マリリン と ボー ショート・ストーリー 

2003年6月1日


「おばあちゃん、こっち!」
到着ロビーの向こうで、しきりに手を振っている娘一家。私は嬉しくて、つい笑顔をほころばせる。
「ありがとう、迎えに来てくれたの、真理?」
私は駆け寄ってきた孫娘と抱き合ってキスを交わす。
孫娘の真理は今日が17歳の誕生日だ。ミディアムな長さの黒髪がとても美しい。会うたびに大人っぽく、美人になっていくように思える。
「ハッピー・バースデイ! ひとりでうちまで来るの、つまんないでしょ? 日曜だからみんなで迎えに来られたの」
これから娘一家の家に行き、誕生日パーティーなのだ。
「ハッピー・バースデイ、真理」
私の娘と、娘の夫とも抱き合って挨拶をする。

「ママ、疲れてない?」
「このくらい、なんてことないわ。いつものことだし」
娘のノーマは今度の10月で40歳になるが、生気にあふれて、とても若々しく見える。きっと家庭がうまくいっているせいだろう。
娘婿が私の手荷物を持ってくれる。
「お仕事のほうはどう、BJ?」
「相変わらずですが、なんとかやってますよ。お義母さんも、お元気そうですね」
彼のことは、ニックネームでBJと呼んでいる。娘とは3歳違い。映画好きで優しい日本人だ。優しいだけが取り柄だなんて自分で言っていたけれど、娘の幸せそうな様子を知っている私は満足している。

「パパは遅くなりそう?」
一緒に歩き出しながら、ノーマが聞いてくる。
「用事を済ませてから、すぐ追っかけてくるわよ。ほんとに忙しい人だからねえ」
「それでまた、すぐ帰っちゃうのね。でも、そうやって飛んで来てくれるのは愛情が深いっていう証拠ね」
「あなたたちも、そうなるように頑張りなさい」
「はーい」
ノーマが笑いながら答える。

「おばあちゃん、日本では7が並ぶ77歳のことを、喜寿っていうんだよ。だから今日は、特別なお祝いだから楽しみにしててね」
真理が私の腰に抱きついて歩く。
「そうなの。それは楽しみだわ。今年は真理が17歳、私が77歳。毎年、同じ誕生日を祝えるなんて、本当に嬉しいことね」
「おばあちゃん、しょっちゅう日本に来るんだから、こっちに住めばいいのに」
「おじいちゃんが引退したら、来るかもね。日本には新婚旅行の途中で寄ったことがあるのよ。今のおじいちゃんとじゃないけど」
「うん、知ってる」
「日本の人たちは親切で優しくて、とても好きになったわ。だから、あなたのお母さんが日本の人と結婚するって言ってきたときも、大賛成だったのよ」
真理は、頭を私の肩にもたせ掛けてくる。彼女の背丈は私より少し高い。髪の毛がふわりと私の頬に当たって、心地よいくすぐったさがある。真理と一緒にいると、彼女の若い生命力を感じて、私まで、元気になる気がする。

しばらくそのまま恋人のようにくっつきながら歩いていたが、ふと、真理が顔を上げて、こちらを向いた。
そして彼女が発した言葉に対して、私は驚かなかった。
確かに、なにか予感のようなものが、いつもあった。いつも日本に来ていて、真理を近くで見ていたからかもしれない。こうなることを、心の奥で感じていた。
私の血を引いた孫だから。
ちっとも不思議じゃなかった。
こうして血が、世代が、引き継がれていく。

真理は顔じゅうを輝かせながら、こう言ったのだ。
「あたしも女優になりたい。おばあちゃんみたいな。おばあちゃんは私の誇りなのよ。だって、マリリン・モンローっていう世界一の女優なんだもの!」

私は真理に向かって微笑み、頷いた。
思うようにやったらいい。可能性を信じて頑張ってみればいい。
そして今日は、2人の誕生日。
あとで夫のボーもやってくる。楽しいパーティーになるだろう。キジュとかいう特別なお祝いだって、真理が言っていたし。
みんなの幸せな未来を祈って、乾杯しよう。
とりわけ、孫娘の明るい未来を祈って。


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