サンタのいないクリスマス

そして、今年も、サンタのいないクリスマスがやってくる…

 12月23日。

 クリスマスを2日後に控え札幌の街並みの中を行き交う人達の様子も、その日に向けて少しづつ盛り上がってきているように

見える。

 例年よりも早かった降雪。

 札幌大通り公園も、本来芝生がはえているの部分はすべてが白く覆われてしまっている。

 ハーフコートのしたからスラリと伸びるふくらはぎに、木枯らしが絡みつく。

 真冬ではないけれど吐く息も白くなるこの時期、札幌は当然のことだが寒い。

 けれど琴梨の目に映る人達はみんな、なんだかとても暖かそうに見える。

「慌てて家を出てきちゃったの、失敗だったかな…」

 クリスマスのプレゼントだろうか? 小学校低学年ぐらいの少年がおもちゃ屋の包みを脇に抱え後ろを気にしながら歩いていく。

 その後ろをゆっくりと微笑みながら寄り添い歩いていく夫婦。

 頬を赤く染め、黙々と歩く中学生ぐらいの男の子。すこしうつむき加減でその少年のあとに続く少女。

 真っ赤な手袋をしたその少女の右手は、少年のコートの端をぎゅっと握り締めていた。

 琴梨は母と2人暮し。

 父親は事故でなくなった、と聞いている。琴梨自身詳しい事を知らない。

 覚えていないということもあるし、そのことに触れることが母を1番哀しませると言う事を彼女は知っていたから。

 だから父のことについて母と話すことは最近はほとんどなかった。

 2人で、姉妹みたいに寄り添いながら生きてきた。

「サンタにどんなプレゼントを頼むの?」

「プレゼントはいらないか父さんに会いたい」

 まだ小学生の頃、そう言って部屋に引き込こもり母を困らせた事があった。

 そんなことを思い出しながら、琴梨はベンチに座って目の前の出来事を眺めていた。

 陽もかなり傾きかけていて、あと30分もしないうちに日没になるだろう。

 いつのまにか大通り公園のイルミネーションに灯がともっている。

「おにいちゃんからの郵便物って何だったのかな?」

 琴梨はひとりで大通り公園のベンチに座り、日の光とはまた別の輝きに照らされはじめた景色の中で、一人行き交う人達を

ぼんやりと眺めていた。

「ついていない日っていうのは、とことんついていないのよね」

 誰にともなく呟く琴梨。

 テレビ局に勤める母は自分の担当するクリスマス特番のため、

24日、25日は泊まりこみで仕事をすることになる。

 今まではそれでも24日の深夜に1度は家に帰ってきてくれていたのだが、今年はそうもいっていられないらしい。

 母がいちから企画を温めていた番組を担当することになったらしい。

 それだけプレッシャーもおおきいようだ。

 今日だって琴梨が言わなければ、朝食の時納豆にソースをかけて食べるところだったのだから。

「心配しなくても、鮎ちゃんたちとクリスマスパーティやることになってるから…」

「そうかい。すまないね琴梨」

 琴梨はとっさに嘘をついていた。

 高校で1番の仲良し鮎。

 だが彼女の自宅は「沢登」という老舗の寿司屋で彼女はそこの看板娘ということになる。

 クリスマスが、キリスト教のイベントだろうとなんだろうと年末のこの時期が飲食店にとってかきいれ時であることに違いはない。

 とても、琴梨とクリスマスを祝う時間を取れるとは思えない。

 愚痴を言う相手もなく、その手には所在無げに郵便局の不在通知が握られていた。

『まだ、担当者が戻っていませんね。多分帰りがけに、再度配達に行ってると思うのですが・・・』

 郵便局での事務員とのやり取りを思いだし、琴梨はため息をついた。

「ちょっと、買い物にいっている隙に来るんだもの…」

 昼食後、琴梨が夕飯の買い物に出かけているときに、彼からの小包みが一度は届いたらしい。

 留守にしていたため不在票だけが残され、配達員は帰ってしまったようだった。

 不在票の送り主の欄にかかれていた名前を見て、琴梨はスーパーの袋を玄関先に置いたまま、印鑑と保険証だけを持って

家を飛び出してきてしまったのだ。

 けれど、管轄の郵便局で確認したところ、配達員はまだ戻っていないという。しかも再度配達をするため琴梨のマンションへ

向かっているかもしれない、という。

 配達員が郵便局に戻るのは午後7時過ぎ頃だという。

 さすがにその時間まで郵便局で待っているわけにもいかず、琴梨はそのまま郵便局を出てくるしかなかった。

「おにいちゃんのばか。なんでわたしが家にいる時間帯に配達指定をしないのよ」

 完全な八つ当たりだったが、声に出してそう叫ばずにはいられなかった。

 その声に反応するように突然、ベンチの後ろからひとりの青年が琴梨に声をかけてきた。

「あれ、もしかして琴梨ちゃんに嫌われちゃったかな?」

「え?」

 慌てて後ろを振り向いた琴梨の視線の先には…、彼女が『おにいちゃん』

と呼んでいた青年の姿があった。

「うそ、本当におにいちゃんなの?」

「琴梨ちゃんに会いたくてね」

 そう言いながら、その青年は屈託のない笑顔で琴梨にむかって軽く手を上げた。

「もしかして琴梨ちゃんが怒っている原因はこの荷物の事かな?」

 青年の手の中には小包があった。

「まさか自分が出した小包を自分で受け取ることになるとは思わなかったけど」

 そういいながら、青年は小包を琴梨の膝の上に置いた。

「夏にもらっていた合鍵をまだ持っていたから、携帯で叔母さんにだけは連絡いれて部屋に入ろうとしたら偶然郵便配達員の

人が来てお届物ですって…」

彼に促されて琴梨が小包の封を解く。

「よくよく聞いたら、一度昼間に来て不在票をはさんでいたはずだって聞いて、もしかしたら琴梨ちゃんが郵便局の方に来ている

かもしれないと思ったんだよ」

「おにいちゃん、サンタさんみたいだね」

「今日はまだクリスマスでもクリスマスイブでもないけどね」

 中から出てきたのは、一台の携帯電話。

「白いヒゲもはやしてないし、トナカイも連れていないけれど、プレゼントもらってくれるかな?」

「ありがとう、おにいちゃん!」

 琴梨が答える。

 青年はポケットに入っている自分の携帯電話に手を伸ばし登録してあった短縮番号の1を入力した。

 数秒後、琴梨の手の中にある携帯電話から着メロが流れ出した。

 『ジングルベル』のメロディー

 ピッ。

 琴梨がゆっくりと携帯の受電スイッチに触れる。

「もしもし」

 受話器ではなく、青年の方を向いて琴梨が話す。

「メリークリスマス、琴梨ちゃん」

 琴梨の顔を見つめながら青年が応える。

 不意に琴梨は携帯のスイッチを切ると、青年の瞳をじっと見据えながら話し出した。

「あのね、おにいちゃん。プレゼントは本当にうれしいの、それは信じて。

 でも、それよりも先にわたし、一番欲しかったプレゼントをもらっちゃったの」

「え?」

「わたしの目の前におにいちゃんがいること。それが一番うれしいの。

 プレゼントより何より、こうしておにいちゃんと一緒にいられることが…」

 携帯電話を箱に戻し、琴梨は青年の真正面に立った。

「でもね、なんだか夢を見ているみたいでまだ少し信じられないの」

「じゃあ、こうしたら信じてもらえるかな?」

 青年は肩にかけていたバックを地面に落とすと、ぎゅっと包み込むように

琴梨の身体を抱き寄せた。

「うん」

 小さくうなずく琴梨。

「ねえ、おにいちゃん、明日ここでデートしよう。琴梨、大好きな人と

 クリスマスイブに大通り公園で手をつなぎながら歩くのが夢だったの…」

 青年がその言葉にこたえようとした瞬間、不意に北風が琴梨の頬を

吹き抜けていった。

「寒い…けど、あったかいね」

 青年の胸に顔をうずめ、そっとささやく琴梨の頬にゆっくり右手を添える。

 ちょっとだけ強引に引き寄せられた彼の左手に身を任せたまま、琴梨は

ゆっくりと目を閉じた。

 寄り添うふたつの影は、やがて、ほんの一瞬だけひとつに重った。
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     「北へ。」琴梨アフターSS



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