしまうんだねえ。
犯罪や捜査の面では、もちろんだが、人間関係でも「今」を鋭く描いた小説といえるのだろう。〔2006・1・14(土)〕

「スズメバチの巣」
パトリシア・コーンウェルの警察小説。
検視官シリーズで売り出したコーンウェルだけど、最近はそれほど人気でもないのだろうか。
そういう私も、何年もたってから、この本を借りて読んだわけだが…。
アメリカのシャーロット市。警察署長ジュディ・ハマーが女性で、署長補佐ヴァージニア・ウエストも女性。
新聞社に勤めるハンサムな若者アンディ・ブラジルが、ボランティア警官としてウエストとペアを組んでパトロールに出る。
ボランティア警官というのは、はじめて聞いた。そういう市民の要望をかなえてあげないと、警察としても吊るし上げを食うので、一応おつきあいしないといけないわけだ。
しかも署長補佐がおつきあいだから、大サービス。
独身中年の彼女とボランティアの彼、なんとなく、いい雰囲気に。でも、ケンカも多い。そのあたりの男女の機微はおもしろい。
その一方で、署長の家庭の悩み(夫との関係)も描かれている。
殺人事件にからんで、社会の病巣の一部が書かれているのはもちろんだが、わりとユーモアが入って、軽めなのが特徴か。
ユーモアといっても、ワハハと笑うほどではないのは、コーンウェルらしいといえるのだろうか。
署長と補佐のふたりだけでバスジャックを解決してしまうあたりが、もっとも痛快で、まるで映画のような筋書きだったりする。
メインの事件の解決は、偶然すぎるような気もするが、案外そんなものかもしれず、かえってリアルかも?
事件よりも人間関係のほうに力が入っている。
つまんなくはないけど、けっこう長い。
中年女性ふたりに対して思いをよせる若者…。年齢なんて関係ないって! ね。〔2010・8・5(木)〕

「異邦人(上)(下)」
人間関係が暗いほうへ暗いほうへ、ドツボです。
7年3か月の間を置いて続編を読んだので、前作にも出てきたらしい人物のことの記憶がない!(苦笑)(もちろん、主役陣以外の話だが。)
ケイは新天地で仕事を始めている。恋人のベントンとの仲は微妙…。
ケイのことを好きなマリーノは、すねちゃったうえに変な女に捕まって、いいように遊ばれて、壊れ気味。
姪のルーシー、秘書のローズにも個人的な問題があり…。
みんな、自分の人生において、何か、ひっかかってるんですよ。
はじめに「記憶がない」と書いた人物、マリリン・セルフというのだが、彼女が根性悪でねえ…。
私が大好きなマリリン・モンローさんと同じ名前なんだから、いい人であってほしいのだ!
人間関係はしっかり書いているから、比べてしまうせいか、事件のほうは、最後の最後が、あっけない。
どういう人間から、どんな人間関係から、どんな環境から、犯罪者が生まれるのか。それは一応考えられて描かれていると思う。
ケイの周辺まで、暗い人間関係に追い込んでいく作者の意図は何だろうか。そんな興味で、続編を読んでしまうのだろうなあ…。〔2013・4・29(月)〕

「スカーペッタ(上)(下)」
「検屍官」シリーズ第16弾。マリリンの話が出てきた!
登場人物のひとりが、マリリンは殺された、とするウェブ記事を書く。
そして、ラストで主人公のケイ・スカーペッタは「殺されたっていうのはほんとだと思う?」と聞かれて、「おそらく」と答えているのだ!
マリリンの話は本筋ではないが、おお〜!と思いましたね。
ケイは検屍官であり、マリリンの死に関連する情報には、すべて目を通していることになっている。
作者のコーンウェルさんも同じ考えといっていいのだろう。
今回はおもしろく読めた。
対人関係、気持ちの伝え方がまどろっこしいというか、、よくわからないところもあるが。
ウェブやメールのインターネット関連のことは、大きな要素になっていて、今の時代には必須なんだなあと思う。
ケイ、姪のルーシー、心理分析官ベントン、刑事マリーノ、検事バーガー…お互いの気持ちがぎくしゃくしている彼らが、ある事件によってチームを組むことになり…。
やってみれば、だいじょうぶなんじゃない。とにかく、少し時が経てば、相手にぶつかってみれば、だいじょうぶ。心の底に相手を思う気持ちがあれば。
やっぱり、みんなの協力で捜査していく状況を読むのは、うれしいな。〔2015・3・6(金)〕

「スカーペッタ 核心(上)(下)」
検屍官シリーズ第17弾。ここまで来たからには読破するべえ、と思っているが、いま、21作目まで発売されているから、まだ先はある。
スカーペッタはテレビに出演するほどに有名な存在になっている。そうすると、彼女が今どこにいるのか、世間に知られる度合いも大きい。彼女は住居に届いた不審な小包をうっかり受け取ってしまう…。犯罪もの(?)としては私がよく読むジェフリー・ディーヴァーと比べてしまうと、登場人物が何を考えているのかが、もやもやと、わかりにくいところがある気がする。〔2015・5・7(木)〕

「変死体(上)(下)」
検屍官シリーズ第18弾。一人称の記述に戻った。あいかわらず重い。現代的に病んでいる。ハイテク。〔2015・6・7(日)〕

「血霧(上)(下)」
今回は面白かったと思う。会話が多いと読みやすいし。終盤で犯人が見つかって解決するまでが、あっという間な印象はある。スカーペッタのシリーズ第19作。ツイートもしたが、下巻のカバー裏のあらすじに、重要人物の生死について、はっきり書いてある。しかも2人。私は先に見なかったからいいようなものの、先に目にしていたら怒り狂っただろう。何を考えているのか、講談社。まったく信じられない。〔2015・10・27(火)〕

「死層(上)(下)」
シリーズ第20弾。川の中からの遺体収容。そんなことまでケイが自分でしなければならないのか〜と。ツイッターで知り合って罠にハメられた、という話が出てくるので、気をつけましょう。(誰に言っているのか。)
犯人逮捕のきっかけのパターンが、今回もあんなふう、なのは、どうかと思うが、まあ、いいや。あんまりワクワクしない連続ものになっちゃったか。
2013年12月発売で、文庫上下巻がそれぞれ税別1210円って、ありえなくないですか? 私は図書館で借りたけど。〔2015・12・12(土)〕

「捜査官ガラーノ」
ニューヨーク・タイムズ・マガジン、週刊現代に連載されていた小説だという。美男でハーフでIQの高い主人公の刑事(男性読者に人気が出るわけがない)、上司の美人検事、仲間の年上女性刑事、おばあちゃんは占い予言師! ん、事件はどうやって展開し、どうやって解決したんだっけ、もう覚えていないぞ…。〔2017・9・18(月)〕


パトリシア・ハイスミス
「リプリー」
アラン・ドロンが主演した有名な映画「太陽がいっぱい」の原作。映画にならって本も「太陽がいっぱい」のタイトルだったが、最近「リプリー」が公開されて、改題した。
映画は、かなり昔に観たので、詳しく覚えていないが、やはり、原作と映画は、かなり違う。
映画ではアラン・ドロンとマリー・ラフォレは、わりあい好きな感情があったような気がする(定かではないが)が、原作では、男は全然、女を好きではない。
「太陽がいっぱい」を観なおし、「リプリー」を観てみたい。
納得できないこともある。警官が、富豪に成りすました主人公トムと、トム本人に戻った状態のトム(ややこしい)の、両方に会っているのに、同一人物と分からないのだ。少なくとも、顔が似てるわけだから、なんか変だなと気づかないものか。
もうひとつ。富豪の指輪を奪って持っているのを気づかれて、もらったのをすっかり忘れていたのだ、とごまかすのだが、その後、富豪の遺言状をでっちあげ、またしても、もらったのをすっかり忘れていたのだが…とやる。
同じようなことをしたら、ふつう、疑われないか?
原作は「オツムがよろしいリプリー氏」というような題だが、本文中に、太陽がいっぱい、の言葉が出てくる。トムの夢想シーンだ。映画はここからタイトルを取ったのだろうか。
…彼は天井を見つめながら、ギリシアへ航海することを思った。ベニスからアドリア海を南へくだって、イオニア海をすぎ、クリート島へ行くのだ。それがこの夏の彼の予定だった。六月(ジューン)だ。六月(ジューン)。この言葉になんという甘さとやさしさがあることか! 明るくて、ものうげで、太陽がいっぱいだ!
(青田勝・訳)〔2002・12・18(水)〕


パメラ・グレイ
「ミュージック・オブ・ハート シナリオ対訳」(藤田真利子、平林祥・訳)
たまには英語を読んでみるべい、とばかり、借りてきた本。
映画は以前観ていて、とてもツボにはまったというか、よかった作品。
音楽系で、みんなで頑張って何かを成し遂げる話というものが、そもそも好きなのだね。
この映画は、小学校のヴァイオリンクラスで教える女性の話で、実話。
教育委員会かなにかから予算を削られて、クラスがなくなる危機に直面するが、生徒たちと一緒にコンサートを開いて、存続のための資金を集めようとする。
最後は、アイザック・スターンやら、イツァーク・パールマンやらの有名音楽家の本物が登場するのも目玉だ。
読んでいて思ったのは、会話のほとんどが、簡単な単語から成り立っていること。知らない単語なんて少ない。小学校のシーンが多いこともあるだろうが、ほんとに簡単な単語ばかりなのだ。
こういう単語たちが、いかに組み合わさっているのか、どう使われているかを覚えればいいのだ。
でも、それが、難しいんだよねー。
やはり英語を日常的に使う環境に自分がいなければ、上達しないだろうなあ…。〔2003・2・13(木)〕


東野圭吾
「秘密」
「秘密」読了。こういうラストを持ってくるとは。
2人お互いの気持ちが分かって、せつないったら、ありゃしない。
タイトルの意味は、ひとつだけじゃないのだ。〔2001・9・13(木)〕

「白夜行」
面白かった!
パズルのように、ぴたっぴたっと決まるんだよね。
たとえば、彼女が何かをしている裏で、彼が何をしているのか、という、見事な連係プレイの仕組み。なるほどねえ、と思う場面が多かった。
語り口が、とてもうまい。
文庫本ですごく厚いのだが、読み始めると、どんどん読みたくなる。
視点がさまざまな登場人物に変わりながら話が進んでいくのが、読み手にとっては新鮮な切り口から読めるので、飽きない。
探偵が出てきて、真相に近づいていくあたりから、読んでいても、さらにワクワクしてくる。
主人公の彼らは、悪いことをしているのは間違いないのだが、最後に近くなって、その根っこにある事件を知ると、同情の気持ちが湧いてきてしまう。
そして、ラストシーンの、なんと見事なことか!
鮮やか。まるで映画の一場面である。
真相は、刑事の視点で語られるが、(ここはネタばれなので伏せる)ので、読み終わっても、なお余韻を残す。
果たして、あのあと○○は、どうなるのだろうか…。
1月に始まったテレビドラマでは、ラストシーンから始まったという。
犯人が誰だ、ということが問題ではないので、テレビドラマでは、そういう脚本のほうがドラマティックだと思う。でも、そのドラマのシーンを先に知っていたら、本を読んだときに少し、つまらなかっただろう。
主演の、山田孝之と綾瀬はるか、という配役は合っていたのだろうか。ドラマを見たことがないので、それは分からない。
ドラマの最終回の日に読了したというのも、面白い偶然だった。
ドラマ化のおかげで、爆発的に文庫本が売れているらしいが、こんなに面白い小説、読んでよかったよ。
ブログ友達の紅玉さん、小夏さんの記事のおかげで興味を持ったのでした。ありがとうございました!
しかしまあ、美女・雪穂のファム・ファタール(悪女)ぶりには、時々ぞくぞくさせられた。いい女でないと、いわゆるファム・ファタールにはなれないんだよね。いい女でなければ、ただの悪い女。
これは単にファンだからだけど、小泉今日子さんに演じてほしいかも。あ、年が行きすぎてるか…。(わ、すんません!)
女のために、悪事もいとわず、決して表に出ずに生きていく男。
自分の目的達成のためならば、他人をおとしいれようとする女。
ハードボイルドです。解説にあるように、19年にもわたる、人間の精神の暗い深い部分の軌跡を描いた犯罪もの、傑作ノワールです。
犯罪を重ねながらも、男のほうは、かすかに「情」のある行動をすることもあるところも味わいがある。
よく言われているように、主人公2人の心のうちをほとんど語らずに進む手法もうまい。読者としては、2人の思いは想像するしかない。
彼らの心象風景を下手に語れば、物語の底が浅くなる可能性もあるだろう。ダークな心は、ペラペラと語られないからこそ、重みをもって迫るのだ。
そういえば、亮司にゲーム店をまかされた彼、その後、どうしていたのかな…。〔2006・3・23(木)〕

「幻夜」
これは「白夜行」の変奏曲だ。
同じ著者による「白夜行」は、先日読んで記事を書いた。そのとき、ブログ(&みずがめ座)友だちの小夏さんに、これを読んだらいかが?と、そそのかされて(?)読んでみたのが、この「幻夜」。たいへん素直な私なのだった。
図書館で予約したら、すぐに来た。
悪の道におちた1組の男女の人生を追っている基本形が「白夜行」と同じ。
タイトルだって、どちらも「夜」が付いている。
神戸の大震災の混乱をきっかけにして、話は始まる。この大事件を起点にするとは、うまいですねえ。それなら…こんなことも、あんなことも、あり!と思えちゃうから。
「白夜行」に比べると、女性のほうの「悪い度」が高い! 「白夜行」の彼女は、まだ可愛げがあったし、同情されるべき点もあった。だが、こちらの彼女は、かなりの悪女。
「白夜行」とは、男と女の間の関係が違う。
私が好みなのは、食堂の娘。あんなコに慕われたら幸せだ〜。
最初に本を手にとって、パラパラと見たとき、女が男に無理やり肉を食わせているような場面が目に入って、なぜか一瞬、人肉でも食わせてる描写か、と思ってしまった。だって、吐き気と戦いながら肉を食ってるんだよ?
まあ、その思い込みは間違いだったので、よかったのであるが。
作家って、うらやましいなあと思うのは、自分で好きなように結末をつけられること。
それは当たり前で、結末だけじゃなくて、途中もそうなのだけれど、えっ!こんな終わり方なの!?と感じてしまうような小説だと、書いた作者も楽しいだろうなあ、と思うわけだ。
ただ、「白夜行」を読んだあとでは新鮮さは欠ける。似たような話だから。
でも、他にない面白さがある。どんなふうに「白夜行」と違うのかを楽しむことができるから。
じゅうぶん、楽しみました。 〔2006・4・20(木)〕

「容疑者Xの献身」
びっくりした。
明かされた真実に。
推理小説の類を読んで、これくらい「えっ!」と思ったのは記憶にないと思う。
人の想いの強さ。
だから、決着のつけ方は、もっと冒険してもよかった気もする。法として正しいことだけが「正しい」のだろうか。
テレビで、映画版を放送していたのを、はじめのほうだけ、ちらっと見たことがある。
堤真一が演じていた役は、もっと容姿がよくない役者のほうが正解じゃないかなあ。〔2013・11・11(月)〕

「夢幻花」
会話文が多く、スイスイ読めて面白い。それが売れる秘訣のひとつでもあると思う。マリリン関連のことを書き留めておく。50年くらい前に亡くなったという有名な女優のことを調べる、若いカップル。マリリンに行き着き、映画は見ていないが、スカートがまくれあがる姿は思い浮かべる…。マリリンをほとんど知らない人は、そんなもんか。男は、彼女が亡くなったことが報道された新聞記事の小ささを見て、「一部の映画好きには有名でも、日本ではそれほど名前が知られてなかったってことだ」と言う。東野さん、それ、間違ってます! 名前、知られていましたよ! 一般紙というものは、今だって海外スターの訃報は、だいたい小さな記事の扱いでしょ?〔2017・8・17(木)〕


ビル・コンドン
「シカゴ」
角川文庫のシナリオ本。前半は、監督や脚本家のコメントや、物語のモデルになった実際の殺人事件についての話などが、映画のシーンの写真と一緒に載っている。
実際の事件の犯人2人の写真まであったのには、びっくり。
後半は、ビル・コンドンの脚本。
映画では、ハンガリー女性のハンガリー語のセリフには字幕が付かなかったが、脚本には、ちゃんとセリフが付いている。
アメリカ公開版にも英語字幕が付かなくて、観客は意味が分からないようになっていたのか? だから、翻訳の戸田奈津子氏も同じようにしたのか?
それともハンガリー語が分からずに訳さなかったという可能性もあるのか?〔2003・5・16(金)〕


藤木稟
「陀吉尼(だきに)の紡ぐ糸」
京極系の話(妖怪っぽい怪奇話)を期待して借りた。
いまひとつだったかなあ。〔2002・11・18(月)〕


藤本ひとみ
「マリリン・モンローという女」
この物語で最も特徴的なのは、ノーマ・ジーンの心の中に人格をいくつか作ったこと。
表紙カバーを見ると、ジョイス・キャロル・オーツの書いた「ブロンド」を思い出す。
この写真は、よく使われますね。マリリンの、ゴージャスなスターとしての雰囲気があるからだろう。
ノーマ・ジーンという名前はマリリンの本名で、彼女がマリリンとして活躍しはじめても、文中では終始ノーマ・ジーンのまま。
作者はノーマ・ジーンという女性を基本に書いている。
母親と一緒に暮らせなくなったり、さまざまな抑圧を子ども時代に受けてきたノーマ・ジーンは、やがて、自分のしたいように振る舞おうとする別人格を生み出す。
ノーマ・ジーンは、それにグリーディ(欲望)と名づける。
さらにマリリン・モンローという女優になると、マリリンの人格まで生まれる。
仕事を取るために、プロデューサーなどの実力者に、自分の体を提供しなければならないとなれば、そのための人格も必要になったのだろう。
ノーマ・ジーンを多重人格にしているのは、単純だが、おもしろいアプローチ方法だと思う。
実際の彼女も、多少は、そんなふうだった可能性は、なきにしもあらず、精神分析の方面から見れば、かなり複雑な人だったかもしれないから。
女優というのは演技をするもの。とくにマリリンは世の男たちの、あこがれの女神として虚像を演じていった。
彼女の場合は、普通の女優の場合よりも、虚像と実像のギャップが大きすぎた。しかも、もともと強い精神状態ではなかった可能性もある。そこに悲劇があった。
彼女の伝記としては、いい入門編だと思う。おすすめします。
彼女について、嘘か本当かは別として、さまざまに言われ、書かれてきたことを、きちんと調べて、わかりやすく、読みやすく、かなり、いろいろと書いている。
彼女の周囲の男たちが、ほとんど、いいようには書かれていないのが、かえって痛快でもある。
最初の夫ジム・ドハティや、ジョー・ディマジオは、結婚したら妻は家にいろ、みたいな古い融通のきかないタイプだし、ミルトン・グリーン、アーサー・ミラーなどは結局、彼女から搾取したり彼女を利用するかのような人間にも読める。
ただし、ディマジオは離婚後、ふたたび結婚の約束をするあたりでは、いい人になっている。
唯一、クラーク・ゲイブルは最高に、かっこいい!
去年、文芸誌の「野生時代」で連載していたなんて、ちっとも知らなかった…。
この小説のなかで、ノーマ・ジーンが「ノージ」と呼ばれているんだけど、実際そうだったのかな?〔2009・7・23(木)〕


双葉十三郎
「日本映画 ぼくの300本」
双葉十三郎さんは映画評論家であり、翻訳家。1910年生まれなので、もう96歳になられるのですね。お元気なのでしょうか。
映画雑誌「スクリーン」で40年以上連載した映画評「ぼくの採点表」で有名な、映画評論界の重鎮です。
「ぼくの採点表」では、星をつけて採点しているのも特徴ですね。
いつかは読んでみたいけど、図書館で見当たらないとなると、買うしかない…?
その代わりといっては何ですが、図書館で見つけたのが、これ。
「外国映画ぼくの500本」の姉妹編ということで出た日本編。
双葉さんが話した内容を文章に起こした形のようですが、よくまあ、観た映画のストーリーを覚えてるなあと。300本も!
双葉さんに選ばれるような日本映画には、どんなものがあるのかなあという興味で読んでいました。
手元に置いてあったら、いいガイドになるでしょう。〔2006・12・18(月)〕

「ミュージカル映画 ぼくの500本」
500本って、すごい量。
知らない映画もたくさん、ミュージカル映画かなあ?と思う映画も入っていた。
80点以上をつけているもので、私自身があとで見てみたいと思った作品をメモしておく。(見たことある作品も含めて。)
「赤い靴」(80点) 「アニーよ銃をとれ」(85点) 「イースター・パレード」(80点) 「ウエスト・サイド物語」(85点) 「有頂天時代」(80点) 「会議は踊る」(85点) 「ガソリン・ボーイ三人組」(80点) 「喝采(1929年)」(80点) 「ザッツ・エンタテインメント」(90点) 「シェルブールの雨傘」(85点) 「自由を我等に」(85点) 「ショウボート(1936年)」(80点) 「スイート・チャリティ」(80点) 「スタア誕生」(80点) 「素晴らしき戦争」(85点) 「天井桟敷の人々」(90点) 「トップ・ハット」(80点) 「巴里祭」(85点) 「巴里のアメリカ人」(85点) 「巴里の屋根の下」(85点) 「バンド・ワゴン」(85点) 「ブロードウェイ・メロディ」(80点) 「マイ・フェア・レディ」(80点) 「屋根の上のバイオリン弾き」(80点) 「ロシュフォールの恋人たち」(85点)。
「巨星ジーグフエルド」は75点だけど、見たい映画。
「サウンド・オブ・ミュージック」の75点、「南太平洋」の65点、「メリー・ポピンズ」の75点、「五つの銅貨」の65点は、私より低い評価ですね。
マリリン・モンローさんの映画では、「ショウほど素敵な商売はない」が80点。ただし、マリリンについては書いていない!
「紳士は金髪がお好き」の75点は、『マリリンとジェーンの魅力が対照的なのもよろしい。』と書いてあって、好きな歌のコーナーでは「リトルロックから来た小さな女の子」と「バイバイ・ベイビー」を挙げている。〔2013・4・5(金)〕


ブリジット・オベール
「闇が噛む」
残り3分の1過ぎから、ぶっとんだ展開に!(笑)
図書館で、ブリジット・オベールという名前の著者を見つけて、なんか聞いたことあるなあと、借りてみた。
カバー裏の解説に「超絶ホラー」とも書いてあったので、ちょっと期待。
で、いま気づいたが、聞いたことあるのも道理、1950年代に活躍した女優さんの名前だよ、ブリジット・オーベールっていう! こちらの本を書いた方は、つづりは違うかもしれないけど同じ名前だ。
どこかで起きた事件の生き残り6人が、再び似たようなことに巻き込まれていく。
読んだあとに「あとがき」を見たら、「ジャクソンヴィルの闇」という小説の続編だったのだが、前作を読んでいなくても問題はなかった。
結局、ゾンビの話なんだけど、訳者が「あとがき」で書いているように、「グロテスクなユーモア」の味が効いている。
ついには…唖然とするような、なんじゃこりゃー!?的なクライマックスへ。
ギャグ? 著者が好きなように自分で楽しんで書きまくったような、トンデモな壮大な光景に!?
登場するのは、子どもとおばあちゃんを含むメインの6人に、オカマ、差別主義者、ゾンビの人間・馬、そして…。
ゾンビSFサバイバルホラー。〔2014・7・17(木)〕


ヘルムート・カラゼク
「ビリー・ワイルダー自作自伝」
ビリー・ワイルダー監督の自伝的な本の感想を、つらつらと書いてみる。
あとがきによると、著者のヘルムート・カラゼクはドイツを代表する週刊誌「シュピーゲル」の辛口評論家として有名。彼がビリー・ワイルダーに長大なインタビューを行ない、原稿をワイルダー自身がチェックした。そうすると、この本は信頼できる自伝といえるだろう。
インタビューの様子はフォルカー・シュレンドルフ(「ブリキの太鼓」などの監督)が撮影して、テレビ番組にもなったという。
ビリー・ワイルダーはオーストリアのウィーン出身。ドイツのベルリンで記者の仕事をしながら、早くも映画の脚本に手を染めている。
当時一緒に映画を作ったというロバート・シオドマク、フレッド・ジンネマンは、やはり後にハリウッドで活躍している。
ヨーロッパ時代に、ピーター・ローレ、フランツ・ワックスマン、フリードリヒ・ホランダーなどとも知り合い、彼らもまたハリウッドに渡っている。ローレとは、アメリカに来た直後は同居までしていたそうだ。
ワイルダーは1933年、ヒトラーが首相になるとすぐに、まずパリに逃れる。その反応の早さ。
ナチスの台頭によって、いかに多くの映画人がヨーロッパからアメリカに逃れてきたかを改めて知る。ナチスがヨーロッパを脅かさなかったら、アメリカ映画の歴史は、まるで違っていたわけだ。
「お熱いのがお好き」の話では、映画の中でジョークを矢継ぎ早に繰り出すと、観客が笑っているうちに次のジョークを聞き逃すことがあり、それを避けるために、ジャック・レモンがマラカスを振って間を取りながら喋るシーンになった、という。なるほどねー。
また、ラストの「完璧なやつはいない」の台詞は、もともとは、喧嘩をしている夫婦のジョークで、よく知られていたものだったという。「あんたって馬鹿ね」「完璧なヤツなんていないさ」というふうなものだ。脚本を書いたワイルダーとI・A・L・ダイアモンドは、その台詞を思いついたあと、「まあ、いいか。明日かあさってにもっとましなのが浮かぶかもしれないし」と言っていた!
「あなただけ今晩は」は、原作のミュージカルナンバーが削られた。ワイルダーはミュージカルが好きではなかったようだ。「歌唱による中断」が嫌だったと言っている。そういえばミュージカルは監督していない。そのへんは私とは意見を異にするところである。まあ、しかたないか。
ワイルダーがずっと自分の映画に使いたがった俳優は、ケイリー・グラントだった。これはトリビア、へえー、である。だが、ついにそれは実現しなかった。
また、「情婦」に出たチャールズ・ロートンが、一緒に仕事をしたうちで最高の俳優だと言う。ロートンは、ワイルダーと2人でいるときに、「情婦」の弁護士の、いろいろなパターンの演技を見せてくれたそうだ。
ワイルダーの映画で主役を演じたことのあるウィリアム・ホールデンとジャック・レモンとは、公私ともに親しくしていたという。
ウィリアム・ワイラー監督と親交があったというのも初めて知った。2人はファンにお互いの映画を混同されたことがあるようだ。たとえば、ワイラーさんの作った「お熱いのがお好き」は大好きです、という具合に。ワイラーとワイルダー。似た名前だからねえ。
ワイラーは「ベン・ハー」の監督を受けるかどうか悩んでいた。大作ではあるが、ワイラーの好みのタイプの映画ではなかったようだ。セシル・B・デミル監督風の、単なるスペクタクルものと思っていたのだろうか。
ワイルダーは、今後の生活を楽にしたいなら監督を受けたらいい、というふうに言ったようだ。
私の好きな2人の監督がお互いに交流があったというのは嬉しい話だった。
チャップリンについての話もある。彼は偉大だが、セリフをしゃべるようになってからダメになったとも言っている。
この本は、ワイルダーが好きな人間には、興味深い話ばかりで、すごく面白かった。
その他にも、彼が脚本を書いた、グレタ・ガルボ主演、エルンスト・ルビッチ監督(彼はドイツ出身。その作風はワイルダーにも影響を与えている)の「ニノチカ」の話、脚本をいじられるのが嫌で監督になったこと、監督3作目で早くもフィルムノワールの傑作「深夜の告白」(去年のブライアン・デ・パルマ監督作品「ファム・ファタール」でテレビ画面に登場していた)を撮ること、女優マルレーネ・ディートリッヒのこと、監督ハワード・ホークスのこと、俳優エリッヒ・フォン・シュトロハイムのこと、「第十七捕虜収容所」では俳優として出演した、監督でもあるオットー・プレミンジャー(マリリンの「帰らざる河」の監督だね)のこと、非米活動委員会のこと、そしてもちろん、マリリンのことなど。
監督作品は、すべてについて書かれているのだ。
「深夜の告白」、もう一度観たいなあ。
マリリンについての話は、「マリリンがお好き」のページで、本文を引用して改めて書いてみようかな?
別に知りたくない?〔2004・2・20(金)〕


ほしよりこ
「きょうの猫村さん 1」
きのうの記事で、前振りしました「忠誠心のある犬」とくれば、これでしょー!
「世話好きな猫」!(なんでやねん)
この本、マンガです。
じつは、キョンキョンに教えてもらったのさ。面白いよって。ぐふふ。
(彼女のホームページでね。)
有料ケーブルインターネットのサイトで、1日1コマ連載中(!)だという、鉛筆線画の脱力系マンガ。
テキトーに書いたような線画、うまいんだか下手なんだか分からないが、これが味があって、いいのだ。
マンガを、しっかり1冊読んだのは、今年初めてだと思う。
一匹の(いや、ひとりの、というべきか)猫が、家政婦募集にやってきた。
その名は、猫村ねこ。
猫ながら、家事、マッサージの実力は、抜群!
やがて猫村さんは、家政婦として、犬神家で働くことになる。
中学生の娘の尾仁子は、不良っぽい男友達と付き合い、反抗的な問題児。
食事をとらない尾仁子に対して、猫村さんは、うるさく世話を焼く。
愛情たっぷりの「ネコムライス」を食べてもらわなくては!と頑張る、猫村ねこ。
まさに、世話好きな、おばちゃん、なのである。猫なのに。
家政婦は見た! なのである。たぶん。猫なのに。(「家政婦は見た!」は見たことないけど。)
この、猫なのに、おばさんキャラが、いいのだ。
憎めない。応援したくなる。おばさん、猫村ねこ。
猫村さんが、犬神家の秘密に迫るところで、第1巻は終わり。
早く次が見たい!(読みたいというより「見たい」のだ。)
進むのが1日1コマだと…第2巻は、いったい、いつだ!?〔2005・10・25(火)〕

「きょうの猫村さん 2」
出ました〜。2巻目。
マンガは最近では「OL進化論」も読んでたけど、レビューには書かなかった。
対して、これは1巻目も書いたことだし、今回も書いてみよう。
ずいぶん早く2巻目が出ましたね。1日1コマしか進まないらしいのに。次の3巻目は、遠〜い未来に出るのかしらん?
犬神家で家政婦として働く、猫村ねこ。なぜか猫である。しかし家政婦なのである。
派遣先の犬神家。秘密の奥の間で見たものは、いったい何! 今回も、家政婦は見た!
犬神家の内部事情も複雑だ。微妙な夫婦仲に新たなストーリーが加わり、息子は勉強三昧に疑問を…? 娘はツッパリつづけ! 他にも誰か…?
仕事中だろうが何だろうが、こたつに入ると「ちょっとだけ失礼して…」と、ついつい、ごろんと横になってしまう、猫村さん。
さすが、猫。
まったく、癒されマンガです。〔2006・7・31(月)〕


ボワロー=ナルスジャック
「めまい」

ピエール・ボワローと、トマ・ナルスジャックの2人による作家名が、ボワロー=ナルスジャック。同様に映画化された傑作「悪魔のような女」(1996年の再映画化作品は傑作ではない)も彼らの原作。「めまい」の舞台は第二次大戦直前のパリで始まる(映画とは違う)。雰囲気が興味深い。ラストの違いが大きいが、原作、映画、どちらも強烈だ。〔2017・8・9(水)〕


誉田哲也
「ストロベリーナイト」
この本のことを、どこかで耳にしていて、ふと、図書館で借りてみた。
美人の刑事が主人公で、テレビドラマみたい。
彼女の過去の思い出したくもない経験が、まさか、そんなストレートな事件なことはないだろうと思っていたら、まさにそのとおりだったり、部下の行動と結果が読んでいて危惧したとおりだったり。
ライバル刑事が、ほんっとに嫌なヤツだったり(まあ、これは多少、印象が変わってくるが)。
なによりも、事件そのものが嫌。気色悪い。
犯罪の描写が、このうえなく気分悪い。こういうのを書く人って、どういう意識で書いているのか。
ヒロインの姫川玲子は、松嶋菜々子さんが作者のイメージだったそうだが、テレビでは、竹内結子さんが演じたという。
コツコツと証拠を集めるのではなく、推理と閃きで行動する玲子のキャラクターは面白い。〔2011・8・14(日)〕

「ソウルケイジ」
「ストロベリーナイト」に続く、姫川玲子シリーズ。
ソウルケイジ。「魂の駕籠」? もしや、ケイジを刑事にかけたのか?(笑)
前作「ストロベリーナイト」の事件そのものは猟奇的、グロテスクで嫌だったが、すらすら読めるのは有難いし、玲子や周辺キャラがどうなるのか知りたくなって、続編をレンタル。
60万部なんて…売れているんですね。
前作では強引で態度がでかい刑事、ガンテツ(テレビでは武田鉄矢が演じたそう。私には、もっと「岩石」みたいで硬派な人がイメージなのだが。ガンテツだけに…)が活躍したが、今回はコツコツ捜査派、証拠第一の日下が玲子と張り合う。ドラマでは、遠藤憲一の役。
事件は地味めになった。
各章の初めに犯人寄りの視点から描かれた部分が入ってくるのは、前作と同じ。
気になるのは、玲子と彼女の部下との恋バナ。どうなっていくんでしょうね?
軽いエンタメといった感じで、続きもチェックしたくなる。
…にしても、玲子と捜査でペアを組む、お調子者の井岡を演じるのが生瀬勝久って。(笑)
昨年11月の単発ドラマを経て、来年1月から連続ドラマになる。玲子には引き続き、竹内結子さん。〔2011・8・20(土)〕

「シンメトリー」
サラサラと読める、刑事・姫川玲子シリーズの短編集。
長編2作はすでに読んでいて(「ストロベリーナイト」、「ソウルケイジ」)、今度は短編集。
うーん、まあ…どうでもいいかな?
はじめの2編くらい読んだところで、「復讐のために犯人を殺すこと」を取り上げているのかなと思ったが、そうでない話も出てくるし。
あんまり深くないエンタメ、1月から姫川玲子シリーズは連続ドラマになるが、それこそ、よくあるテレビドラマ風な脚本のように感じてしまう…。
読んで得した、とは思わないのですよね。〔2011・11・24(木)〕