(C)Two-Way/小学校/道徳/人生について考えよう/小学校高学年/ノーベル賞/田中耕一/小柴昌俊
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2002年にノーベル賞を受賞した田中耕一さんと小柴昌俊さん。一躍「時の人」となったお二人だが、新聞を読んでいると、「間違いから大発明」だの「ビリの成績を公表」だの、大変面白い記事が並んでいた。お二人とも、ノーベル賞にふさわしいエリートタイプ(?)ではなかったようだ。その波乱に満ちた人生と成功への過程は、子供たちにとって、たとえ今が苦しくても、明るい未来を思い描ける「力のある資料」にならないかと考えた。
高学年対象の内容である。今年は3年生担任なので、サークルの模擬授業として行なった。さらに、「第6回向山型授業づくりセミナー」(岡山)で模擬授業をさせていただいた。講師の甲本卓司氏・谷和樹氏・河田孝文氏にご指導いただいた点を修正した。
(画面@「空白」提示)
説明1 ある二人の人を紹介します。
「Aさんの人生」について読み聞かせる。(語る)
Aさんの人生
生まれて一ヵ月後に、お母さんが死んだ。
お父さんも病弱だったので、親戚に引き取られた。
おとなしくて目立たない子で、まじめだが成績はよい方ではなかった。
大学生のとき、進級できずに留年してしまった。
第一希望の会社の入社試験に落ちてしまった。
しかたなく、名前も知らない会社に入ることになった。
会社に入って最初の仕事で、…失敗してしまった。
次に取りかかった仕事で、…また大きな失敗をしてしまった。
「会社に入って最初の仕事で…どうなったと思いますか?」などと予想を入れたり、「留年」や「入社試験」を説明したりしながら、テンポよく、しかし「暗く低調に」進める。
発問1 あなたはAさんの人生を聞いて、どう思いますか?
指示2 ノートに簡単に書きなさい。
指示3 発表しましょう。
列指名で発表させる。
指示4 まだ言いたいことがある人はどうぞ。
「Bさんの人生」を読み聞かせる。
Bさんの人生
中学生のとき、ポリオ(小児まひ)にかかり、数ヶ月の間、休学した。
何とか歩けるようにはなったが、右腕には麻痺が残り、一生不自由になった。
高校受験に落ちてしまい、一年間浪人生活をした。
高校には何とか入ったが、父親が職を失ってしまったので、Bさんがアルバイトをして家計を支えた。
アルバイトのために、高校での成績はどんどん落ちていった。
高校の担任の先生が、自分のことを話しているのを聞いた。
「あいつは成績が悪いので、希望する大学に行くのは無理だ。」
猛勉強して、希望の大学に合格した。
しかし、大学を卒業するときの成績はビリだった。
Aさんの人生と同様に、テンポよく進める。
(注 本当は、中学=旧制中学、高校=旧制高校である。説明が長くなるので省いた。)
発問2 あなたはBさんの人生を聞いて、どう思いますか?
指示6 ノートに簡単に書きなさい。
指示7 発表しましょう。
列指名。
指示8 他に言いたいことがある人はどうぞ。
発問3 まったく関係ないところで、別々の人生を歩んできたAさんとBさんでしたが、二人はある出会いをすることになりました。どんな出会いだったのか予想して、ノートに書いてみましょう。
予想を発表させる。サークルでは「居酒屋」「刑務所」「病院」「職場」などが出た。当てずっぽうなので簡単に扱う。「よいイメージですか。悪いイメージですか。」と問うと、サークルの模擬授業では、ほぼ半々であった。
(画面A「小泉総理と記念撮影」を提示)
説明2 真ん中に立っているのは、小泉総理大臣ですね。小泉総理大臣をはさんで立っている二人が、AさんとBさんです。ニュースなどで、見たことがある人もいるでしょう。
「ほう。」という驚きの声が聞こえた。
(画面B「田中耕一さん」提示・読み聞かせる)
説明3 「失敗ばかりのAさん」とは、今年「ノーベル化学賞」を受賞した、田中耕一さんです。
田中さんは、たんぱく質などの「生体高分子」といわれるものの質量や立体構造の測定法について、世界で初めての新しい技術を開発しました。
開発のきっかけは「失敗」でした。
田中さんは間違って、混ぜるはずのない「グリセリン」と「コバルト」という2つの薬品を混ぜてしまったのです。
そのまま捨ててしまうのももったいないので、試しに実験に使ってみたら、何と、今までいくら研究してもできなかった実験に成功したのでした。
田中さんは、インタビューに答えて、こんなふうに言っています。
「もし表面分析(最初の仕事)がうまくいっていたら、今の技術開発はなかった。失敗したのが幸運だった。」
「(二度目の失敗は)混ぜるつもりのなかった二つの物質を、間違って混ぜてしまった。放っておいたら、従来の方法では測定できない物が測定できた。ひょうたんから駒というか、失敗は成功のもとだ。」
(画面C「小柴昌俊さん」提示・読み聞かせる)
説明4 「成績がビリのBさん」とは、「ノーベル物理学賞」を受賞した、小柴昌俊さんです。
この世界には「ニュートリノ」という目に見えない小さな物質があります。
あまりに小さいので、人間の体をつきぬけてしまいます。
こうして話している間にも、一秒間に何兆個もの「ニュートリノ」が、わたしたちの体を通りぬけているそうです。小さな世界の話ですね。
今度は大きな世界の話です。
太陽のような恒星が寿命を終えて爆発したものを「超新星」といいます。
もし太陽が超新星になったら、太陽系が全滅するほどの巨大な爆発です。
小柴さんのグループは、宇宙のはるか遠くで起こった巨大な超新星爆発から飛び出した、1京(10の16乗)個の「ニュートリノ」のうちの11個を、世界で初めて観測することに成功したのです。
田中さんよりもずっとお年寄りで、苦労の多い人生を送ってきた小柴さんですが、こんなふうに言っています。
「成績表は、その後の人生の何の保証にもならない。成績が悪くてもできることはある。逆に良いからといって安心していいものではない。自分から能動的に勉強することが大事だ。」
「日本では、本に書いてあることを覚えて理解するというのが多いが、教科書に書いてあることが『本当かいな』とひっくり返すのがおもしろい。」
「苦労ってのは感じない。夢を追っかけさせてもらっているので。」
(画面D「二人の人生をどう思いますか?」提示)
発問4 ノートに、今日の学習で思ったことや、考えたことを書きましょう。
感想を発表させる。
最後に教師が自分の人生を語る。どんな人の人生にも浮き沈みがあることを分からせたい。いま現在、落ち込んでいる子の励ましの言葉になるように語る。終盤は、「教え方教室」などでいつも励まされる向山先生の語りを入れさせていただいた。
説明5 だれの人生でも、うまくいくときもあれば、いかないときも必ずあります。
田中さんが留年したという話が出ていたけど、実は、先生も大学のとき留年しました。田中さんと同じく、試験に落ちてしまったのです。友達がみんな社会人として卒業していく中、一人で大学に残らなくてはならなかった。そのときはとても辛かったし、ものすごく落ち込みました。でも、よく考えてみると、もし留年せずに卒業していたら、こことは違う学校に勤めていたはずです。そうしたら、みんなと出会うことはできなかった。それどころか、ひょっとしたら学校の先生になれずに、違う仕事をしていたかも知れません。道で出会っても、知らないおじさんと知らない子どもたちのままで、一生を終えることになっていたでしょう。だけど、留年したおかげでみんなと出会い、楽しいクラスを作ることができた。とてもすてきなことです。実は、いまの奥さんと付き合い始めたのも、留年したのがきっかけでした。留年していなかったら、いまの先生の家族はできなかったのです。
みなさんの人生にも、うまくいかないときが必ずあります。12歳の今がそうだ、という人もいるでしょう。だけどそれは、長い一生からすれば、ほんの一瞬の出来事なのです。辛く苦しいことがあっても、それには必ず終わりがあります。そして長い目で見れば、その辛く苦しい経験があってよかったな、と思える日が来るのです。ネバーネバーギブアップ。いい人生になるように、がんばっていきましょう。