この映画は昨年度の映画賞レースで、脚本賞などをよく受賞していた。
“THE SQUID AND THE WHALE”というタイトルが「イカとクジラ」という意味だと知って、変な題名だなあと思ったものだ。
「イカとクジラ」は、ニューヨークの自然史博物館にある大きな模型で、一説には全長20メートルを超えることもあるというイカ類最大のダイオウイカと、そのダイオウイカを食べるマッコウクジラが争っている様子が見られるもの。
妻の浮気が直接の原因となって別居した夫婦と、2人の息子の話。
この夫婦、子どもについては共同親権の形をとる。曜日によって息子たちは、今日は父親の家、明日は母親の家、と行ったり来たりの生活。
兄は16歳。彼は両親が別れたあと、文学作家でもある教授の父親(ただし最近は本が出ていないが)のほうを支持する。
他人の文学作品を、さげすむような、いやらしさをもつ父親。いわゆる「スノッブ(snob)」(ウェブ上の百科事典「ウィキペディア」によれば、知識・教養をひけらかす見栄っ張りの気取り屋)という感じなのだが、これを演じるジェフ・ダニエルズは、いやみな「鼻持ちならなさ」が自然に出ていて、いい。
妻が作家の道に踏み込んで成功していることに対して、心は穏やかではない。
ちなみに、観る前は、ジェフ・ブリッジス主演かと勘違いしていた。ジェフはジェフでもダニエルズ。はい、すいませんでした。
妻役はローラ・リニーだ。全然そうは見えないのに、実は浮気しまくっていたというのが、なんとなく、可笑(おか)しい。
息子に、お母さんは醜い、と言われる場面などは見ものだった。
彼女は本作で、いくつかの女優賞をとっている。玄人受けする女優さんだと思うが、私には、この作品では、それほど傑出しているようには思えなかった。いつでも、上手は上手なんだけど。そういう彼女の演技に、慣れちゃったのかな。
注目すべきは2人の息子役。
長男役はジェシー・アイゼンバーグ。「ヴィレッジ」(2004年)に出ていた(役名はジェイミソン)というが、どういう役だったか覚えてないなあ。1983年生まれだから、「イカとクジラ」では16歳の役だが実際は21歳くらいだったわけだ。
長男のキャラは、ピンク・フロイドの曲を自作と偽ってみたり(すぐバレるのは分かりそうなもんだけど)、ガールフレンドを作って、エッチな経験も…みたいなお年頃か。
次男は12歳。彼は母親のほうにつく。まだまだ甘えたい頃かな…と思っていたら、これがまた、かなり困った性の目覚め状態なのである。昔の映画だったらカットされるんじゃないだろうか。いや、今でも保守的な映画会社なら眉をしかめそうだ。
彼の行動が、両親のゴタゴタの影響のせいなのか、それは私には分からない。たぶん、そういう解釈なんだろうけど。
この次男を演じるのが、オーウェン・クライン。ケビン・クラインとフィービー・ケイツの息子なのだそうだ。こんな子がいたなんて知らなかった、どころか、この2人が夫婦だったことも知らなかった! いい血統だねえ。オーウェン君は1991年生まれだから、本作のときは13歳くらいか。
アンナ・パキンが、男を誘惑するタイプを演じるのが、ちょっと意外だった。なんとなく今までのイメージからするとね。私が勝手に思ってるだけだけど。
「ピアノ・レッスン」の少女が、こんな大人の女になったんだねえ…。
監督のノア・バームバックは、「ライフ・アクアティック」の脚本に参加していたそうだが、私は今のところ、その映画は未見。
家族4人に焦点を絞った、狭い世界での日常に、ユーモアをアレンジした具合がうまくて、観ていて飽きはしない。
自分の親といっても、ひとりの人間なのだ、いろいろとあるんだよ、と本質的に理解しはじめる長男。
「イカとクジラ」の模型を眺めるのは、幼い頃の思い出を確認しつつ、イカとクジラの戦いに、父と母の間の葛藤をあわせ見ている、彼の成長の一段階か。
この映画を観た劇場は、新宿武蔵野館。スクリーンは小さめ。メジャーではない単館系映画のラインナップを組む。
イカに関するものとクジラに関するものをセットで持っていくと割引になるという、面白いことをやっていた。ただし、においの強いもの、音の大きいものは、遠慮してください、というのが可笑しかった。たしかに、焼きイカなんかを劇場に持ち込んだら、におって困るって!