「雲のむこう、約束の場所」台詞集
※注意事項
 なんらかの問題が生じる場合にはただちに削除します。
 無断転載も固くお断りします。

○最終更新2005/5/1 以後更新の予定はありません。


■オープニング
 いつも何かを失う予感があると、彼女はそう言った。
 当時、まだ中学生だった僕には実感がもてるはずもなかったけれど。
 それでも、彼女のその言葉は不思議に僕の心をふるわせた。
 まだ戦争前、蝦夷(えぞ)と呼ばれた巨大な島が、他国の領土だった頃の話だ。

 「すごーい・・・、飛行機!」

 今はもう遠いあの日。
 あの雲のむこうには、彼女との約束の場所があった。


■教室
 宮沢賢治『永訣の朝』

 あの頃、僕たちはふたつのものに憧れていた。

■駅
 「あと何分?」
 「まだ大丈夫よ」

 「ほらっ」
 「あちっ、さんきゅ」
 「ヒロキ、次バイトいつ行く?」
 「あぁ、明日まで部活だから明後日かな。タクヤは?」
 「オレも明日の朝練で最後だから・・・、じゃあ明後日で決まりな」
 「ああ」

 憧れのひとつは、同級生の沢渡佐由里で・・・、そしてもうひとつは、津軽海峡を挟んだ国境のむこうにそびえる、あの巨大な塔。
 いつだって、僕はあの塔を見上げていた。
 僕にとって大切なものが、あの場所には待っている気がした。
 とにかく、気持ちが焦がれた。

■スケート場
 いつか・・・。
 いつか、絶対に行くんだ。

 「白川先輩!」
 「先、行ってるぜ」
 「ああ、わるい・・・」
 「あ、あの、先輩達今日で引退だから・・・」
 「渡したいものあるんです」
 「「ほらカナちゃん」」
 「え、ちょちょっと・・・」
 「あの、これ・・・」
 
■校舎 ヒロキとタクヤ
 「で、断ったのか? いつもみたいに」
 「うん」
 「一年の松浦か、あいつかわいいのに」
 「じゃあ、ヒロキが付き合えよ」
 「はあ?」
 「おまえだったらつきあうのかよ」
 「え、いや、なんでおれが?」
 「お前、誰か好きな奴いるの?」
 「え、な、なんでいや、まあ確かにかわいい子だとは思うけどさ、つきあうって、俺、なにすればいいのか、よくわかんないしさ」
 「お前が告白されたんじゃないだろ」
 「お前がきいたんだろ!」

■駅
 「沢渡・・・」
 「あ、藤沢クン」
 「沢渡、帰り遅いんだな」
 「うん、練習してたら遅れちゃった」
 「ヴァイオリン?」
 「うん。藤沢クンは白川クンと一緒じゃないの?」
 「ああ、オレも部活寄っててさ」
 「藤沢クン、時々一人で弓ひいてるね」
 「え、あ、オレ下手だからさ、雑念多いんだ」


■列車内
 「藤沢クン春休み何か予定あるの?」
 「うん、タクヤと一緒にバイトするんだ」
 「え、バイト? いいなぁどこで?」
 「浜名の軍事下請けの工場、誘導弾組み立てたり」
 「ふうん、すごいなあアルバイトなんて。私は部活くらいだな・・・」
 「そうか」
 「うん」

 『次は中小国、中小国。中小国の次は大平に停車します』
 「あ、もう着いちゃう。あのね、わたし昨日、こうやって藤沢クンと一緒に帰る夢見たんだ。ばいばい、また新学期ね」
 「あ、ああ・・・」

■工場
 「こんにちわ・・・。やった、お茶の時間ですか」
 「おう、こっち座れよ」
 「はい」
 「おせえよヒロキ」
 「ごめん」
 「ヒロキ、聞いたぜ」
 「お前達、海自のチャッカー、盗んできたんだって?」
 「だから・・・」
 「「違いますよ!」」
 「…盗んだんじゃんじゃなくて、天が森で拾ったんですよ!」
 「やっぱり盗んだんじゃねぇか」
 「まぁ、最近はドローンを飛ばした訓練も多いから、大丈夫だろうけど、「足がつかないように気をつけろよ」
 「そうそう、ただでさえここは公安から目ぇつけられてるんだから……」
 「人聞きの悪いこと言ってんじゃねぇよ、仕事しろ、仕事」
 「うーす」
 「じゃあな」
 「はい」
 「お前たちも、明日からちゃんと働きに来いよ。材料費以上にこき使ってやるからな」
 「「はい……それじゃ失礼します」」
 「おう」

 僕達がアルバイトを始めたのには、理由があった。
 まだ蝦夷が北海道と呼ばれ、この国の一部だった頃、津軽海峡の下にトンネルを掘るという計画があったそうだ。
 結局、それは南北分断によって中断されたんだけれど、このあたりの山中には、まだ工事の名残の廃駅やレールがところどころに残っている。
 僕たちはこの山頂にあるそういう廃駅のひとつで、去年からあるものを作っていた。
 米軍の下請け工場である蝦夷製作所で働くのはそのパーツ代を稼ぐためだ。
 手が届くほどの距離に見えているのに、行くことの出来ない、あの場所。
 僕たちはその見知らぬ島も、そこにそびえる巨大な塔も、どうしても目前に見てみたかった


 「だいぶ雪が減ったなあ、早く再開したいな」
 「これでもう雪が降らなきゃね」
 「とにかく、残りの材料をそろえないと、外装用のナノネットと、セルモーターもまだ揃ってないし、大物は超電動モーターだろ。
 最後にはケロシンも必要だし。明日からのバイトだけじゃ追いつかないかもな」
 「なんとかなるよ。夏休みもあるしさ」
 「そうだよな」
 だから、僕達はヴェラシーラと名付けたこの飛行機で、国境の向こうのあの塔まで飛ぼうとしいたんだ。

■サユリの夢
 「また……同じ夢」

■書店
 
「沢渡?」
 「タクヤくん!」


■青森駅のホーム
 「あのさ」「あの」
 「あ、ゴメン」
 「ううん」
 「ヒロキがさ!」「ヒロキくんが!」
 「あ・・・、」
 「……私たち、二人だけで話したことってあんまりなかったよね」
 「そうかもな・・・」
 「ねぇタクヤクン、物理好きなの?」
 「え? ああ、この本? ちょっと興味があってさ」
 「すごいなぁ、わたしのおじいちゃんもね、物理学者だったんだって」
 「へぇ、そっちのほうがすごいよ」
 「でも、会ったこともないんだけどね」
 「南北分断?」
 「うん」
 「そうか・・・」
 「ねぇ、タクヤくんたち、今もアルバイトしてるんでしょ? 楽しい?」
 「どうかな、怖いオヤジの工場だからさ、怒鳴られるしこき使われるし」
 「そんなに怖いの?」
 「ねぶたの鬼みたいだぜ」
 「本当?」
 「今度、見に来るか?」
 「え!? でも邪魔じゃない?」
 「いや、ヒロキもきっと喜ぶからさ」
 「うん、行く行く!」

 「ねぇ、タクヤクン。おかしな話かもしれないけど、笑わない?」
 「え、何? 笑わないよ」
 「じゃあ話すね……あのね・・・」


■電車〜海岸沿い
 「お前、なに勝手なことしてんだよ」
 「しょうがないだろ、そういう話の流れだったんだよ」
 「どうする」
 「塔まで飛ぶことも言っちゃうか?
 「そのことはまずいよ」
 「だよなぁ、でも行き先聞かれたらどうする?」
 「うーん」
 「あの?」
 「「はい」」
 「「は、は、は……」」
 「ふふ」

■工場
 「こんちわー」
 「おう、暑いな今日は・・・」
 「こんにちわ、お邪魔しまーす」
 「や、すいません。え、えーといつもうちの馬鹿二人がお世話になってるみたいで……」

 「岡部さんってさ、独身だったけ?」
 「いや、バツイチってウワサ聞いたぜ」
 「なーんか、分かる気がするな」

■廃駅
 「こんな場所があったんだ! ひろーい」
 「はあ・・・」
 「凄い、飛行機!?」
 「そうだよ」
 「はぁ、これ二人だけで作っているの?」
 「うん、二年の夏から少しづるやってるんだ。さっきの工場でバイトしながら部品そろえて、岡部さんとかに相談しながらさ、なあ?」
 「うん・・・、まだまだ未完成なんだけどね」
 「凄いな……。ね、本当に凄い!!」
 「あ、ありがと」

 「ねぇ、飛行機いつごろ完成するの?」
 「本当は夏休み中に完成させたいんだけどさ」
 「でも多分無理だよ。まだまだ時間がかかりそうなんだ。まあ年内が目標かな」
 「そうか、ねえ、あの飛行機でどこまで行くの?」
 「あの塔まで行くんだ」
 「あ・・・」
 「塔って、ユニオンの塔?」
 「うん」
 「塔まで多分40分くらいで飛べると思うんだ
 「国境をどう越えるかが問題なんだけどね。でもそれも考えがあるんだ」
 「凄い凄い。いいなぁ北海道!!」
 「沢渡も、いくか?」
 「え、いいの?」
 「うん」
 「本当? うん行く、行きたい。わぁ、ありがとう」
 「でも本当に飛べるか判らないぜ」
 「だいじょぶ、きっと飛べるよ」
 「うん。ねぇ、じゃあ、約束」
 「ああ」
 「じゃあ、約束な」
 「うん」

 あの頃は一生このまま、この場所、この時間が続く気がした。
 あこがれていた雲のむこうのあの塔は、僕にとって大切な約束の場所になった。
 あの瞬間、僕たちには恐れるものなんて何も無かったように思う。
 すぐ近くで、世界や歴史は動いていたんだけれど・・・。
 でもあのころは、汽車に漂う夜の匂いや、友達への信頼や、空気を震わすサユリの気配だけが、世界の全てだと感じていた。

■蝦夷製作所事務所
『昨晩から今朝未明にかけ、津軽海峡沖から42.15線までの緩衝地域にかけて、米日軍とユニオン軍の小規模な武力衝突が行われました。
 それをうけ、警視庁は国内のウィルタ解放戦線などのテロ組織によるユニオン大使館へのテロ行動を警戒して3300人の警備要因を都内に配備することを発表しました。
 また航空各社、国鉄新幹線ともに手荷物検査の厳重化を更におし進める方針を発表し、航空、駅からはゴミ箱の撤去が順次行われています・・・』
「おう」

■蝦夷製作所


 「そりゃお前、ケロシンだって何だって金払えば売ってやるけどさぁ・・・。でもジェット燃料は高いぜ。
 素直にレシプロか、超電導モーターにしといたらどうなんだ?」
 「うーん」
 「あとわかるか? よろしくな」

 「なぁ、だいたいなんでわざわざジェットエンジン使うんだよ?」
 「「かっこいいから」」
 「「それだけかよ」」
 「ちょっと待てよ、他にもっと色々理由があっただろ」
 「えーと。あ、あれだ」
 「「せっかく拾ったから」」
 「「違うだろ!」」
 「なんだっけ・・・、二重エンジンにした理由。もっとちゃんとした訳があったんだよ」
 「あ、あれだ・・・」
 「「変形させたいから」」
 「「違うだろ!」」
 「なんでもいいからさ、お前達死ぬなよな。めんどくさいから・・・」
 「ああ、お前ら夏休みにはいったら毎日来いよな」
 「「はーい」」

■音楽室
 「ねえ、本当に弾くの?」
 「うん、放課後にいくからさ」
 「ねぇ、わたしあんまり上手じゃないよ」
 「大丈夫、オレそういうの目の前で見たことないんだ。聴かせてよ」
 「オレも、聴きたいな」
 「うーん、緊張するなぁ・・・」


■廃駅

 「ナノネットは、レーダーを反射しないんだろ?」
 「でも緩衝地帯を飛ぶんだぜ・・・いくらナノネットの外装でもさ、下手に飛んだらユニオンより先にまず米軍に見つかるよ」
 「やっぱりなるべく低く飛ぶしかないか。波と地形にまぎれてさ。早朝に出れば朝モヤにも隠れるし・・・」
 「蝦夷の地図ってあるの?」
 「一番詳しいのでこれしかない。実際の地形は行ってみないとわからないから。上陸後は高度をとるしかないよ」
 「でも上陸さえしちゃえば、ユニオンのレーダーには捕まらないんじゃないか? ヴェラシーラの返す影は小鳥より小さいはずだろ」
 「多分な。よほど運がなければ視認されるかもしれないけど・・・」


 「沢渡!」
 「まってて」
 「だ、大丈夫……、そんなに高くないから・・・きゃっ!?」
 「あ……私たち、前にも……あ」
 「よかった、間に合って・・・今、わっ!」
 「大丈夫か?」
 「うん、ごめんね。ありがとう」
 
 「ははは! 驚いたぜ」
 「何すんだよ!」
 「わっ!はははごめん、ついさ・・・」
 「なんだと!」
 「お前はいったい何がしたいんだよ」
 「はは、そんなに怒るなよ」
 「怒るぜ、お前はもうあがってくるな。行こうぜ沢渡」
 「タクヤ・・・。沢渡、何か言ってやってよ」
 「ふふ、ごめんねタクヤクン」
 「ヒロキがバカなんだよ。いいから行こうぜ」
 「タクヤ・・・」

■作業場
 「私ね、さっき一瞬だけ夢みてたんだ」
 「夢? どんな夢?」
 「忘れちゃったけど、でも、多分・・・あの塔の夢」
 「嘘みたいな眺めだもんな、ユニオンは凄いよ」
 「塔の先、ほかの世界にまでつながっていそうだ」
 「はあっ・・・、夕陽、なかなか沈まないね」
 本当に、あれは特別な夏だった。
 でも僕を囲む世界は、この先何度でも僕を裏切る。
 あれから三年、あの日を境に僕は沢渡には会っていない。


■アーミーカレッジ
 「お客さんがきたけど、気にせずにね。ファーストフェイズ終了、次いこう」
 「はい」
 「次、濾過ステージ。セカンドフェイズ、開始します」
 「指向性解像度は前回より25%プラスです」
 「いいね、今度こそいけるかな? アルゴリズム、うまく選んでいけよ」
 「「はい」」
 「白川、アルゴリズムは?」
 「グループ抽出フィルタリングに手を加えました。エクスンツキノエの論文が元です」
 「エクスンツキノエって、ユニオンのか?」
 「はい」
 「何? どうやってそんなことを」
 「待ってください。反応しだいに増強・・・」
 「誰なんですか?」
 「初めて平行宇宙の実存を証明したユニオンの研究者よ。塔の設計者だっていわれてる」
 「捕らえた! XY、YC、ZC方向に露出反応確認。分岐宇宙は5、いや、6あります」
 「6つか、同調ステージ開始。繋がってくれよ」
 「サードフェーズ開始します。最も近い平行世界に、それぞれ接続アプローチ開始」
 「はい」
 「速い」
 「白川クンが一番近い。接続可能領域まであと12エクサ。11エクサ、10、9.4、9.2・・・.」
 「つながりました」
 「近接するひとつの分岐宇宙接続成功。露出反応安定しています」
 「よし、このまま変換ステージに移ろう」
 「フォースフェイズ、平行世界との空間置換、開始します」
 「あのらせんが塔なのか?」
 「そうです、中心の数インチの空間をこれから別の宇宙とおきかえます」
 「半径60ナノ空間の異相変換確認。急速に拡大。まもなく肉眼で視認できます」
 「あの箇所だけ別の宇宙の組成でできたまったく別の空間です」
 「蝦夷の塔にも同じことが?」
 「あちらは遥かに大規模ですが」
 「我々はまだ数度に一回、砂粒大の空間置換に成功する程度です」
 「ダメだ」
 「ダメです」
 「露出反応減退、以上平行世界との接続をこれ以上維持できません」
 「ふぅ」
 「波動関数取れん。分岐宇宙、完全に消失。半径約1.3ミリの異相置換に成功しました」

 「おつかれさまでした」
 「お疲れさま」
 「冨沢先生、白川くんあきました?」
 「あいたよ。……なんだ君ら、いつも一緒だなあ」
 「先生が慣れるまでついててやれって、言ったんじゃないですか」
 「そうだっけ? あ、マキちゃん、僕明日から東京出張だから」
 「研究報告会でしたよね?」
 「それもあるけど、例の鍵がみつかったみたいなんだ」
 「鍵って、前先生がおっしゃってや?」
 「うん」
 「君ら脳科学チームは忙しくなるかもね」
 「マキさん……」

■アーミーカレッジ廊下
 「軍人さん、最近よく来るね」
 「スーツのほう、多分NSAですよ」
 「NSA?」
 「国家安全保障局」
 「ふーん、テロの噂、最近多いもんね」
 「今日はうまくいったの?」
 「まだまだです。ぎりぎり肉眼で見える程度の置き換えがやっとで、ユニオンの塔には及びもつきません」
 「それは仕方ないわよ。もともと基礎物理から大きくリードされちゃってるんだし……」
 「蝦夷のあの写真、私も見たよ」


■エレベーター内
 「分からないのは、異相変換がなぜ塔の周囲2キロメートルでとまっているかです」
 「攻撃目的だとしたら、それじゃ意味がないし・・・」
 「なにかの事故で機能が停止しているのか、それとも単にそれだけの実験施設なのかしら」
 「あるいは異相変換自体が、設計者も意図しなかった機能の暴走なのか……。冨澤教授は塔の機能を抑えこんでいるような、なんらかの外因があるんじゃないかって言ってますね」

■アーミーカレッジ

 「ね、白川くん、明日はなにしてるの? 高校もお休みだよね?」
 「ちょっと調べたいことがあるので……」
 「図書館?」
 「いえ、知り合いの工場に」

 「見たいって、うちは見学施設じゃねーんだぞ! え? なに?」
 「女の子? いくつの子?」
 「知りませんよ。でも、まあ綺麗な人ですよ・・・多分」
 「ああ、じゃあ待ってるからねー」

■蝦夷製作所にて
 「へえー、すごいアンテナですね」
 「ははは、ちょっとだけ非合法なものもまじってるんですけどね。これで結構、面白いところにも繋がるんですよ」
 「へー」

 「じゃあ、マキさんは脳の研究が専門なんですか?」
 「はい。記憶とか睡眠とか夢とか・・・」
 「タクヤと一緒の研究室ですよね? お前、塔の研究をやってるんじゃなかったっけ?」
 「ええ、オレの方は塔の研究で、どういえばいいのかな、どちらも平行世界を扱う研究なんです」
 「平行世界?」
 「あの・・・、人が夜、夢を見るみたいに、この宇宙も夢を見ているんです。
 『こうであったかもしれない』っていうさまざまな可能性をこの世界は夢の中に隠していて、
 そのことを私達は平行世界とか分岐宇宙って呼んでいます。
 私の研究はその平行世界が人の脳や夢に及ぼす影響を調べることです。
 ユニオンのあの塔も同じものを観測してるって説が有力なんです。
 テクノロジーで平行世界が観測できるようになった一方で、生物の脳も太古から無意識のうちにそれを感知してきたのかもしれない。
 量子レベルで脳の中を行き来する分岐宇宙の情報が、ひょっとしたら人の予感や予知といったものの源泉なのかもしれない。
 そんな研究をしています」

 「へぇ、宇宙の見る夢なんて、なんかロマンチックですねぇ」
 「「ロマンチック?」」
 「何だよ!」
 「いえ・・・」
 「別に・・・」
 「でも、マキさんご立派です。お若くして、政府諮問機関の研究員とは」
 「いえ、そんな……でも私、塔に憧れていたからやりがいはあるんです」
 「俺もですよ。実は憧れたなぁ」
 「でも本当に凄いのは白川くんのほうなんです! 最年少の外部研究員で一番熱心で」
 「私、前からかっこいいなぁって」
 「いや、そんな、俺なんて・・・全然」

 「私、そろそろおいとましないと……。ごめんなさい、なんだか私ほとんど自分で食べちゃったみたいで・・・」
 「タクヤ、市内までいくのか?」
 「ええ、マキさんを送って」
 「俺も乗せてってよ」
 「「え?」」
 「いいですよ」
 「「えぇーーー!」」

■車内で
 「駅で降ろしてくれるか」
 「岡部さん、帰らないんですか?」
 「明日から仕事で東京なんだよ」
 「岡部さん」
 「ん?」
 「お願いしてた事、考えてくれました?」
 「何だっけ?」
 「ウィルタのことですよ」
 「ああ、お前もくどいな。それより研究室、頑張ってるみたいじゃないか。そっちがやりがいがあるんだろ?」
 「そういうわけじゃ・・・。ただ、早く片付けちゃいたいんです、あの塔のことは」

■国鉄総合病院病室内
 「どうしました?」
 「いえ、東京からもあの塔が見えるとは思わなかったもので」
 「ああ、時々そういう日があります。今日は空気が澄んでますから。……こちらです」

 「そちらが、この病院にいらしてからの経過です」
 「中学三年の夏に発症。原因は不明、次第に睡眠時間が長くなり覚醒状態が一定期間維持できたのは最初の2ヶ月のみ。
  この三年間眠り続けている・・・と。何らかの夢を見続けているわけですね」
 「そういう脳波は記録されています」
 「ふうん・・・DNA鑑定は?」
 「6枚目です」
 「……なるほどね。分断された血筋なわけだ。結構。でわ、こちらが厚生労働省からの要請書です」
 「移送の日にちが決まり次第、正式に書類が届きます」
 「この手紙は?」
 「患者さんが入院当初、書いていたもののようです」
 「読みました?」
 「いえ」
 「蝦夷製作所……?」

■研究発表会会場
「このように、行く手で枝分かれしていく多元宇宙の偏りを検地することで、非常に高精度の未来予測が可能になります。私の研究室の最終的な目標もここです。
これらは従来の理論モデルや確率論ではなく、あくまでも現実の未来の結果をもとにした情報であり、このことが政治・軍事の意思決定の場面に及ぼす影響は計り知れないでしょう。
ただ、率直に言って、一方でユニオン側の量子重力論の応用技術は我々とは比較にならないほど高いレベルに達していると考えざるを得ません。
蝦夷に建つあのシンボリックな塔の建設が始まったのは南北分断直後の74年、稼動が開始されたのは96年ごろと推測されていますが、設計の中心的役割を果たしたと言われている
エクスン・ツキノエが本州の出身であることは我々連合側にとっては皮肉なことです。
……さて、続いて実際に平行世界の情報を検地していくためのいくつかの新しい技術的試みについて説明します・・・」

■東京
 「態度の悪い奴がいるなと思ったよ」
 「ちゃんと話は聞いてたぜ。要するにアレだろ、神サマの見ている夢を覗き見て、夢判断をしたいってことだろ」
 「まあ、だいたいあってる。なんだ岡ちゃん、興味があるの?」
 「ちょっと予習したんだよ。それより今晩、久しぶりにどうだ?」

■居酒屋
 「白川くんは優秀だよ。確かにいい素質がある」
 「声かけてみてよかっただろう?」
 「うん。でも岡ちゃん、いつから学生の斡旋なんて始めたの?」
 「いや・・・、あいつらはちょっと・・・特別なんだ」
 「あいつら?」
 「ああ、もう一人、心配なのが東京に来てるはずなんだが、連絡が取れねぇんだよな・・・。奴ら二人で飛行機作ってたんだぜ」
 「そりゃ懐かしいね・・・なんだい、そのための上京? もっと違う用事かと思ったよ」
 「なんだと思った?」
 「ウィルタの件」
 「実はそうだ。そっちが本題。PL外核爆弾が手に入ることになった。入手経路は聞くなよ」
 「聞かなくてもだいたい分かるよ。……で、何? まさか塔効くかどうかってこと?」
 「・・・そうだ」
 「そりゃあ効くんじゃない? 塔の外装は一瞬で蒸発するだろうし、内部はナノネットの巨大なリボンで構成されているらしいんだが、これもたぶん燃えおきるだろうな。
 そうだね、PL外殻爆弾は最適かもしれない」
 「そうか」
 「でもさ、ウィルタのそういう行動は開戦の機運を高めるよ、やめとけば?」
 「だからやるんだ」
 「決定事項なの?」
 「だいたいな。……開戦を望んでいるエライ人達がいっぱいいるからな」
 「君らの理念は南北統一じゃなかったのか?」
 「今でもそうだぜ」
 「もったいない記はするけどなぁ。あれは連合側からは信じられないような技術の結晶だぜ? どうせただ建っているだけで現実的な影響はないんだし」
 「隠すなよ、今は止まっているように見えるが塔は周囲の空間を裏返す強力な兵器である可能性がある」
 「知ってたのか」
 「ああ」
 「僕はあの眺め、好きなんだけどなぁ」
 「時々そういうロマンチックなヤツがいるよなぁ」
 「岡ちゃんさぁ、僕も聞いていいかな?」
 「ん?」
 「暫く前、あの塔の秘密に繋がりそうな人間が見つかったんだ」
 「へえ」
 「まだ十代の女の子だよ」
 「へえ・・・それで?」
 「岡ちゃんの、知ってる子じゃないのか?」

 「しつこいかもしれないけど、彼女のこと、はっきりするまで白川君には内緒にしておいたほうがいい。仲が良かったのならなおさらだ」
 「いずれバレるぜ?」
 「だとしても、今から悩ませる必要はないだろう。もう安全保障局の管轄なんだ。クビをつっこまないほうがいい。……この宇宙が見る夢がどんなものなのか、僕も、それは見たいとは思うけどね」


■サユリの夢
 そこはずっと遠くの宇宙からやってきたような冷たく深い風が吹いていて、空気には違う宇宙の匂いがしました。

 空と、雲と、崩れた街・・・。
 どこまで歩いても、誰もいない。
 寒い・・・。
 わたし、どうしてこんなところにいるの?
 だれか、ねぇだれか・・・ヒロキくん


■東京
 また、あの夢だ……。

 ヴェラシーラを、結局、僕たちは飛ばさなかった。
 3年前、サユリが僕たちに何も言わないで消えてしまったことはそれなりにショックだったし、そのことで飛行機作りをやめてしまった自分たち自身にも、僕たちは腹を立てていたのだと思う。
 中学卒業後、タクヤは青森県内の高校に進学し、僕は東京の高校に来た。東京まで来ればユニオンの塔は見えなくなると思ったからだ。
 でもそれは期待はずれで、時々、天気はいいと東京からも塔はかすかに見えた。そういう日、僕は1日、暗い気持ちに支配された。

 「この戦車、藤沢君のふるさとまで行くんだよね?」
 「ああ、そうだな」
 「ね、こうゆうのってゆっくりで飛び乗れそうじゃない? 二人で青森まで密航しようか?」

 時々、岡部さんからは近況を知らせる手紙が届いた。返事は、一度も出していない。
 部屋にたどり着いてドアを閉めるたび、まるで体中の骨が皮膚を突き破るような激しい心の痛みを感じる。
 いつのまに、僕はこんなものを抱え込んでしまったのだろう。

 一人暮らしの夜は長く感じた。
 上手く時間をやり過ごせないときは、僕は近くの駅まで歩き、誰かを待っているフリをしながら時間をつぶして、
 それにも飽きると、部屋までの帰り道をなるべくゆっくりと歩いた。
 高校に友達はいたけれど、制服を着ている時以外は、どうしてかあまり一緒にいたいと思えなかった。
 3000万以上の人間が暮らす街で、考えてみれば、会いたい人も話したい人も、僕には誰もいなかった。
 そういう日々の中で、時々、サユリの夢を見た。
 それはどこか冷たい場所に一人きりでいるサユリを必死で探す夢で、結局いつも、サユリの姿は見つからなかった。
 ただ、心をふるわすようなサユリの気配だけは、目が覚めてからも体にのこっていた。
 気が付けば、東京に来てから3度目の冬だ。まるで、深く冷たい水の中で息を止め続けているような、そんな毎日だった。
 僕だけが・・・。

 私だけが、世界に一人きり、とりのこされている、そんな気がする。


■ユニオン領南端
 「俺、いつか蝦夷にくることは夢だったんですよ。あっけなく来れちゃうもんですね」
 「ここはほんの南端だけどな。ユニオン側に家族でもいるのか?」
 「そういわけ訳じゃないんですが」
 「お前は分断後の世代だからな。憧れる気持ちも分らなくはないよ。社長なんかは南北分断で家族と別れてるからな、また別の気持ちがあると思うぜ」
 「え、そうなんですか?」
 「でも意外だったよ」
 「え?」
 「社長がお前を巻き込むとは思わなかった」
 「おれが無理やり頼み込んだんです」
 「連れてってくれなきゃ、公安にタレ込むって言って」
 「オマエ危ないこと・・・」

 「社長!」
 「冗談じゃねぇぞ。まったくマヌケな役人だぜ。内通がバレたんだ。出してくれ!」
 「今回はちょっと危なかったですね」
 「まあ、お陰で侵空のメドがついたぜ。ここまで来た甲斐もあったってもんだ、なぁ」
 「社長! 船がいます! 巡視船です!」
 「どうせ開戦は決定済みだってのにマジメに働きやがって……マズいな、振り切ってくれ!」
 「はい!」
 「国境まであと3分だ。佐藤! 宮川! 銃座に出てくれ!

 「タクヤ! 大丈夫か、タクヤ!」

■サユリの夢

 「あの翼……私知ってる・・・」

■アパート
 目を覚まし、一瞬、自分がどこにいるのかよくわからなくなる。
 僕はもしかして間違えた場所に来てしまったのではないかと、時々思う
 今では、サユリの夢の方を現実よりも現実らしく感じている

 「入院先?」

 「サユリ・・・」

■サユリの手紙
 ヒロキくん、タクヤくん。
 二人の前から黙っていなくなってしまったこと、ごめんなさい。
 夏休みを一緒に過ごしたかったのに残念です。
 目が覚めたとき、私は東京の病院にいて、それからずっと入院しています。
 病院の人には、今までの関係は一切断ち切るべきだからといわれていたのですが、
 どうしてもとお願いして、今これを書いています。
 二人に読んでもらえるように岡部のおじさん宛てに送ります。
 でも、何を書いたらいいかよくわかりません。
 何度も同じ夢をみます。
 誰もいないがらんどうの宇宙に私ひとりだけがいる夢。
 その夢の中では私の全部、指や頬、爪やかかとや、髪の毛の先までが、寂しさに強く強く痛がっています。
 3人で過ごしたあのぬくもりに満ちた世界。
 あの頃のほうが、まるで夢だったみたいです。
 でもあの頃の思い出さえなくさなければ、もしかてわたしはこの先・・・ほんのわずかでも現実につながっていられるかもしれないって、そう思っています。

■病院フロント
 「転院したんですか?」
 「はい、1週間ほど前に。詳しくは移送先の病院に聞いていただけますか」
 「はい……、あの、沢渡さんの入っていた病室って…」

■サユリの手紙
 ヒロキくん、タクヤクン。
 あの白い綺麗な飛行機は、海の向こうのあの塔まで無事に飛びましたか?

■サユリの病室
 「なんだろう……夢と、同じ空気だ……。沢渡……そこに、いるのか……?」

 「「ずっと・・・」」
 「「ずっと、探していた」」

 「沢渡、俺、今度こそ約束をかなえたいんだ。沢渡を塔まで乗せてヴェラシーラを飛ばすよ。そうすれば僕たちはまた会えるって気がするんだ。
 ねえ、もう一人にはしないよ、僕はもう何も諦めない。ずっと沢渡を守るよ、約束する」
 「うん……約束」
 「一緒に、塔まで飛ぼう」

■アーミーカレッジ
 「先生! 来てください!」
 「塔の稼動レベルがが急に上昇したんです。異相変換の範囲が急激に広がっています」
 「同じタイミングで対象の意識レベルも上昇しているんです。目が覚める前兆かもしれません。これってやっぱり・・・」
 「異相変換の半径20kmを超えました!」
 「これは・・・世界を書き換えるつもりなのか……?」
 「対象の意識レベルが低下に転じました」
 「異相変換のスピードも低下、停止します」
 「半径約26qまでの範囲が平行宇宙と書き換わりました」
 「対象の意識レベルも通常の水準まで落ちています。睡眠、再び安定しつつあります」
 「富沢先生……」
 「うん・・・やはり対象の眠りが塔の活動を抑えていた鍵だったんだ。塔の捉える平行宇宙の情報は、周囲の空間を侵食するかわりに今は対象の夢に流れ込んでいる。
 沢渡サユリには、夢を見続けていてもらうしかない」


■病室
 ただ・・・、夢を見ていたのかもしれない。
 それでも、肌に触れたサユリのぬくもりは、僕の体を温め続けていた。
 今はもう、遠いあの日。
 僕たちは、かなえられない約束をした。



■青森駅ホーム
 「ねえ、タクヤくん。おかしな話かもしれないけど、笑わない?」
 「え、なに? 笑わないよ」
 「じゃあ話すね。あのね、最近よく見る、夢の話」
 「高い塔? ユニオンの塔みたいな?」
 「ううん。もっといびつで・・・不思議な形。私のいる塔の他にもそういうのが周りにはいっぱい建ってて。
 私にはなぜか分るんだけど、その一つ一つが別の世界、この宇宙のみている夢なの」
 「私はずっとその場所からでることが出来なくて、ずっと一人きりですごく寂しくて・・・。それでね、もう、きっとこのまま消えちゃうんだろうなっていう時にね、空に白い飛行機が見えるの」
 「飛行機?」
 「うん」
 「それから?」
 「夢はそjこでおしまい」

■津軽の病院
 「よかった! 白川くん、目が覚めたのね」
 「マキさん……」
 「心配したんだから」
 「あの、どうして・・・」
 「まだ肩は痛む?」
 「イエ・・・」
 「ちょっとゴメンね。熱も下がったみたい。ね、お腹すいてない? 何か食べる? りんごとバナナと、あとケーキも買ってきちゃった! どれがいいかな・・・」

■アーミーカレッジ特別病棟
 「白川君のIDじゃ入れないよ」
 「怪我はもういいの?」
 「あ、はい。すみません、ご心配をおかけして…あの…」
 「マキちゃんから聞いたんだって? 会っていくかい?」

 「眠り続けるのは、塔から流れ込む平行世界の情報に彼女の脳が耐えられないからだと推測されてる。もし彼女の眠りが破られれば、塔を中心に、
 世界は瞬く間に平行宇宙に飲み込まれることになると思うよ。……もっとも、どうしたら彼女を目覚めさせること出きるのかも我々には分からないんだけどね」
 「開戦を控えて数日中に本国のNSA本部へ移送されることが決まったよ。この分野で大きく立ち後れている連合にとっては、彼女は貴重なサンプルなんだ」
 「……どうして、沢渡なんでしょう」
 「分かっていないことのほうが多いが、たぶん、偶然ではないと思う。塔の設計者であるエクスン・ツキノエは彼女の祖父だ」

■蝦夷製作所

 「聞いたとおり、もはや塔は明らかに兵器だ。この25年日常の風景にどうかしたあの塔はあらゆるものの象徴だった。
  国家や戦争や民族、あるいは絶望や憧れ、その受けとめ方は世代によっても違う。
  だが、誰もが手の届かないもの、かえられないものの象徴としてみているという点では同じだし、そうおもっている以上この世界は変わらないだろう。
  3日後の早朝に、ユニオンに対しアメリカ政府から宣戦布告が行われる。その開戦の混乱に乗じ塔への爆破テロを行う。
  無人のプレデターで蝦夷に侵攻、攻撃にはPL外殻爆弾を載せたシーカーミサイルを使う。ウィルタ解放戦線は同日解散、この工場も今日で閉鎖だ」

■タクヤ自宅
 「ああ、ああ。わかった、じゃあ明日な」

■事務所前
 「よお」
 「3年ぶりだな、タクヤ」

ラーメン屋
 「いつ来たんだ?」
 「おととい。今は廃駅に泊まりこんでるんだ」
 「廃駅に?」
 「うん、タクヤさ、その腕どうしたんだ?」
 「ああ、ちょっとな」
 「なんだよ、ちょっとって」
 「後で話すよ」

■蝦夷製作所
「今日も休みなのかなぁ……お、チョビ、元気だったか? 久しぶりだな」

■廃駅格納構内
 「ヴェラシーラを飛ばす? 沢渡を乗せてか?」
 「うん。組み立てはあと一日もあれば終わるよ。あとは・・・制御ソフトの問題だけど・・・」
 「待てよ。おまえ、俺の話聞いてたのか? 沢渡は眠り続けてるし、塔は……」
 「塔は、テロの標的になってるんだろ?だからタクヤの助けが必要なんだよ。
  言っただろ、ずっと考えていたんだ。塔まで一緒に飛べば沢渡は目覚めるとおもうんだよ」
 「お前……そんなことのために帰ってきたのか?」
 「そ、そんなことって……、約束したじゃないか、俺たち。沢渡の夢を見るんだ。何度も繰り返し。沢渡は誰もいない場所に一人でいて、何も思い出せないって言ってた。
  でも、あいつ約束のこは覚えている。夢でもう一度約束したんだよ、今度こそ塔へ連れていくって。あれが・・・ただの夢とは思えないんだ」
 「今更のこのこやってき、何かと思えば夢の話か。お前を見ていると苛々するよ。ガキの遊びにつきあってるほどヒマじゃないぜ。
  いつまでもこんなモノに執着してるからだ。オレが忘れさせてやるよ」
 「やめろーー!」

 「タクヤ・・・」
 「サユリを救うのか、世界を救うのかだ」

■教室 ヒロキの夢?

 「あっ、ちょっと忘れ物しちゃってさ」
 「そうなんだ」
 「沢渡、帰らないのか?」
 「あ、うん帰るよ」
 「ヒロキくん、どうしたのほっぺ?」
 「あ、ちょっとタクヤとケンカしてさ」
 「だいじょうぶ?」
 「だいじょぶ、だいじょぶ。きっとすぐ仲直りするんだ、多分」
 「じゃあな、お休み」
 「ヒロキくん、ね、駅まで行くの?

 「いつも予感があるの・・・、何かをなくす予感。世界は本当にきれいなのに、私だけがそこから遠く離れちゃってる気がするんだ」

 でも、僕にはその時、サユリが輝く世界の中心にいるように見えたんだと思う。
 ・・・ああ、そうか。
 今、とても大切ことが、なにか、わかった気がしたのに。

■蝦夷製作所
 「すいません、誰かいませんか! 岡部さん! ヒロキです、岡部さん!」
 「……連絡先だけでも」

 「うわっ!」
 「……やっぱりヒロキか。でかくなったな」
 「お、岡部さん。あの、これって……」
 「タクヤに聞いたぜ。覚悟のほどを、見せてもらおうかな」
 「オマエ達で、塔を壊せよ」

■アーミーカレッジ
 「爆破テロの噂、本当かしら?」
 「どうでしょうか。ただ開戦はもう目前だろうし、そうなれば塔の研究どころじゃなくなるかもしれません。結局、ツキノエがしていることも、
  ウィルタのようなテロ組織がしていることも、南北分断への抗議って意味では同じことなんじゃないかって気がします」
 「白川くんて、ちょっと不思議よね。なんだか秘密が多いみたい」
 「いえ、そんなこと」
 「ごめん、お茶入れるね。それから、傷、手当てさせてね」

 「白川くん、最近傷だらけだね」
 「すみません」
 「何か大変なこととか、あるの?」
 「いえ、大丈夫です、すみません・・・」

 「……そいつ、一番の友達だったんです」
 「え?」
 「ケンカの相手です。同じことに憧れて、同じものを目指してました」
 「うん・・・」
 「でも別々の場所に進んで、何て言うか、俺はどこに向かっていけばいいのか分らなくて。わけのわからない力や衝動はそれでも体の中から溢れてくるのに」
 「うん」
 「だから、この研究室に入れてすごく安心したんです。やるべきことが見つかったような気がして。それに・・・。
  マキさんに出会えたことも、嬉しかった。だから、あなたを巻き込みたくないんです」
 「どうしてもやらなきゃいけないことがあるんです。全部終わったら、俺、もう一度マキさんに会いたいです」
 「白川くん!」

■アーミーカレッジ特殊病棟
 沢渡……今度こそ約束の場所に行こう。

■蝦夷製作所
 「どういうことだよ岡ちゃん、子供をそんなことに利用するのか?」
 「あいつらが望んだんだぜ。それに塔の周りはもともと平行宇宙とやらに飲み込まれてるんだろ。人死にはでねよ」
 「だからってそんな・・・」
 「まぁ落ち着けよ富沢。それに、帰ってくる頃にはあいつらも子供じゃないさ。お前が今何を考えていこと、当てようか?」
 「……やれやれ」
 「じゃあな、切るぜ。いよいよ大詰めか・・・」

 「サユリちゃん、ほんとにそれで目覚めるのか?」
 「俺も、なぜか今は確信があるんです。あの日の約束が、多分沢渡の現実への絆なんです。今も夢の中でヴェラシーラをずっとまってる。
  俺もヒロキもそれをどこかで感じ続けていたような気がします。ヴェラシーラは二人乗りだし、この腕じゃ操縦は出来ないから、俺は残って塔の行方を見届けます」
 「冷えると思ったらまた降ってきやがった」
 「それじゃ、行きます」
 「ああ。まぁアレだ、久しぶりのコンビなんだから、仲良くやれよ!」

■廃駅格納庫

 「どれだ?……これか?」

 「岡部さんからきいたか?」
 「あぁ・・・」
 「タクヤ、BIOSはどのバージョンを使えばいいんだよ? 途中でラダーの位置変えただろ、それ以降のが無いんだ」
 「この中だ。シーカーミサイルぶんも入ってるから。あと何が残っているんだ」
 「超伝導モーターの配線が少し、あとソフトと微調整だけだよ」
 「宣戦布告予定まであと5時間、その後の開戦に紛れて飛ぶしか手はないからな。ソフトは俺がやるから、ヒロキは配線を仕上げてくれ」
 「ああ。それからタクヤ! なんだよあのエラーメッセージ」
 「え?」
 「バージョンチェックの」
 「バージョンチェック? ああ、そこ、お前がくんだとこじゃないか? 3年前に」
 「あれ、そうだっけ?」
 「相変わらずだな……。バカ」

 「ヒロキ! ちょっと見てくれ」
 「なに?」
 「津軽沖での戦闘状況予測が出たんだ」
 「だいたい予想通りだ」
 「前線は42度線あたりまでか・・・。内陸部、特に塔の周辺はがら空きだね」
 「地上は侵食が進んでいるからな。どう行く?」
 「海峡を抜けるまではジェットで低空をすり抜けて、42度線を抜けてココのヤマにさしかかkったあたりで高度をとって巡航飛行・・・こんな感じでどうかな?」
 「そうだな、他にやりようもなさそうだ。塔に着いたら沢渡の目覚めと前後して、地上の位相変換が再開する筈だ。
  そうなったらすぐに離脱して、塔から10km以上離れたらシーカーミサイルを飛ばしてくれ。自律飛行で塔まで飛ぶようにしてあるから、それで全て終わりだ」
 「ああ」
 「開戦まではまだ二時間近くある。思ったより早く仕上がったな」
 「うん」
 「……ヒロキ」
 「ん?」
 「もしかして、お前ヴァイオリン弾けるのか?」

 「それにしてもさ、バカみたいに一途だよなぁ、オマエって」
 「余計なお世話だぜ、オマエが頼んだんじゃねぇか」
 「こっち向いてやれよ」
 「うるさいなぁ! 黙って聴けよ!」
 「ははっ」

■サユリ夢の中
 目覚めの予感に、体がふるえているのがわかる。
 どうしてだろう、今は、期待よりも恐れの方が強い。

 いつも何かをなくす予感があると、サユリはそう言った。
 いま、僕もかすかに同じ予感を感じる
 「「でも」」
 「いつかの放課後の約束、あの塔まで、私は行くんだ」

■アーミーカレッジ

 「塔の稼動レベル、再び上昇! 分岐宇宙の侵食範囲、広がりつつあります」
 「現在半径36キロ、毎時0.4キロでゆっくりと拡大中です」
 「目覚めの予兆に反応しているのか? 大丈夫なんだろうな、岡ちゃん」
 「先生! いま、宣戦を布告がなされました。まもなく津軽沖で最初の衝突です」

 「陸だ!」

■ヴェラシーラ内
 「ねぇ、サユリ・・・。約束の場所だよ」
 「あの翼・・・、ヴェラシーラ」
 「あぁ、夢が消えていく。ああ、そうか・・・、私がこれから何をなくすのか、わかった」
 「神さま」
 「「神さま、どうか・・・」」
 「サユリを、眠りから覚まさせてください。どうか・・・」
 「おねがい、目覚めてから一瞬だけでもいいの。今の気持ちを消さないでください。
 ヒロキくんに私は伝えなきゃ、私たちの夢での心のつながりがどんなに特別なものだったか。
 誰もいない世界で、私がどんなにヒロキくんを求めていて、ヒロキくんがどんなに私を求めていたか」
 「サユリ」
 「お願い。私が今まで、どんなにヒロキくんのことを好きだったか、それだけを伝えることが出来れば、
 私は他にはなにもいりません。どうか一瞬だけでも、この気持ちを・・・」
 「サユリ?」
 「フジサワくん・・・」

■アーミーカレッジ
 「異相変換、急速に拡大! 蝦夷が、のみこまれていきます!」

■ヴェラシーラ内
 「サユリ?」
 「わたし・・・」
 「わたし 何かあなたにいわなくちゃ・・・とても大切な・・・消えちゃった・・・」
 「大丈夫だよ、目が覚めたんだから。これから全部、また・・・」
 「おかえり、サユリ」


 約束の場所を失くした世界で、それでも・・・、これから僕たちは生き始める。

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