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2006年8月長野県知事選挙分析(2006/08/10)

※この分析は2006年8月7日付でタケルンバ日記に掲載したものに、一部修正・変更を加えたものです。

実は健闘? 実のある敗戦だった田中康夫

 ・康夫劇場に「NO」…かつての支持者も次々離反(読売新聞)
 ・田中氏の「壊す」政治を県民否定(毎日新聞)
 ・田中氏の手法に拒絶感 「次の改革」望んだ一票(信濃毎日新聞)

 選挙を終えた翌日、8月7日。長野県知事選挙の結果の報道する中には、このような厳しい記事・見出しが目立ちました。こうした論調をとること自体は間違いじゃありません。2期6年にわたる現職としての実績がありながら、選挙戦準備の立ち上げが遅れた村井仁に対し、紛れのない1対1の選挙戦で、約8万票差という大差の敗北。こうした結果を素直に読めば「田中康夫惨敗」という結論であり、厳しい見出しも至極当然です。

 けれども、投票結果の中身を精査すると、「田中惨敗」という一言で片付けられない着実な田中支持の広がりが伺えます。報道で作り出されているイメージより、田中県政は着実に長野に根付いており、田中県政に対する高い評価がうかがえるのです。


2000年10月知事選との比較

 田中康夫が初めて長野県知事に当選したのは6年前、2000年10月15日に行われた選挙でのこと。5期20年知事の座にあった吉村午良が引退し、その後継者として副知事であった池田典隆が有力視され、当初は無風の雰囲気全開でした。長野県では代々副知事経験者が知事になっており、2000年の選挙でもそうなるであろうと思われていたからです。

 田中はそうした状況下で敢然と出馬。ブームといえるくらいの大きな風を巻き起こし、フタを開けると11万票余りの大差をつけ圧勝。地方政治で無党派の風が吹いた。ましてや長野県という保守が強い土地柄で、そうした現象が起きたのですから、

 そのときの投票結果を分析してみると、正に無党派ブームそのもの。郡部の大多数を制した池田に対し、市部の大多数を制した田中。11万票余りの大差をつけながら、当時103あった町村のうち、田中が池田に勝ったのは、わずかに27。郡部だけでの得票では池田に軍配が上がりました。

(表1)2000年長野県知事選 郡部・市部投票結果
田中康夫 池田典隆 田中−池田
郡部得票数 200,621 209,405 ▲8,784
市部得票数 388,703 264,312 124,391
合計得票数 589,324 473,717 115,607
勝ち町村数(103) 27 76
勝ち市数(17) 15 2
出典:長野県選挙管理委員会データより筆者作成

 また人口が多い地域での得票がものをいったことも明らかで、池田は田中に対して1万票以上の差をつけた自治体はありませんが(最大で飯山市の4,137票)、田中にはそれが3市もあり、いずれも長野県の人口が多い都市ベスト3に入る市。3市合計で76,396票という大きな差をつけ、これが勝利に結びついていることは疑いようのない事実でしょう。

(表2)2000年長野県知事選 1万票以上の差がついた自治体
自治体名 田中康夫 池田典隆 田中−池田
長野市 103,796 74,480 29,316
松本市 66,678 33,804 32,874
上田市 43,375 29,169 14,206
出典:長野県選挙管理委員会データより筆者作成

 つまり2000年の選挙では、都市に住む無党派層の追い風を受けて当選したと言えます。

 ところが、今回の投票結果を見ると、2000年の時に見向きもされなかった郡部に、田中支持が広がっていることがわかります。2000年10月の選挙と今回の選挙を比較すると、このような結果になります。

(表3)2000年・2006年長野県知事選 田中康夫得票比較
2000年 2006年 2006年/2000年
郡部得票数 124,062 126,387 101.9%
市部得票数 465,002 407,842 87.7%
合計得票数 589,064 534,229 90.7%
勝ち町村数(62) 13 14
勝ち市数(19) 13 3
投票率 69.57% 65.98%
出典:長野県選挙管理委員会データより筆者作成
  ※2000年データは現在の自治体区分に修正して集計。そのため表1の数値とは異なる。
 ※※山口村は現在岐阜県に編入されているため、本データからは除外した。

 ブームという全国的な話題性がありながら、2000年の選挙ではあれだけ弱かった郡部。今回、その2000年の選挙より、投票率が3.59%下がっていながら得票増。制した町村数も1つ増やしています。郡部では田中支持は静かに、そして確実に浸透していたのです。


北部で疎まれ、南部で受け入れられた

 長野県は衆院選での小選挙区の区割りだと5つに分けられます(区割り表)。この区割りごとに結果を見ていくと、表4のようになります。

(表4)2000年・2006年長野県知事選 田中康夫区割り別得票比較
2000年 2006年 2006年/2000年
1区 146,666 120,768 82.3%
2区 128,603 106,334 82.7%
3区 129,545 120,564 93.1%
4区 86,893 86,584 99.6%
5区 97,357 99,979 102.7%
出典:長野県選挙管理委員会データより筆者作成
  ※2000年データは現在の自治体区分に修正して集計。そのため表1の数値とは異なる。
 ※※山口村は現在岐阜県に編入されているため、本データからは除外した。


 長野県最大の都市である長野市がある1区、第2の都市の松本市がある2区で大きく得票を減らしている反面、第3の都市である上田市では微減にとどまり、4区では投票率の低下分を加味すれば実質増、5区に至っては2.7%も増やしています。長野県を南北に2つに分けると、1・2・3区が北部、4・5区が南部となり、得票の南北差が明確になります。

 このデータをさらに自治体別に見ると、このようになります。

(表5)2000年・2006年長野県知事選 田中康夫区割り別得票比較
小選挙区 自治体名 2000年 2006年 2006年/2000年
1区 上高井郡 小布施町 3,444 2,844 82.6%
高山村 2,062 1,725 83.7%
小計 5,506 4,569 83.0%
下高井郡 山ノ内町 3,955 3,337 84.4%
木島平村 1,120 1,150 102.7%
野沢温泉村 952 1,054 110.7%
小計 6,027 5,541 91.9%
下木内郡 栄村 443 835 188.5%
郡部計 11,976 10,945 91.4%
長野市 103,796 82,503 79.5%
須坂市 14,713 12,775 86.8%
中野市 11,217 9,654 86.1%
飯山市 4,964 4,891 98.5%
市部計 134,690 109,823 81.5%
合計 146,666 120,768 82.3%
2区 東筑摩郡 波田町 4,156 3,211 77.3%
麻績村 636 691 108.6%
生坂村 462 367 79.4%
山形村 2,253 1,962 87.1%
朝日村 1,228 1,178 95.9%
筑北村 1,253 1,124 89.7%
小計 9,988 8,533 85.4%
北安曇郡 池田町 2,698 2,436 90.3%
松川村 2,334 2,205 94.5%
白馬村 2,284 1,823 79.8%
小谷村 762 533 69.9%
小計 8,078 6,997 86.6%
上水内郡 信州新町 1,582 1,100 69.5%
信濃町 2,434 2,491 102.3%
飯綱町 2,946 2,741 93.0%
小川村 735 640 87.1%
中条村 736 620 84.2%
小計 8,433 7,592 90.0%
郡部計 26,499 23,122 87.3%
松本市 66,678 54,049 81.1%
大町市 7,934 5,765 72.7%
安曇野市 27,492 23,398 85.1%
市部計 102,104 83,212 81.5%
合計 128,603 106,334 82.7%
3区 南佐久郡 小海町 1,362 1,303 95.7%
佐久穂町 3,285 2,971 90.4%
川上村 920 626 68.0%
南牧村 694 678 97.7%
南相木村 383 305 79.6%
北相木村 213 201 94.4%
小計 6,857 6,084 88.7%
北佐久郡 軽井沢町 5,293 5,608 106.0%
御代田町 3,368 3,680 109.3%
立科町 2,143 2,242 104.6%
小計 10,804 11,530 106.7%
小県郡 長和町 1,974 1,955 99.0%
青木村 1,131 1,635 144.6%
小計 3,105 3,590 115.6%
埴科郡 坂城町 4,536 4,649 102.5%
郡部計 25,302 25,853 102.2%
上田市 43,375 39,717 91.6%
小諸市 11,227 10,590 94.3%
佐久市 23,008 21,722 94.4%
千曲市 17,829 15,141 84.9%
東御市 8,804 7,541 85.7%
市部計 104,243 94,711 90.9%
合計 129,545 120,564 93.1%
4区 諏訪郡 下諏訪町 7,538 7,459 99.0%
富士見町 4,184 4,483 107.1%
原村 1,606 1,931 120.2%
小計 13,328 13,873 104.1%
木曽郡 上松町 1,531 1,782 116.4%
南木曽町 1,038 1,448 139.5%
木曽町 3,683 3,031 82.3%
木祖村 861 930 108.0%
玉滝村 182 330 181.3%
大桑村 1,241 1,355 109.2%
小計 8,536 8,876 104.0%
郡部計 21,864 22,749 104.0%
岡谷市 17,233 16,423 95.3%
諏訪市 15,631 14,591 93.3%
茅野市 13,895 14,810 106.6%
塩尻市 18,270 18,011 98.6%
市部計 65,029 63,835 98.2%
合計 86,893 86,584 99.6%
5区 上伊那郡 辰野町 6,479 6,174 95.3%
箕輪町 7,078 7,691 108.7%
飯島町 2,666 2,977 111.7%
南箕輪村 3,359 3,562 106.0%
中川村 1,371 1,703 124.2%
宮田村 2,346 2,801 119.4%
小計 23,299 24,908 106.9%
下伊那郡 松川町 3,637 3,858 106.1%
高森町 3,210 3,887 121.1%
阿南町 1,120 1,379 123.1%
清内路町 141 237 168.1%
阿智村 1,311 1,692 129.1%
平谷村 61 111 182.0%
根羽村 224 489 218.3%
下條村 694 1,049 151.2%
売木村 111 174 156.8%
天龍村 497 664 133.6%
泰阜村 285 736 258.2%
喬木村 1,737 2,126 122.4%
豊丘村 1,786 1,863 104.3%
大鹿村 308 545 176.9%
小計 15,122 18,810 124.4%
郡部計 38,421 43,718 113.8%
飯田市 31,649 28,782 90.9%
伊那市 18,815 18,273 97.1%
駒ヶ根市 8,472 9,206 108.7%
市部計 58,936 56,261 95.5%
合計 97,357 99,979 102.7%
出典:長野県選挙管理委員会データより筆者作成
  ※2000年データは現在の自治体区分に修正して集計。そのため表1の数値とは異なる。
 ※※山口村は現在岐阜県に編入されているため、本データからは除外した。


 2000年よりも票数を10%以上減らしたところを青字、逆に少しでも増えた場合は赤字にしてますが、1区・2区は青字ばかりなのに、3区で赤字が増え、4区・5区は票数増を示す赤字だらけになっていることが一目でわかります。3区・4区・5区の郡部に限ると、3区の南佐久郡以外は全て得票を増やしており、特に5区の下伊那郡での伸びは驚異的です。


最初から好かれていたわけではない

 しかもこうした得票を伸ばした地区は、2000年選挙でも苦戦している地区であり、本来田中の地盤ではありません。2000年より得票を伸ばした5区は、実は2000年の選挙で最も苦戦した場所。1区から4区では、池田に対しそれぞれ2万票以上の差をつけたのに、5区に限っては8000票余りの差しかつきませんでした。

(表6)2000年長野県知事選 田中・池田区割り別得票結果
田中康夫 池田典隆 田中−池田
1区 146,666 120,088 26,578
2区 128,603 96,087 32,516
3区 129,545 105,802 23,743
4区 86,893 61,876 25,017
5区 97,357 88,933 8,424
出典:長野県選挙管理委員会データより筆者作成
  ※2000年データは現在の自治体区分に修正して集計。そのため表1の数値とは異なる。
 ※※山口村は現在岐阜県に編入されているため、本データからは除外した。


 また4区にしても、2000年の選挙では、例えば木曽郡では池田の12,941票に対し、田中は8,536票と大きな差をつけられている地域。6:4の票差をつけられたので、敗戦した今回、これだけの票の上積みがあったのは、ブームによらない田中への高評価が背景にあったことに疑いありません。

 さらに言うと、4区は梅雨の豪雨で大被害を蒙った岡谷市を含む地域。村井陣営は「元防災担当大臣」という肩書きを前面に押し出し、田中の失政を強調。強烈にアピールしましたが、蓋を開けてみると岡谷市での結果は田中16,423票、村井11,832票。4区全体でも田中86,584票、村井77,092票と田中勝利。5つの区割りの中で唯一田中が勝ったという皮肉な結果になりました。一見有利になると思われた肩書きが、全く役に立たない。それどころか、治水被害を受けながらも田中に投票したという結果は、「脱ダム宣言」などに代表される田中の治水政策に対する信頼の現われと言えます。

 その証拠に、脱ダム宣言では下諏訪ダムの計画が中止されましたが、下諏訪ダムの建設予定地である下諏訪町でも田中7,459票、村井4,765票と田中勝利。脱ダム宣言は県民、中でも地元では受けいれられていたことがここからも見て取れるわけです。


何故、田中は負けたのか

 郡部での支持を広げ、着実に評価を高めていた田中は何故負けたのか。単純に言えば、6年前に吹いた順風が逆風になったといったところでしょう。6年前にあれだけ強かった市部で6勝13敗。特に最大の票田である長野市で、2000年の103,796票から82,503票へと2万票余りの減少。今回の村井に長野市でつけられた差がやはり約2万票だったということを考えると、都市型無党派層が離れたことが最大の敗因と言えそうです。

 但し、信濃毎日新聞の見出しのように、「都市型無党派層が田中の手法に拒絶感を示した」とまでは言えません。何故なら今回比較のデータとして使った2000年の選挙結果はブームに乗ったことによる結果。いわばゲタを履かされた状態での結果なので、都市部においては今回の数字が田中の基礎票と考えるべきだからです。2003年の衆院選に村井は長野2区から出馬していますが、そのときの得票数が94,270票。今回の田中が106,334票。衆院選と知事選という違いはあれど、地域が同じであり、投票率もほとんど一緒(2003年衆院選66.00%、今回67.89%)、ともにブームを背景にしていないことを考えれば、田中と村井に基礎票の違いはない。基礎票の違いに差がない両者に差がついたのは、単なる風の有無。田中に吹いていた風が田中以外に吹いた。それが村井仁であったというだけ。候補者が村井だから風が吹いたわけではなく、ましてや長野県民が村井を知事として積極的に選択したとは到底言えません。「田中とそれ以外なら、それ以外」という程度のチョイスであると言えましょう。

 なので村井大勝といえど一過性。仮に4年後同じ組み合わせで知事選を争った場合、田中が逆転すると思われます。同時に郡部でのデータから明らかなように、長野での田中支持は明確な現象。国政に打って出ることを田中は既に匂わせていますが、その勝算は高いと思われます。特に今回で実績を残した長野4区・5区は、衆院選の小選挙区で出馬するならオススメです。参議院選挙でもかなりの勝算が見込めることでしょう。以上、タケルンバの分析でした。

タケルンバ放送局 >> 2006年8月長野県知事選挙分析