戦場のピアニスト

THE PIANIST
監督 ロマン・ポランスキー
出演 エイドリアン・ブロディ  エミリア・フォックス  ミハウ・ジェブロフスキー  エド・ストッパード  フランク・フィンレー  モーリン・リップマン  ジェシカ・ケイト・マイヤー  ジュリア・レイナー  ルース・プラット  ロイ・スマイルズ  トーマス・クレッチマン
脚本 ロナルド・ハーウッド
原作 ウワディスワフ・シュピルマン
撮影 パヴェル・エデルマン
音楽 ヴォイチェフ・キラール
美術 アラン・スタルスキー
2002年 ポーランド・フランス作品 148分
カンヌ映画祭…パルムドール賞受賞
ヨーロッパ映画賞…撮影賞受賞
ボストン映画批評家協会賞…作品・監督・主演男優賞受賞
サンフランシスコ映画批評家協会賞…作品賞受賞
全米映画批評家協会賞…作品・監督・主演男優・脚本賞受賞
セザール賞…作品・監督・主演男優・撮影・作曲・美術賞受賞
英国アカデミー賞…作品・監督賞受賞
アカデミー賞…監督・主演男優・脚色賞受賞
ナショナル・ボード・オブ・レビュー…作品トップ10、第7位
評価☆☆☆★

観ていて、なぜ人が人に、こんなことができるのだろう、と思っていた。
ユダヤ人というだけで差別し、隔離し、果ては殺す。
ユダヤ教徒迫害の歴史は長いが、戦争が起こったとき、差別の対象にされた人々は、いったいどれほどの不安感の中で暮らしたことか。
もし自分があのような中に生まれていたならば、どのように生きることができただろう。
戦争のない場所に生まれ育ってきている自分は、本当に幸せだと思った。

第2次世界大戦時、ナチスドイツの支配下にあったポーランドの首都ワルシャワで、ひとりのユダヤ人ピアニストが、いかにして生き延びたか。
クラクフのゲットー(特別居住区)を経験し、母親を強制収容所で亡くしているロマン・ポランスキー監督が、原作に自分の記憶も盛り込んで作った映画だという。

物語は、淡々と進む。
迫害の経験者である監督が作ったにしては冷静に、客観的に、ほぼ、主人公の視点から、主人公の周囲で何が起きたのかを描いていく
自分の経験とは近すぎない原作だからよかった、と監督は言っている。近すぎないから、客観的に作ることができた。

淡々とした展開で、激しい感情の起伏を感じるところは、隠れ家でのピアノ演奏のシーンあたりにしか表れない。
とくに、この映画の主人公の置かれた状況下では、映画の前半は迫害を耐え忍び、後半は、ひとりで、ひっそりと逃げ隠れ続けるわけだから、激しい感情を出す場面は滅多に来ないわけだ。
そんな息詰まるような、主人公の戦いを観客も経験していく。
形としては、我慢を重ね、逃げ隠れるわけだが、それは生き延びるために戦っているとも言える。生への執念、飢えとの戦いだ。

ナチスドイツの、対ユダヤ人政策がどのように進んでいったのかは、この映画を観なければ知ることがなかったかもしれない。
外出の際は目印として「ダビデの星」の腕章を付けなければならない。
歩道を歩くな。
ユダヤ人お断りの店が出てくる。
一定以上の現金を所持してはならない。
決められた狭い区画の中(ゲットー)に住むことを強制される。
ドイツのために働いている証明書が必要。
仕事場へ移動すると言われて、汽車にぎゅうぎゅうと詰め込まれる。じつは行先が収容所であることを、詰め込まれている彼らは知らない。
もともと体力が弱っていたところへ、すし詰め状態の汽車の中に閉じ込められて、収容所に着く前に、残った体力を使い果たして亡くなった人もいたという。
まったく、やりきれない。
権力者がろくでもないと、いつの世にも(現代でさえも)、大きな不幸が生まれる可能性がある。

主人公が、ゲットーとその外側の地区を区切る壁沿いを歩いている。
主人公は、もちろんゲットーの側にいる。
壁に開いた小さな穴を抜けて、少年がこちら側に入ってこようとする。
しかし、向こう側で誰かにつかまったのか、少年の体は半分しかこちら側に入ってこない。
向こうで少年を罵倒する声がする。
主人公が少年をやっと引っ張り出すと、もはや少年は死んでいる。
このシーンの悲惨さが印象に残る。
ゲットーの狭い中に押し込められた人々は貧困と疫病で弱り、道端に死体が転がる。
貧しさのために外側の世界に食べ物を盗みに出た少年
が、戻りきれずにつかまって、たぶん、蹴られたり殴られたりして死んでしまったのだ。

他にも、ドイツ人将校が気まぐれに、ユダヤ人たちの中から何人かを選び出して射殺するところなどは衝撃的な場面だ。将校に選ばれるか選ばれないかは、そのときの運でしかない。いつ死が襲ってくるかも分からない。一寸先は闇。そんな世の中はいやだ。
戦争はいやだ。

幸運にも、収容所行きを逃れた主人公が、協力者たちの手助けを得て、隠れて隠れて隠れまくる。部屋にこもって過ごす。物音もなるべく立てないようにする。
差し入れは毎日来るわけではない。食べ物が不足する。げっそりとしてくる顔。
ピアノがあっても音を立てられないから、弾くことはできない。ピアニストである主人公にとって、それは、どれほど辛いことだっただろうか。

生きるために、隠れて、逃げて、必死で食べるものを探す。
生きていることが何よりも大切なことだと痛感させる。
運命が許す限り、生きようと思うこと。生き抜くこと。
生きている。そこから希望は生まれる。生きていなければ希望はつかめない。生きていなくちゃ始まらないのだ。
生きていて楽しいことばかりあるわけではない。しかし、生きていなければ、その楽しいことにも出会うことができない。

主人公が、じっと隠れ続けた末に、やっとピアノを弾けるという場面は、激しい旋律が、抑圧された心情を吐き出し叩きつけているように聞こえて胸を打つ。
〔2003年2月22日(土) ワーナー・マイカル・シネマズ 大井〕



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