朝の空気の中で、馬と人の白い息が立ちのぼる場面は、幻想的でさえある。いちばん記憶に残るシーンだ。
それに競馬の場面も興味深い。サラブレッドがスピードを競って走るレースはお馴染みだけど、ソリを引いて坂を登って、という力勝負の輓営(ばんえい)競馬は、テレビで少し見たことはあるが、じっくり見たのは初めて。
トップに立っている馬が途中で立ち止まったりもして、逆転されることもあるというのは面白い。
この競馬のことを少し詳しく知っただけでも、よかったと思う。
派手なところはないが、
ていねいに淡々とストーリーを重ねていき、サラブレッドではない、どっしりした体のお馬さんの力強さと生命力も印象的な作品だった。
輓馬(ばんば)というのは、物を引っ張って運ぶ馬のことらしい。輓(ひ)く馬、と書くくらいだからね。
北海道で、開拓のために働き、材木などを運んでいた、力持ちの馬。
その馬に、数百キロのソリをつけて障害を越えさせる競走が、輓営競馬。北海道の北見、帯広、岩見沢、旭川を回って開催している。
この映画は、輓営競馬を舞台にした作品だ。
伊勢谷友介が演じる矢崎学(まなぶ)は、東京で事業に失敗して、兄が住む輓営競馬の厩舎の家にやってくる。失意のどん底だった彼が、馬の世話をしたり、周囲の人々と交流を重ねることによって、
生きるための力を得ていく姿を描く。
私がこの映画を観たわけは、当然ながら、
小泉今日子さんが出ているから。
キャストのクレジットでは、名前が初めのほうに出てくるけど、助演です。吹石一恵さんの名前のほうが、どちらかといえば、先に出るべき。
小泉さんの役は、主人公が働く厩舎に、まかない(ご飯のお世話係)に来ている女性、晴子。
登場シーンを全部足してみても、それほど多くはなかった気がするが、存在感はある。
晴子が照れて、「こんなオバちゃんつかまえて」などと言う場面があるが、まかないの「オバちゃん」というには、彼女は可愛すぎる。実際の年齢からすれば立派にオバちゃんなのだが、彼女の場合は、まだまだオバちゃんではあるまい。
出番が少ないし、そんなに見せ場があるわけでもないので、うまいんだか、なんだか分からないまま終わった感じ。
まあ、いいっしょ。こうやって経験積んでいって、そのうち女優として大成するのさぁ。(一応、方言のつもり)
小泉さんは、相米慎二監督の
「風花」(2000年)に主演した。
「雪に願うこと」の公式サイトによると、相米監督が映画化を望んだのが、鳴海章が書いた、この映画の原作「輓馬」。相米監督亡きあと、それを引き継いだのが根岸吉太郎監督だった。
「風花」は、小泉さんの映画出演歴のなかでも大事な1本だ。その恩師ともいえる相米監督が手がけたかった映画に出ることは、
彼女にとっては意味があることに違いない。
佐藤浩市が、厩舎の経営者で、学の兄貴の役。彼は三國連太郎の息子ですね。演技はさすがに堂々としたもんです。貫禄さえある。
若い厩務員のテツヲ役の
山本浩司が、よかった。学の同級生で、のんきで気のいい男なのだ。あれだけ、のんきに明るく生きていければいいなあ。
吹石一恵さんも、素直に好演。
豪華なメンツが、ほんのちょっとだけ出演しているのも見どころ。下記にあげた出演者の他に、津川雅彦、椎名桔平、香川照之、小澤征悦なんて人たちが出てくる。
学役の伊勢谷くん、素人っぽいともいえそうなのだが、まあ、いってみれば、まだまだ未熟な人間の役なので、それでいいのでしょう。
輓営競馬で勝てない馬は、「馬刺し」として食肉になる運命。
学は、「馬刺し」寸前の馬ウンリュウの世話をしながら、自分と似たような立場のウンリュウと気持ちを通じ合わせていく。
厩務員としての暮らしの中で、馬や人、さまざまな出会いによって、かっこよく言ってみれば、自分の人生の「再生」を成していくわけだ。
ウンリュウと学が新しい生に挑戦するラストは、気持ち良く観ることができる。