コラテラル

COLLATERAL
監督 マイケル・マン
出演 トム・クルーズ  ジェイミー・フォックス  ジェイダ・ピンケット=スミス  マーク・ラファロ  ピーター・バーグ  ブルース・マッギル  ハビエル・バルデム
撮影 ディオン・ビーブ  ポール・キャメロン
編集 ジム・ミラー  ポール・ラベル
音楽 ジェームズ・ニュートン・ハワード
脚本 スチュアート・ビーティー
2004年 アメリカ作品 120分
評価☆☆★


本題に入る前に、つねづね思っていることを書かせてもらおう。
とはいっても、掲示板などで、たまに書いていることだが。それは映画のタイトルのこと。
洋画の場合、原題をそのままカタカナにしている邦題が、最近では、じつに多い
「サウンド・オブ・ミュージック」や「ムーラン・ルージュ」なんていうのなら、別に、かまわない。だいたい理解できそうな簡単な英語だったり、地名や人名などの固有名詞ならば、いい。

しかし、「コラテラル」。こりゃ何じゃい?と思う人が圧倒的に多いだろう。
英語の響きの雰囲気だけで、カタカナにして、そのまんま? 原題尊重?(のわけ、ないな。)
そりゃ、しゃれた日本語タイトルを考えるのは、めんどくさいかもしれないが、もうちょっと仕事してくださいよ、配給会社の皆さん。

collateral を英和辞典で引くと、「平行の」「付帯的な」「副抵当」「見返り物資」などとある。
この映画での「コラテラル」の意味は「巻き添え」らしいが、ひょいと辞書を見ただけでは分からない。
ちなみに和英辞典で「巻き添え」を引いてみると、be involved in 、get mixed up とあって、collateral など出てこない。かなり俗語っぽいのだろうか、英語をよく知らない日本人たる私には、そこまでは分からない。

映画を観ていると、台詞で「巻き添え」が出てきたときに、その字の上に「コラテラル」とルビを振っていた。これは訳者の戸田奈津子さんのナイスプレー。
たいていの観客が「コラテラル」の意味を知らないだろうことを、当然ながら、ちゃんと分かって対処している。

この映画、「殺し屋とタクシー運転手」とか、「危険な一夜」とか、または、そのまま「巻き添え」とでもタイトルをつけたら、どうだ?

英語が分かる人たちには意味があるタイトルであっても、多くの日本人には何の意味も持たないタイトルであることを、配給会社の担当者は、もっと考えるべきだ。
わけのわからんタイトルを見せられても、おとなしくしている、われわれ観客も、問題であるが。

などと、映画の中身と関係ない話が長くなった。

さて、トム・クルーズの悪役が話題の映画だが、まあ、ごく普通だよねー、という感想。退屈はしなかったが、いいねー、というほどでもない。
トムくん、殺し屋だけど、恐さは感じないし。
日本で笑顔をふりまいてファンサービスをする姿を見ていたので、そういう点で、トムくんはいい人だなあという印象がありすぎるのかもしれない。殺し屋なんていう悪い人には見えなくなっちゃうのだ。
さらに、どんな役をやっていたって、トム・クルーズだぞ、というイメージが迫ってきてしまう。それはそれで悪くはないが、だからこそ、トム・クルーズ・ファンでなければ、映画には辛口になりがちで、アラがあれば気になってくるのだろう。

トムくんより注目したいのは、タクシー運転手役のジェイミー・フォックス。
将来の夢を抱きながら、今はタクシーの仕事で我慢している男。彼が一夜のうちに出会う客が、自分の人生に、とんでもなく大きな影響を及ぼす。
終盤の展開などは、あとから考えれば、よくあるパターンではあるが、この運ちゃんは、けっこう味があった

真面目な話にしては、全体を通して、ご都合主義な話の展開が見受けられ、ストーリーとしては甘いよなあ、と感じざるをえなかった。
たとえば、1人目の殺しのあと、トムくんが、目立つタクシーを代えないのが不思議。2人目の殺しのとき、運ちゃんをタクシーの車内に待たせるのも不思議。運ちゃんが殺し屋のスーツケースを○○○しまうのも、その先の展開にもっていくためだけの行動に思えたりするし。
たとえば、銃撃戦。人込みで何がどうなったか分かりにくい点もあったし、やっぱりトムくんには絶対に銃弾が当たらないのである。そのうえ、いつのまにか窮地を脱している。
トムくんに関して言えば、ラストは超人的かと思えば、最後の最後は、あっけなかったりする。そのくせ、カッコいい。
このへんは、スターとして、トム・クルーズが自分がやりたいように作っている、という雰囲気がプンプンしてくるのだ。

いいところは、夜の都会を映し出した映像のシャープさと、それにマッチした音楽
ロサンゼルスの道路を上から撮ったところは、「ロスは車で移動する街」ということを思い出させる。
暗さのなかで映像をしっかり捉えるために、デジタル・カメラでほぼ全編を撮っているという。

開巻まもなく、タクシーの客になる女性。どこかで見たぞ、と思ったら、「マトリックス」シリーズのナイオビだ! ジェイダ・ピンケット=スミスである。でも、さっさとタクシーを降りちゃったよ。さて?

前置きと本題が同じくらいの長さになってしまったのは、内容のことで書きたいことが出てこないということで、あまり映画を気にいっていないと、図らずも証明しているわけか?

〔2004年11月27日(土) 日劇3〕


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