マリリン と ボー (ショートストーリー)

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「またひとつ年を重ねたってわけだ」
ボーが、まるいケーキに ろうそくを立てる。
立てはじめてから、だいぶ時間が経っていた。
ケーキの縁はぐるりと ピンクのろうそくで囲まれつつあり、まるで桃色の壁に覆われたコロシアムのようだ。
しかしその小さなコロシアムの中には剣闘士ではなく、イチゴとチョコレートが鎮座している。
2001年6月1日。

「ありがとう。うれしいわ」マリリンが満面に笑みを浮かべた。
「きみは年をとるごとに、ますます魅力的になるね」
「お世辞でも、どきどきするセリフだわ。去年も同じことを聞いたような気がするけど」マリリンがいたずらっぽくボーを上目づかいで見る。
ボーは苦笑して「正直な気持ちを口にしたら、そうなるのさ」
「分かってるわ。ほんとにありがとう。さあ、早く食べましょうよ」
「まだ ろうそくが」
「いいの。おなかがすいて気が遠くなりそう。1本立てるのに、まるで1年も待ってるみたい」
ボーはキャンドルを手に取ると、それを傾けて、ほんの少し隙間のあるピンクの城壁のてっぺんに火をつけていった。マリリンが部屋の照明のスイッチを切った。

まるい光の輪が浮かび上がったテーブルに、ふたりは向き合ってすわった。
「ハッピー・バースデイ・トゥ・ユー」ボーがわざと舌足らずに歌いだす。
マリリンが、くすっと笑う。「わたしのまねしなくていいのよ」
彼女が昔、人気者の大統領の誕生日パーティの舞台で歌った、その歌いかたを、ボーはまねたのだ。彼は、いっそうおどけて続けた。
「…ハッピー・バースデイ・ミセス・プレジデント」
マリリンが優雅に会釈をする。
「ハッピー・バースデイ・トゥ・ユー」
ボーが歌い終わると、マリリンが軽いキスで感謝の気持ちを返した。
「公務のほうは忙しそうだけど、だいじょうぶなの、ミスター・プレジデント? 月末にはコイズミ首相との会談もあるんでしょう?」
「ご心配には及びませぬぞ、姫君。きみこそ、明日は撮影だろ。今夜は早めに寝ないといけないのかい?」
「いいえ、ゆっくり食事をして、あなたとの時間を楽しむわ。せっかくの誕生日だもの。これからもよろしくね、マイ・ダーリン」
「こちらこそ。マイ・スイートハート」
バースデイケーキもかなわないほどに甘い夜が、ゆっくりとふたりを包んでいった。