ファイヤープロレスリング

ゲーム開発部が遂に無くなってしまったヒューマンの代表作と言えるこのソフト、

私の中、高生時代を語るのに欠かせない、と言っても良いほどやり込んでいました。

このゲームのおかげでプロレスファンになったようなものですし。

スポーツゲームなので、

ゲーム内容は基本的には人間やコンピューターとの対戦なのですが、

ややおまけ的に入っているレスラーエディットや、

ストーリーモードも毎回シリーズを重ねる毎に出来が良くなり、

プロレスゲーム界のファミスタ的スタンスで楽しませて頂いていました。

私がこのゲームに出会ったのは、中学1年生の冬、

友人となったK見の元に遊びに行ったときのことでした。

K見の隣に見知らない相手と何やらやっているゲームが

ファイヤープロレスリング(以下ファイプロ)でした。

K見と、I本という2人と(今にして思うとこれがI本との初対面だった)早速プレイ。

とはいえ、まったくの初心者が経験者に勝てるわけも無くズタボロにされっぱなしと言う結果に。

心の中で雪辱を誓いながら帰宅し無け無しの小遣いを引っかき集め、速攻で玩具やにダッシュして

ソフトを入手しそれからサルの様にやり込み続けました。

以降の私のライフスタイルは部活の有る日は帰宅後にファイプロ、

無い日はK見の家に集まってバカ数名で延々ファイプロ。

今にして思うと完全に大馬鹿たれなのだが(パワプロで似たような有様、という気もするが)

もうこの頃はファイプロ漬けとしか言いようの無い毎日でした。

その最たるエピソードとして中3の冬受験寸前の私は整形外科に通うようになった、

というものが有ります。理由は指の骨が曲がってしまったから。

あまりの痛さに行きつけの(部活で腰痛になったときにもお世話に)

整形外科に行ったところ周りが炎症を起こしていると言われ、

こんなになるまで何をやっていたのかといわれる始末。

受験勉強も程々にと言われたのだが実際はファイプロのやり過ぎである事は明白。

何しろ毎日受験勉強なんぞほっぽらかして

ファイプロしかやってなかったんだから他に理由なんて思いつきゃあしない。

お医者さんに言われてしばらく指を使ってはいけないと言われた私は

それから参考書のひとつも読んだか、

と言うとそんな訳はなくコンピュータ同士の対戦をえんえん眺めて研究に没頭する有様。

そのエネルギーをもっと他に向けられなかったのか、当時の俺。

って言っても現在の俺も大して変わっちゃいないんだが。

その後大学に入ってからはK見やI本と合う回数が減り対戦する事が少なくなったと思っていたら

ヒューマンのゲーム開発部自体が無くなってしまうという残念な事態となってしまいました。

個人的にはこの会社のゲームには好きなものが多かったので非常に残念です。

プロレスファンならば持っているのはある種当たり前、という感も致しますが、

もし未体験のプロレスファンの方がいらっしゃったら是非プレイをオススメします。

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