白いカラス

THE HUMAN STAIN
監督 ロバート・ベントン
出演 アンソニー・ホプキンス  ニコール・キッドマン  ウェントワース・ミラー  ゲイリー・シニーズ  エド・ハリス  ジャシンダ・バレット  アンナ・ディーヴァー・スミス  ハリー・レニックス
原作 フィリップ・ロス
脚色 ニコラス・メイヤー
撮影 ジャン=イヴ・エスコフィエ
音楽 レイチェル・ポートマン
編集 クリストファー・テレフセン
2003年 アメリカ作品 108分
AFI(アメリカン・フィルム・インスティテュート)…年間トップ10
評価☆☆☆☆

またまた、ニコール・キッドマン嬢である。
最近は、彼女の新作映画を見落とさないぞ、と心がけて追いかけてきたが、「ドッグヴィル」「コールド マウンテン」と来て、今年3本目だ。
彼女が、御大アンソニー・「ハンニバル」・ホプキンスと共演した、ということと、予告編を観ただけの予備知識を持って、劇場へ行った。

原題は「人間のシミ」とか「人間の汚点」という感じのはずだが、「白いカラス」とは、いったい何だろうと思っていた。
観終わってみると、その意味はなんとなく分かった。
分かったが、「あっち」はカラスだけれども、特に「白い」と言及する必要はないし、「こっち」は白いけれど、カラスになぞらえるのは強引なのではないかとも思った。
微妙である。
まあ、「ヒューマン・ステイン」などと、ただカタカナにして、ワケわからんままにタイトルを付けるよりは、よっぽどいい。観客年齢層が高めだろうと予測して、それに向けて、ちゃんとした日本語邦題を考えたらしい。

さて、この作品。地味な映画で、盛り上がりはない。
たぶん、詰まらない、という人が多いに違いない。
しかし、私には、人間の孤独、寂しさ、悲しみが、しんしんと迫ってくる映画だった。
それを感じたのは、申し訳ないが、ホプキンスのほうではない。私が注目していたのは、とにかくニコールなのだ。

そのニコールといったら!
…素晴らしすぎる。
声を、ぐんと低く落として、役を作っている。
全体に、じつに生々しい。
どこか投げやりな雰囲気。
人生への絶望感を持ちながら、現実生活をかろうじて送っているような、すれすれに立つ危なっかしさを感じる。
女優である。見事である。
(やはり、ひいき目か?)
とにかく、彼女は素敵な女優なのだ。それだけでいいのだ。
見かけが美しいのに加えて、演技がうまかったら、もう言うことないでしょうが。

悲しい過去を持ち、そのせいで、他人との新しい関係を築くことに消極的になっている女
新しい関係から、また悲しみが生まれるのではないかと怯えている。
だから、彼女は男と寝ても、一夜を共には過ごさない。そこまで深入りしてしまうのは怖いのだ。

彼女がカラスと相対するシーンは印象的。鳴くことも飛ぶこともしない、カゴの中のカラス。カラスであることを忘れたカラス。その姿は、心に瑕(きず)を持ち、心のどこかが壊れてしまった彼女の共感を呼ぶ。このカラスと彼女は、似たもの同士。

なかなか他人に対して心を開かない彼女だが、ホプキンス扮する元大学教授には、どこか自分と同じような心の瑕(きず)を感じたのかもしれない。相手が、かなり年上だというのも、安心できる要素だったかもしれない。
他人を拒否しているはずなのに、なぜか、どうしても、この知り合ったばかりの男と関係を持ってしまうことが避けられないあたりに、人間らしさが窺えるように思える。
すぐに深い関係になっていくことも、逆に、彼女の瑕の深さゆえなのだろう。

アンソニー・ホプキンスが巧いのは、もはや当たり前すぎて、毎度、ちゃんと演ってるよなあ、という感も多少あったりする。
ピーター・オトゥールとキャサリン・ヘプバーン主演の映画「冬のライオン」(1968年)に出ていたのを、先日、雑誌で知り、改めて、こんな頃から映画に出ていたのか、と驚いた。映画界で、今年36年目…。

ホプキンス演じるコールマン・シルクという人間の若い頃の話が、現在と平行して描かれる。そこで示されるのは、アメリカ社会に存在する、ある根深い問題だ。
彼も、過去に意外な瑕を持っていた。
過去に瑕を持った男と女が、お互いにすべてをさらけだして、新しい生活に向かおうとするが…。

ホプキンスが、作家役のゲイリー・シニーズと踊る場面がある。フレッド・アステアの「チーク・トゥ・チーク」。ホプキンス様が踊るなんて、見ものである。

エド・ハリスは、ヒゲもじゃ顔で、誰だか分からないくらい。戦争経験者で、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を負っている、という役柄。
あまり登場はしないが、存在感が効いている
エド・ハリス、最近、彼は、いい役者ぶりである。

なお、撮影監督のジャン=イヴ・エスコフィエは、これまでに「ポンヌフの恋人」「グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち」「ベティ・サイズモア」などの撮影を担当してきたが、52歳で心臓疾患のために亡くなり、本作が遺作となった。

原作者のフィリップ・ロスは言う。
「人間はしみを、痕跡を、しるしを残す。それがここに存在している、唯一の証しなのだ」
この映画は、そして人生とは、この言葉に尽きるかもしれない。

〔2004年6月19日(土) ワーナー・マイカル・シネマズ 板橋〕


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