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Soliloquy |
ひとりごと
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以前の日記や書き溜めた言葉をなんとなく 並べてみたら、これは面白いなぁ、と思ったのでやってみました 時系列で眺めると若いときのほうが言葉が素直だなぁ、と思うわけですよ |
「求められている理想型」
最近、やっと分かったことがある。
自分は今まで、どんなに自分が苦しいときでも、誰かを助けられるような人間になりたいって、ずっと思っていたの。
それが強い人間の証明だと決めていたから。
でもね、自分にはそんな強さを手に入れることは、ちょっと無理って、この年になってやっと理解できたんだ。
それはオトコとして情けないけど、ま、しゃーない。
だから、誰かを助けられるために、常に自分は余裕シャキシャキ(死語)であるべき。
これがいまオレに求められている理想型。
「オーストラリアに住むにあたって」
なんで、ボクはこの地で新しい人生を初めたのだろう。
なんで、ボクはボクを愛してくれる人たちと別れたんだろう。
なんで、ボクは日本の安穏とした生活を捨てたのだろう。
将来が約束されたわけじゃない。でも、一人で生きていく分には申し分の無い生活が出来ていた。
なんで、ボクはそれを簡単にひっくり返してしまったんだろう。
ときどき思うんだよ、自分はなんてワガママな人間なんだと。。。
それでも、、、いろんな人に迷惑を掛けちゃってでも、自分は自分であることを貫き通したかったんだよ。
「11月 東京の空」
夜の星はこんなにきれいなのに
昼の空はこんなに清々しいのに
なのに、ボクのそばにアナタはいない
でも、きっとアナタは同じように空を見ている
ってボクは思うんだよ
「またヲイタをする自分に向けて」
自分の我を通すために大事な人を傷つけて、それが真実そうだと、ハタと気付き、自分の行為に絶望する。
もうそんなことはしたくない、と言いながら気が付いたらまたやっちゃって、あーもうなんでこの子は学習能力が足りないんだろう、と我ながら辟易する
あなたの幸せを祈ってる、なんて物分かりの良い大人を装ってもすぐに化けの皮が剥がれるのさ。
だって君は頭では理解していても、心の中ではこれっぽちも納得してないからね。
君は同じ過ちをもう呆れるほど何年も繰り返してるんだよ。
それをちゃんと認識してるのかなぁ?
分かってるのかなぁ?
わがままにも程があるんじゃないの?
マッタク、コイツニハツケルクスリガナイネ!
「懐かしむ」
みんなで笑いながら、麻雀したり、ゲームしたり、パーティをした時代が懐かしいです。
なんで、みんな大人になっちゃうんでしょうね。。。
「そろそろ分かったかも」
負けて、また強くなりました。
ほんと、みんなには感謝です。。。
「親父発言」
新人の頃、上京して、何もかもが輝いて、無邪気になんでもできると信じて疑わなかった日々。。。
青春しとったなぁw
「別れる」
一人はいやだけで、向こうのことを考えたら、それが一番いいかなぁって思ったから。。。
そうしないとお互いに前に進めないのよ。
自分の中で恋愛感情が無くっているのに、そういう自分に気が付いているのに、分かっていても、勇気が無くてさ。。。
正直、言うのがツラかったよ。
やっぱ、オレは弱いっち〜人間やなぁ〜、と思う次第で。。。
「オレたちの将来は明るいね!」
「病気」
夏はあっけなく終わった。
だけど、2週間はマジックをしなくていいとは、なんと幸福なことなんだろう。。。
「アリーナ席、3万で済めば安いっしょ!」
「まだ分かっていない」
負けた分だけ、強くなれると信じて今後も頑張ります。
どんなに難しい状況でも、努力することを覚えました。
デックに対する理解も日に日に深まります。欲しいのは結果です。
「友によせて」
みんながいるから、私が私でいれます。
「コンプレックスからの開放」
高校生時代は、友達とTRPG(テーブルトーク・ロールプレイングゲーム?)をしたり、関連のイベントに行ったり、ゲーセンに通い、アニメや自分達の将来を大いに朝までしゃべりまくったものです。
しかし、その一方で、自分は他の人たちと違った人間である、という異常なコンプレックスがありました。
いわゆるアニメ・ゲームオタクというヤツですね。自分の趣味なんだから、他人にどう言われようと関係ない、という一方で、「普通」の趣味を持っている人たちに対する憧れも、またありました。
自分は「普通の人間ではない」という勝手な思い込みに酷く悩みました。
「普通」や「ステレオタイプ」、「レッテル」が、私の中でその言葉自体が敵でした。
3年生の秋になり、ある授業で「自分のことを書け」という機会があり、当初、自分の思っていること、普通ではない、という内容を書こうと思ってました。
しかし、ある時に「いや、自分も普通であって、何者でもない」という結論が、電気がビビッっと走るように感ずることが出来た時、本当に救われたような気がしました。
「サッカー」
サッカー熱いです。修学旅行先で見た、ドーハを思い出しました。サッカー熱いです。
「熱意」
一人一人の力は、どうしようもないくらい小さなものだが、「事を成したい」と熱意を持って取り組めば、必ず、誰かが何かしらの形で付いて来るのである。私は、そうやって生きてきたし、これからそうやって、生きていくと思う。
「根拠の無い自信」
就職した頃は、何でも出来ると思った。
しかし、実際は色々と限界があることをトコトンまで思い知らされる。
力が無い。お金が無い。時間が無い、、、。
されどしかし、人間の順応性も素晴らしく、無いなら、無いなりに出来ることも分かってくるし、向上心も出るってもんで。
時間が経てば、人間なんとかなるものです。
「楽観主義者」
好きな自分、なりたい自分、こうありたい自分、、、。
明確な目標を早く持ちたいなぁ。
今の自分は大嫌い。
だけど、何もできないや、てへ(^^;
「一人の人間の力強い意志は、必ず世界を、自分を変える」
「つきみ野の家を引き払うにあたって」
就職のために上京して、今の家に来ました。
最初はホテルに住む感覚でしたが、次第に自分の部屋らしくなっていく。
去年の暮、実家に帰ると、自分の部屋の匂いと違う生活の匂いを感じる。
そこは実家と呼ぶにふさわしい場所になったと感じた。
「上京しての所感」
長津田駅で私は今日も夜空を見上げます。
いったい、この夜空をこれから何度見上げるのだろう。
就職した時にとても強く思いました。