硫黄島からの手紙

LETTERS FROM IWO JIMA
監督 クリント・イーストウッド
出演 渡辺謙  二宮和也  伊原剛志  加瀬亮  中村獅童  裕木奈江
脚本 アイリス・ヤマシタ
撮影 トム・スターン
2006年 アメリカ作品 141分
ナショナル・ボード・オブ・レビュー…作品賞(トップ1)
ロサンゼルス映画批評家協会賞…作品賞
評価☆☆☆★


クリント・イーストウッド、ありがとう。
硫黄島の戦いに注目してくれて、こんなに丁寧な映画にしてくれて、私たちに、広く知られているとはいえない部分の歴史を教えてくれた。
日本人がこの題材で映画を作る可能性があったのかどうかは分からないけれど、日本人以外の主導で、ここまでの映画が作られたことには、少々悔しい思いも同時に感じる。

クリント・イーストウッド監督の硫黄島2部作の2作目(1作目は「父親たちの星条旗」)。日本側から見た硫黄島の戦いである。
ひとつの戦場にまつわる話を日米それぞれの視点から描いた映画を2本、同時期に作ったアイデアは面白い。物事は、それを見る方向が違うと、違う様子が見えることも多い。

栗林忠道(くりばやし ただみち)中将(渡辺謙)は、司令官として硫黄島に赴任してくると、休憩もせず、すぐに島の視察へ向かう。
ジープを使わずに歩く。兵隊への無闇な体罰を見咎(とが)める。威張りくさって厳しいだけの上官とは、これは違うぞ、ということで、分かりやすい。
栗林は、海岸地帯の塹壕(ざんごう)掘りの作業を止めさせもする。彼はアメリカに行ったことがあり、かの国の国力を理解しているので、アメリカ軍が上陸してきたら、海岸を奪取されるのは阻止できないと考えたのだ。
大胆で明快な決断と指示は気持ちがよいほどだが、他の将校たちの多くは、戦わずして海岸を放棄するような戦術には、当然、不満を抱く。

西竹一(にし たけいち)・戦車第26連隊長(伊原剛志)は、1932年、ロサンゼルスオリンピックの馬術大障害飛越競技で優勝した。
バロン西という呼び名の、バロンは男爵の意味。
彼も硫黄島に配属されてくる。
あくまでもこの映画でのことだが、彼の行為で、ちょっと文句があるとすれば、戦場に馬を連れてくるのは、まあいいとしても、爆撃の恐れのあるところに馬をつないでおくのは、いかがなものか

映画では、栗林と西の2人が民主的で情のある行動を取るのが目立つ。日本の軍隊の、何でも根性でやれ! 鬼畜米兵! 規律第一! みたいな精神主義を脱しているのが、アメリカに行ったことがある2人というのが、これまた分かりやすいが、多少、引っ掛かるところもある。純粋な日本育ち(?)の上官には、そのように民主主義的精神の持ち主はいなかったのだろうか。寂しい話である。

二宮和也の演技を見るのは始めてだったが、なかなか上手く、こなしていたと思う。
裕木奈江との夫婦の場面は、さすがに一家の大黒柱としては、若すぎるんじゃないか
という感じもしたが。
渡辺謙の他の出演者は、オーディションフィルムによってイーストウッド監督が選んだということなので、起用されたのは、役柄にぴったりした演技や存在感だと監督が感じた俳優たちなのだろう。

イーストウッドの演出は、リハーサルなしだそうで、一発勝負。そういう方法がいいのかどうかは何とも言えないが、力のある俳優ならば、集中して、いい緊迫感の中で、いい演技が出る場合も多いだろう。

捕虜を助けようとする。逆に、捕虜を殺してしまう。場面によって180度違ってくる運命。
決断して実行したことが死につながることもあれば、実行できなかったことが幸いして生き延びることもある。
何が運命を決めるのか。
そもそも、誰のための戦争なのか。
何のために死ななければならないのか。

戦場の非情を思うとき、人間とは、いったい何なのかと考えさせられる。

手榴弾を使った自爆の場面は衝撃的だ。あんな方法で死ぬなんて。
この映画では描かれていないが、手榴弾不足のために、2人が向き合って、お腹に1つの手榴弾を挟んで自爆する、ということもあったようだ。
日本兵が次々に自爆していくさまを淡々と映し出すイーストウッド監督。彼には、日本軍の行動は、どう思えたのだろうか。

映画の、ところどころに挿入される、家族との手紙の内容は胸を打つ
戦争。国家。遠く離れた地にいる家族。
栗林は最後の突撃の際に、天皇陛下に向かって万歳三唱をするが、その心のうちの真実はどうであったのか、観ている私たちが考えてみるべきだろう。

観客には、年配の夫婦も目だった。もしかして戦時中を生きた経験をお持ちなのかもしれない。
一方、日本兵のコスプレを意識した服装を見かけた。どういうつもりなのか分からないだけに、これには、ちょっと複雑な気分だった。




〔2006年12月9日(土) 丸の内ピカデリー1〕


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