ハンナ・アーレント

HANNAH ARENDT
監督 マルガレーテ・フォン・トロッタ
出演 バルバラ・スコヴァ  アクセル・ミルベルク  ジャネット・マクティア  ユリア・イェンチ  ミヒャエル・デーゲン  ウルリッヒ・ヌーテン
撮影 カロリーヌ・シャンプティエ
編集 ベッティナ・ボーラー
音楽 アンドレ・メルゲンターラー
2012年 ドイツ作品 114分
好き度☆☆☆☆


考えることの重要さを考えさせられた。

映画の中で、ハンナは考える。タバコをくゆらせて、寝そべって、窓際で、考えつづける。

ネタばれあり(?)

ユダヤ人の強制収容所の問題に関わった人物、アイヒマンの裁判レポートができあがるまでに、長い時間がかかったのも、考えつづけたからゆえだろう。
(哲学者の原稿は時間がかかる、みたいな皮肉を出版側に言われていたけども。)
ユダヤ人自治組織の指導者がナチに協力したこともある、とする記述が反感を呼ぶことも、考えていなかったわけがない。
それでも、彼女は愚直ともいえそうな態度で、自分が考えたことをまげなかった

命令に従ったまでです…私は手を下していません…アイヒマンの言葉。
傍聴したハンナが考え至った概念は「悪の凡庸さ」だった。
アイヒマンは思考不能となり、ただ命令に従ったことによって、ホロコーストの巨悪に加担してしまった。
アイヒマンは平凡な小役人だった。最大の悪は、そうした平凡な人間が行う悪であり、動機もなく、信念や邪心や悪魔的な意図もない…。

ただ、戦争という場においては、考えて、倫理的に正しいことをしたら、自分が殺されかねない事態なのは明白で、命を捨ててまで良心に従ってやるのか、命を保つために思考を停止するのか、ということでもあるとは思う。それが「戦争の悪」ではないか。

「考える」ことを止めてしまうことで、人間ではなくなる。
考えずに行動するということは、ある意見を知った場合、その真偽、正誤にかかわらず、乗せられてしまう危険もあるわけだ。
よく考えなければならない。

ハンナ・アーレントという人物を、わかりにくくなく、映画を見た人に知らせるという意味でも、有意義な映画だと思う。




〔2014年1月25日(土) 角川シネマ有楽町〕


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