STORY

+++ 『SHIROH』物語 +++

【初演】

※以下は詳細な物語の説明になります。舞台をまだ見ていらっしゃらない方で
ネタバレを避けたいと思われる方は、この続きを読むのはお控え下さい。

【第一幕】
 いんへるの
舞台は江戸時代3代将軍徳川家光の頃、日本の西の果て、九州は島原・天草地方では領主による圧政に人々は苦しみ飢え、キリシタンへの弾圧も日毎に厳しくなっていた。まさにこの世の地獄〈いんへるの〉であった。
小西行長の遺臣である益田甚兵衛好次とその親子は島原一帯に”天の御子”伝説を流し、”天の御子”のもとに民衆の心をひとつに束ねて、その一子・四郎時貞を大将に、今まさに反乱を起こそうと画策していた。
幼い頃より奇跡を起こす力を持っていた四郎だったが、ある出来事をきっかけにその力を失ってしまう。四郎はその力を失いながらも、なお”天の御子”として人々の希望を一身に受け、反乱軍を率いねばならない立場に苦悩していた。
一方、その頃天草の入り江では、シローとその仲間達(日本人と伴天連の混血児たち)が難破船を修理して日本を脱出しようと計画していた。シローはその歌声で人の心を操るという不思議な力を持っていた。
そこへ江戸の絵双紙屋・お蜜が現れ、シローに、その声を誰かのために使ってみる気はないかい、と囁く。
実はお蜜は松平伊豆守信綱に仕える幕府の密偵、この島原に火種を探しに来たのだった。火種があれば一気に燃え上がらせ、幕府への不満分子を一掃して伊豆守の国造りを完成させる。それが本当の狙いだった。水鏡の術を使い、同じ伊賀忍者である妹のお紅と繋ぐことによって、島原の様子は逐一、伊豆守に報告されていた。
島原・口之津の”さんじゅあんの闇市”では四郎とその姉婿・小左衛門がさんじゅあんに一揆軍を率いてもらうべく、彼の姿を探していた。その場所へ、難破船に残された遺品の数々を売りにシローとゼンザ、さらにお蜜と柳生十兵衛も現れる。そしてこれが、四郎とシローの出会いとなった。
そこへ島原のキリシタン目付・津屋崎主水が現れ、ご禁制の十字架を持っていたシロー達を捕らえようとする。
シロー達は歌声で主水から逃れようとするが、謎の少女リオが現れ、「まだ歌わないで」とシローに告げる。リオは四郎とシローにしか見えない。リオの姿を見ることのできるシローに驚く四郎。
四郎に眼を斬られた十兵衛はお蜜を人質に立ち去り、四郎達はさんじゅあんに会うべくその場を立ち去る。リオの言葉に戸惑うシローは何も抵抗できぬまま、ゼンザと共に主水に捕らえらてしまう。
四郎らはさんじゅあんの館に導かれ、山田寿庵と出会う。南蛮絵師・山田右衛門作の娘、寿庵が”さんじゅあん”その人であった。父の遺志を引き継ぎ闇市を取り仕切っていた寿庵。”さんじゅあん”が若い娘であったことに落胆する四郎と小左衛門。その寿庵にもまた、四郎に反乱軍の総大将として立つことを期待される。実は四郎が立ち上がるその日のために、亡き父とともにこの闇市を開き、そのための資金を蓄えていたのだった。
そこへ天草のキリシタン目付・三宅蔵人に父・甚兵衛と姉・お福が捕らえられたとの知らせが入る。
遂に四郎は兵を挙げる決意する。寿庵も四郎の右腕となるべくその軍へ加わることとなった。
甚兵衛とお福が捕らえられた牢獄の中には、シローとゼンザもいた。
この牢から生きて出られた者はいない。甚兵衛とともに捕らえられたキリシタンの人々は”まるちり(殉教)”を覚悟していた。デウス様の教えを信じれば、必ず魂は〈はらいそ〉(天国)に行ける。シローとゼンザはそんな人々の姿に呆然とするのだった。
そこへまた謎の少女リオが現れた。「歌って」。苦しみに喘ぐ人々の姿を見せたくてこの場所へ導かれたのだと知ったシローは、人々のために希望の歌を歌う。”死ぬしかないなんて、間違ってる!”
そこへお蜜が現れた。「このお方こそ”天の御子”」と叫ぶお蜜。
シローの歌声に勇気づけられたキリシタンの人々は遂に自らの力で牢を破ってしまう。
ちょうど時を同じくして、四郎を大将にした反乱軍もまた牢に攻め込んできた。反乱軍の勢いに押されて逃げ出す主水や蔵人ら。
甚兵衛やお福も無事、脱出し、四郎とシローはともに力を合わせて、島原の民のために戦うことを決意する。2人のSHIROHがここに立ち上がった。
【第二幕】
 はらいそ
2人のSHIROHに導かれた反乱軍は猛然と攻撃を仕掛ける。”天の御子”の下に一致団結した反乱軍の結束は固く、その勢いは、たかが農民の集まりと見くびっていた島原藩も手を焼くほどのものとなっていった。
反乱軍は島原半島の突端にある今は廃城となった原城を自らの居城とすることを決し、キリシタンの人々や幕府に不満を持つ者が次々と結集していた。その数は3万7千人にまで膨れ上がっていた。その中にはシローに請われて一緒にやってきたお蜜の姿もあった。
自らの使命とシローへの思いの狭間で心揺れるお蜜には、もう水鏡の術が使えない。
もはや島原藩だけでは手に負えないと考えた幕府は、ついに板倉重昌を総大将に、討伐軍を派遣することを決定。伊豆守自ら、お紅とともに島原へ向かった。
年が明けた1月1日、幕府軍は反乱軍へ攻撃を仕掛けるが、総大将の板倉重昌は弾丸を額に受け、あっけなく討ち死にしてしまう。反乱軍側の勝利に終わった。
しかし、重昌を撃ったのは、反乱軍ではなく、密かに伊豆守の命を受けたお紅だった。反乱軍を図に乗らせる、それも実は伊豆守の策のひとつだった。重昌は、死んで初めて意味のある人生になった、という訳だ。
総大将を討ち果たした歓喜に酔いしれる反乱軍の人びと。原城での宴は夜遅くまで続いていた。その宴の輪からそっと抜け出す四郎。
四郎の寂しそうな姿が気になるシローは四郎の後を追う。そこで思いがけず、自ら死に追いやってしまった少女リオと四郎の過去を打ち明けられる。リオの死とともに、四郎の奇蹟の力は失われてしまった。「なぜ、お前に彼女が見える?お前は俺を断罪に来たのか」と声を荒げてしまう四郎。シローの歌声の持つ不思議な力を目の当たりにして、四郎はさらに苦悩を深めていった。
その頃、原城の食料庫にはひとりの忍びが潜入していた。原城の食料もまもなく尽きようとしている。忍びを見つけたお蜜と剣を交えるが、その忍びは実の妹、お紅だった。お紅を伴ってその場を立ち去るお蜜。
原城近くの浜辺では四郎と寿庵が月を見上げながら、まだやってこない援軍を待っている。
そこへ人影が。岩陰に隠れる四郎と寿庵。
やって来たのは、伊豆守やキリシタン目付ら、さらにお蜜とお紅がやって来た。その様子を見た四郎と寿庵は驚きを隠しながら密かにその場を立ち去る。
お蜜はシロー達の助命を嘆願するが聞き入れられず、伊豆守に斬りかかる。お紅に取り押さえられその場から逃げ去るお蜜。
原城では四郎達がお蜜の帰りを待っていた。お蜜が幕府の密偵と知った四郎、寿庵、甚兵衛、お福らに裏切り者だと詰め寄られるお蜜。
そこへ騒ぎを聞きつけたシローがやってくる。お蜜を庇うシローはお蜜とともに原城を出ていこうとするが、そんなシローを阻止しようと、四郎は刀を突きつける。その様子に素早く反応したお蜜が、今度はシローの首に刀を突きつける。「動くと、奇蹟の御子の命はないよ」。動けずにいる四郎らに、お蜜は伊豆守のしたたかな策の全貌を語って聞かせる。シローを離し、お蜜はひとり、原城を後にする。
原城に海から突然の砲撃。シローの仲間たち、センやソーイも深手を負う。お蜜を失って自分の歌の持つ力に苦悩する今のシローには、彼らを癒す歌は歌えない。
そこへ伊豆守からの矢文が届く。和睦の提案だった。罠かも知れないと知りつつ、最後の望みをかけ、会合の場所へと向かう四郎と寿庵。
会合場所の浜辺には伊豆守がお紅を伴って現れる。そこへやって来た四郎と寿庵、そして密かについてきたシロー。
伊豆守の話というのは、明日、原城に幕府軍が総攻撃をかけるというものだった。その前に逃げ出せば見逃してやる。明日、城に残っている者は全員、皆殺しだ。欲しいのは皆殺しにした、という事実だ、と告げられる。
そこへ現れるゼンザ、マツら反乱軍の仲間達。四郎は密かに伊豆守を闇討ちにしようとしていた。しかし、十兵衛が駆けつけると、ゼンザ達は難なく斬られてしまう。
カっとして刀を取って向かっていこうとするシローを止めに現れたのはお蜜だった。しかし今のお蜜に伊豆守を斬る力はなく、伊豆守の刀にかかって倒れる。
悲嘆に暮れるシローの腕の中でお蜜は洗礼を受け、そのまま静かに息を引き取る。
原城に戻ったシローは絶望の余り、何かに憑かれたかのように、人びとを”まるちり”へ導く歌を歌い続ける。そのシローをもう誰にも止めることはできない。必死に止める四郎までもが、周囲に取り押さえられてしまう。
シローに鼓舞され興奮した人びとは、弾丸から打ち直した十字架を手に、最後の戦いを決意する。
そして、物見櫓に立ったシローを幾つもの銃弾が貫いた。息絶えるシロー。その姿は十字架に架けられたキリストの姿にも似ていた。泣き叫ぶキリシタンの仲間たち。
”まるちり”を覚悟した彼らには、無駄死には止せ、という四郎の声はもう届かない。
甚兵衛、お福、小左衛門らが次々と幕府軍の銃弾に倒れてゆく。そして寿庵もまた、十兵衛の刃にかかる。倒れた寿庵を抱き締める四郎。泣き崩れる四郎の腕の中で、寿庵は息絶える。号泣する四郎。
そこへ一筋の光。光の中から現れたリオがシローに口づけすると、シローは再び眼を開き、その口からは静かに歌声が響き出す。倒れていた人々がひとり、またひとりと立ち上がる。その中には洗礼を受けてキリシタンとなったお蜜の姿も見える。
天を見あげ「…神よ、もう一度奇蹟を」と最後の望みを託す四郎。静かに寿庵を抱き起こし、口づけすると、寿庵は再びその眼を開いた。呆然とする寿庵を見つめながら、四郎は静かに崩れ落ちる。自らの命を寿庵に与えて四郎は息絶える。
シローの歌声に導かれるように、〈はらいそ〉へと向かう人びと。ひとり、またひとりとこの場から去ってゆく。そして四郎も。
寿庵だけがひとり、この世に残されて、永遠の時を生き続ける。3万7千の魂の代わりに、この国の行き着く先をしっかりと見届けるために…。(終)

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