ナイアガラ きょうは、9時には帰れると思って「ナイアガラ」の留守録セットをしなかった。
だが、仕事は8時ころまでかかり、帰ってきたら9時半ころだった。
でも、見ちゃうんだな、途中からでもね。これがマリリン・ファンの性(さが)なのである。
画面に登場している時間からすると、マリリンより、共演のジーン・ピータースのほうが長く出てると思うが、何といっても、マリリンは印象が強い。
悪女の色気で売ろうとした映画会社の魂胆が見えるようで、実際はあんまり好みの映画ではないし、映画の出来自体、一級品とは思えない。
「第三の男」のジョセフ・コットンが出ていようが、ナイアガラの滝がすごかろうが、映画の出来とは、まったく関係がない。
この映画を永遠に残る作品にしたのは、ほかでもない、マリリンの存在、ただそれのみだったのだ。
そうでしょ?〔2001・7・17(火)〕

☆☆☆☆ボックスから観る第7弾。日本語吹替えで観る。ナイアガラの滝がよく映るので、ナイアガラ観光映画にもなる。現在とは見学の方法などが変わっているかもしれないが。ドレスアップしてばっちりメイクしたマリリンは、はっとするほどの女っぷり。
でも、ジーン・ピータースも綺麗だ。(この浮気者め。)〔2002・9・23(月)〕

☆☆☆☆☆マリリンの命日の今日。
先日、テレビ東京で放送したものを観た。二ヵ国語放送を、ステレオの左右で流してみた。
マリリンの出世作といえる本作、最初の登場シーンがベッドで裸で寝ているところだもんね。インパクトあり!
この映画での彼女は、浮気する女、悪女、計算高く冷たい女なのだ。もしも、このまんまのイメージでずっと行ったら、きっと、たいした女優にはなれなかっただろう。その意味で、このあとの作品「紳士は金髪がお好き」で可愛い女を演じたイメージチェンジは大きかったといえるのだが。
本作のマリリンは、しゃべりかた、仕草まで、すべて完璧に計算して作っている。色っぽいように、悪い女のように。つまり、彼女の地とは、まるで違うというわけだ。
しかし彼女は、カメラの前に出てくるだけで、周囲を圧倒して輝く。
“Kiss”を口ずさむダンスシーンの、一連の場面での彼女の存在感といったら!
相手役にジョセフ・コットンが起用されたのは、マリリンにとっても幸いだった。「第三の男」などで有名な彼の、性格俳優的な渋い演技が映画を支えた。
また、マリリンの陰に隠れてしまいがちだが、ジーン・ピータースも素晴らしい。
ちょっとエキゾチックな顔立ちで、演技もしっかりしている。
(過日、「拾った女」という映画を観たのだが、その色っぽい魅力に驚いて、彼女のことを見直したのだった。)
吹き替えの向井真理子さんは、マリリンの声を演じるときは、可愛い(可愛すぎる)女の子という印象なので、「ナイアガラ」のマリリンには、少し合わないと思う。
ジョン・フォード西部劇の常連、ハリー・ケリー・ジュニアがタクシー運転手の役で出ているのは“トリビア”であろう。
この映画、2組の夫婦の対比でもある。ジーン・ピータースが奥さんのほうが、マリリンが奥さんよりも、幸せなのだ。もちろん、役の上で、であるが。〔2005・8・5(金)〕

☆☆☆☆☆「映画感想/書くのは私だ」に感想あり。〔2006・1・14(土)〕

☆☆☆☆☆ショッキングなほど美しいなあ、マリリンは。
さっき見た「荒馬と女」の白黒映像から、打って変わって“総天然色”、着色ばりばりのカラー。しかも、これから売り出すぞ、という若さいっぱい。しかも悪女の役。
色っぽいに決まってる。
はじめのシーンがベッドの中で、裸の肩を見せている。(ひとりっきりだけどね。)
シャワーシーンもある。(カーテン閉めてるけどね。)
お色気で観客をKOしようという作戦。(映画会社が、だけどね。)
いま気づいたが、これが白黒映画だったら、フィルム・ノワールに近いんじゃないか。マリリンは、ファム・ファタール。悪女を演じきるマリリン。
フィルムに映える赤いドレスを着て“Kiss”を口ずさむマリリン。(吹き替えじゃないよ。)
前にも書いた気がするが、ジーン・ピータースも可愛い。ダブル・ヒロインだよね。
(主演男優のジョセフ・コットンは置いといて。)(「第三の男」のコットンを差し置くとは! 笑)
若々しく、色っぽい悪女な彼女を見るなら、ぜひ「ナイアガラ」へ。(滝じゃなくて映画。)
津波注意報の日本地図が、ずっと画面に出ていて、字幕にかかって、じゃまなこと、このうえなかった。じゃまなのに出すとは、さすがNHK。(ほめてない。)
(そのせいで、日を改めての再放送があった。)〔2009・11・8(日)〕

☆☆☆☆☆映画館「シネマヴェーラ渋谷」で「映画史上の名作12」という特集があり、今回「ナイアガラ」も上映されたのだった。   
教えてくれたMさん、ありがとー!
悪女のマリリンが見られるという意味では珍しい作品。というより、唯一じゃないだろうか。
これで妖しい魅力を知らしめて人気をもっともっと得たわけだから、彼女にとってはラッキーだったのかもしれない。
次作からは「かわいい女」で押しますからね。
願わくば「ナイアガラ」だけを見て「あ、マリリン・モンローって、やっぱり色気(だけ)の女優なんだ」と思わないでほしい。
じつは「ナイアガラ」は11時から上映だったのだが、いつもとは1本違う道から行こうとしたら、見事なまでに迷子になってしまって、11時に間に合わなかった。
渋谷は私には、けっこうな鬼門なのである。迷子になりがち、人も多いから、嫌いだ。
で、11時15分すぎに入場して(ここは途中入場、退出可)途中を観たのだけど、最初から最後まで見た映画でなければ「映画を見た」とはカウントしない方針なので、2本立てで観た「赤い河」を、先に映画観賞記事として書いたわけなのだ。
「ナイアガラ」を途中だけ観て、それから「赤い河」を観て、それから「ナイアガラ」を(最初から最後まで)観たのだ。
マリリンはもちろん、ジーン・ピータースさんも主役。私は彼女も好きだ。
ハワード・ヒューズと結婚、引退しちゃったけど。ヒューズの野郎め。〔2015・1・25(日)〕


ナイトクローラー☆☆☆★「映画感想/書くのは私だ」に感想あり。〔2015.9.6(日)〕


ナイト ミュージアム☆☆☆もうすぐ公開される続編を、もしかしたら観に行くかも?というので見てみた。
博物館の動物や人間が夜中に動き回っているんじゃないか、と、ふと考えてみるのは、ちょっと想像力がたくましい子どもだったら、意外とあることだろう。
そんな想像や夢が映画になったコメディ。
バツイチで現在無職のラリー(ベン・スティラー)。やっと、自然史博物館での仕事が決まるが、その内容は夜警だった。
しかも、夜ごとに展示物の動物や人間が動き回って、ドタバタ騒ぎ。
いちどは辞めようと思ったラリーだが、展示物たちの歴史を勉強したり、頭を使って騒動に対処しようとする…。
セオドア・ルーズベルト大統領、ローマ帝国のオクタビアヌス、フン族の王アッティラ、アメリカの白人西部探検隊の通訳・ガイドとなったサカジャウィア、モアイ像、ライオン、シカ、カウボーイ、エジプトのミイラ(王様)、恐竜ティラノザウルスの骨格標本などが登場。
サルはラリーの鍵を盗んだり、イタズラばかり。
サルとラリーが、ビンタしあう場面が、いちばん笑えた!
ティラノザウルスに追いかけられるが、彼(?)がやりたかったことは、じつは…というオチも面白い。
しかし、なんたって、夜警の先輩役で、ディック・ヴァン・ダイクとミッキー・ルーニーが出ているのが、びっくり&すごい。
まず、ヴァン・ダイクといったら、私が大好きな「メリー・ポピンズ」(1964年)ですよ。1925年生まれというから、80歳じゃないですか! 続編にも出ているらしいし。
ルーニーは、さらに年上の1920年生まれ。1930年代を中心にミュージカル映画で大人気だった人。ジュディ・ガーランドとのコンビも有名だった。
本作では、やたらと口が悪いというキャラを演じている。
博物館のドタバタだけで映画になるのかとも思っていたが、主人公の成長物語もあり、わりと楽しめた。〔2009・7・25(土)〕


ナイト ミュージアム/エジプト王の秘密☆☆★「映画感想/書くのは私だ」に感想あり。〔2015.3.31(火)〕


ナイト ミュージアム2☆☆☆「映画感想/書くのは私だ」に感想あり。〔2009.8.23(日)〕


ナイトメアー・ビフォア・クリスマス☆☆☆☆つぎはぎ人形のサリーってかわいいよなあ。クリスマス映画の傑作でしょう。〔2001・12・24(月)〕


ナイル殺人事件☆☆☆★うまくまとまってます。
アガサ・クリスティーさんの原作が楽しめたので、映画のほうに興味をもって見てみた。
その場合、どうしても原作と比べながら観賞してしまうんですね。
まず、登場人物を映画は減らして、家族関係も多少アレンジしている。たとえば、お年寄りマダムは、原作では看護婦と娘の3人連れだが、映画では娘がいない。
すっきり分かりやすくするのと、人物紹介やエピソードに時間をかけないためか。それは正しいと思う。
嫉妬に狂う女がミア・ファローさん。原作を読んでいたときは、もうちょっと普通の人のイメージだった。ミアさんに失礼か。
お年寄りマダムにベティ・デイヴィスさんをもってきた。大物、来ましたね! 当時、70歳近い。
オリヴィア・ハッセーさんが出ていたのは、うれしい驚き。「ロミオとジュリエット」から10年後で、20代後半でした。本作では、金持ち娘のロイス・チャイルズさんと並んでの、キレイどころ。
看護婦役でマギー・スミスさん、作家役でアンジェラ・ランズベリーさん、フランス人メイドはジェーン・バーキンさんという配置も、なかなか豪華。
ポワロのピーター・ユスティノフとコンビで捜査を行なうレイス大佐はデヴィッド・ニーヴン。これまた大物です。
ほかにも、ジョージ・ケネディ、ジョン・フィンチ、ジャック・ウォーデンなど。
容疑者が大勢いて、もし、その人が犯人だったら?というのを、それぞれ(いちいち)映像で再現しているのが、映画的だなと感じた。原作では、そんなことしないし。誰が犯人?という謎解きのワクワクを観客に提供するんでしょうね。
よく思うのだけれど、名探偵がいながら、すぐそばで殺人が起きるのが、いつものこと。事件がなければ名探偵もいないわけだが、もう少し、未然に防げないものかと…。無理なんでしょうね。
エジプトの観光的な面も、少しだが映像で楽しめる。
音楽が、ニーノ・ロータというのも、力はいってますねえ。
で、過去の観賞記録のノートをあとで見て気づいたのは、この映画を二度、以前に見ていたこと。…まったく覚えていなかった。毎回、新鮮に楽しめるのはいいが、記憶力のなさに一瞬ショックはあった。一瞬ですが。気にしないので。〔2016・2・11(木)〕


ナイロビの蜂☆☆★「映画感想/書くのは私だ」に感想あり。〔2006・5・14(日)〕


NINE☆☆☆「映画感想/書くのは私だ」に感想あり。〔2010・3・20(土)〕


ナオミ・ワッツ プレイズ エリー・パーカー☆☆☆「映画感想/書くのは私だ」に感想あり。〔2006・11・11(土)〕


渚にて☆☆☆☆中学生の頃にテレビで見て以来の観賞。こんなに見事な、静かな反戦映画だったのか。
核戦争で世界のほとんどは滅亡、残されたオーストラリアに放射能が届くのも、あと5か月と予想されている1964年1月。
その人類最後の地にやってきたアメリカの原子力潜水艦は、やがて北半球の汚染状態の調査に出発することに。
アンソニー・パーキンスとドナ・アンダーソンの若夫婦、潜水艦艦長のグレゴリー・ペックとエバ・ガードナー、2組のカップルを中心に、核の恐怖と絶望のなかで生きる人々を描く。
フレッド・アステアが核開発に関わった学者の役で、歌わず踊らず。演技で、しっかり見せてくれる。
アンソニー・パーキンスは、「サイコ」の前年だから、まだ強烈なイメージもついていなかったはず。
「ショウ・ボート」(1951年)、「モガンボ」(1953年)、「裸足の伯爵夫人」(1954年)などのエバ・ガードナーの切ない演技は素晴らしかった。
監督は「ニュールンベルグ裁判」(1961年)、「招かれざる客」(1967年)などの、社会派ともいえるスタンリー・クレイマー。
無人のサンフランシスコ。その風景を見る潜水艦の乗組員たちの表情。
誰もいないはずなのにモールス信号が発信されているという謎のエピソードも、とても、うまい。
ガードナーとペックの2度のキスシーンは、悲しく、美しかった。
驚いたのは、撮影がジュゼッペ・ロトゥンノだったこと。「山猫」(1963年)、「サテリコン」(1969年)、「ひまわり」(1970年)など、ヴィスコンティやフェリーニ、デ・シーカなどの映画で撮影監督を務めることになる人だ。先にアメリカ映画でも活躍していたんだね。
全編を彩る音楽はアーネスト・ゴールドによるが、オーストラリア第2の国歌ともいわれる「ワルツィング・マチルダ」を効果的に使っている。
ゴールドは、ゴールデングローブ賞を受賞した。
武力で平和を守ろうというのは思い上がりだと、アステアふんする学者は言う。誰かが核のボタンを押せば、おしまい。
苦しまずに死ねる薬を、政府からもらうために並ぶ人々。
ラストシーン、「兄弟よ、まだ時間はある」と書かれた横断幕。
時間はあった。この映画から50年が経った。しかし、事態は改善されただろうか?〔2009・8・1(土)〕


嘆きのピエタ☆☆☆★彼の映画は、あまり見ていないけど、さすがはギドクというべきか、「ぎぃ〜毒!」とばかりに、ふさわしい名前。
ピエタって、なんだっけ?と見たあとで調べて、なるほど、と。
キリストなら、「わたしの肉を食べ、…」ということか。細かい意味では違うけど。
このあと、ネタばれ。
この男の高利貸し、取り立ては、払えないほどの利子をつけておいてから、相手を機械事故としての障害者にして、保険金で返してもらうという、卑劣きわまるもの。
ヘドが出るほど嫌な奴だが、天涯孤独の生い立ちがそうさせる要因であるようだ。
そこへ、産んですぐ彼を捨てた母と名乗る女が現れて。
演じるチョ・ミンスさんが素晴らしい。(…美人のお母さんでもあるし…)
自慰から近親××(未遂?)から人肉食いから、やりたい放題。
しかも、自慰には母を名乗る女も加担(!?)。
…ギドクってマザコンなのか?と少し思う。
終盤の、母の気持ちの独白には、涙せずにはいられない。
誰か個人の母親というより、より大きな、母の愛、大いなる母だ。
それにしても、あの贖罪のやり方までも過激であることよ。
移動するから、十字架を背負って歩いたイメージに近いか?
あんなに長々と血の跡はつかないだろうと思ったが、ここもリアルでなくてもいいのだろう。
怒りと憎しみ、無慈悲から始まって、大いなる母の愛、そして、贖罪。
強烈な映画ではあるが、いまのところ、また見たいというものではないし、そういうところで好き度は多少、下がる。〔2014・12・20(土)〕


ナショナル・トレジャー☆☆☆「続編の公開が近いから、1作目を観てみたよ」
「マット・デイモンの『ボーン・シリーズ』と同じパターンね」
「うん、続編を観るなら、それまでの話を知っておいたほうがいいからね。ふつうに、よくできた冒険ものだったね」
「宝探しの暗号解読の興味とか、トレジャー・ハンター、つまり、宝を探す人同士の争い、追っかけで成り立ってる」
「次から次へ暗号解読がつながっていくのが、めまぐるしい。かつ、そんなに簡単に解けるか!って話だけど(笑)。独立宣言書の裏に秘密があるってことで、裏切った仲間に取られる前に、こっちが盗んじゃえ、というストーリーがすごい」
「荒唐無稽(こうとうむけい)といえば、そう言えるわね。面白ければいいのよ、映画だし」
「それに、ニコラス・ケイジの相棒が、あんなに使える技術屋だとは、びっくり!」
「都合がいい話だけど、そうでないと、うまく話が作れないからねえ」
「FBIのお偉いさんを、ハーヴェイ・カイテルが演じてるのは注目かな。FBIというより、悪者をやってくれたほうが合ってる気もするけど」
「それ、ほめてるのかどうかわからないけど…」
「さすが、ディズニー印、男女関係もキスまでだし、亡くなったのは、えーと1人だけか」
「えっ、亡くなった人いたっけ?」
「いたよ、あの崩れそうな階段で、穴の下のほうへ落っこちていった人」
「あああーー、いたいた」
「あ、でも助かってたりして? 落っこちただけで、あとは映してないからなあ。それにしても、やっぱり家族みんなで安心して観られる冒険映画ってところだね」
「DVD特典に、もうひとつのエンディングがあったんだけど、どうしてそれがボツになったかというと、続編を匂わせすぎて不評だったから、というわけだったのに、結局、続編作ってる(笑)」
「そのときは続編なんて考えてなかったんじゃない?」
「まあまあの評判だったし、続編作って儲けようぜ、ってことかな。おなじみのキャラで脚本作るほうが簡単だし」
「ヒロインのダイアン・クルーガーだけど、『トロイ』でスパルタ王妃ヘレンを演じてた。ぼくは他の映画では見てないんだよね。強気が似合う美人さんってとこ。ドイツ系って強そうだしなあ」
「偏見よ、それ(笑)。私はニコラス・ケイジの相棒のジャスティン・バーサって、はじめて知ったけど、この映画で有名になったのかしら。きっと続編にも出てくるよね」
「うん、出てると思うよ。ってか、もう続編観たじゃん!」
「あ、それ、ここで言う? …ま、いいか」
「いいじゃないの。最近、次に書く映画記事の予告したりしてるんだし。ということで、次回の映画感想は『ナショナル・トレジャー リンカーン暗殺者の日記』!」
「この記事ってば、その前振りかい!!」〔2007・12・2(土)〕


ナショナル・トレジャー リンカーン暗殺者の日記☆☆☆「映画感想/書くのは私だ」に感想あり。〔2007・12・8(土)〕


涙(なだ)そうそう☆☆☆★「映画感想/書くのは私だ」に感想あり。日記「或る日の出来事」に書いた文章と同じ。〔2006・10・15(日)〕


何がジェーンに起ったか?☆☆☆ベティ・デイヴィスさんの醜悪メイク、異常心理の熱演。ここまで演(や)るか。
屋敷の2階にいる、車いすの姉ジョーン・クロフォードの世話をする妹の役だが、姉を憎んでいる彼女は、食事で嫌がらせしたりする。車いすで相手が不自由なのをいいことに!
やがて、この妹の狂気がつのってくると、周囲の人々との関係においては、悪いほうへ悪いほうへと向かっていくわけで…。
太っちょのピアノ弾きも、奇妙な映画のなかの、いい味つけになっている。
マリリン・モンローさんが出演した「イヴの総て」で大女優だったベティ・デイヴィスさん、その12年あとには、自分を醜悪に見せることをイヤとも思わない、こんな女優魂を披露していたんですねえ。
そこらへんの小娘な女優たちに見せつけてやる、という気持ちも、少しはあったのかも。
こわいというより、かわいそうな話。人間には愛情というものが、いかに大切か、あらためて感じます。〔2014・2・8(土)〕


何がなんでも首ったけ☆☆主演はブリジット・バルドー。彼女の前夫であるロジェ・バディムが監督。たあいのない恋愛ドタバタ劇。〔2004・5・23(日)〕


何者☆☆☆架純ちゃんが出ているから見たようなもの。そしたら菅田将暉やらも発見! 売れっ子だねー、と思いながら。
就活男女2人ずつが一部屋に集まるものですか?すぐ、男女関係になるでしょ。…ならないんだ…、草食?
主人公が、やたら、ツイッターとかのSNSってんですか、やってるのが「時代」ですね。 いまどき、電車でも半数以上の人がスマホ、ケータイをいじってますけどね。かくいう私も、いま電車内でスマホで、この文を書いています。
結局、なに? 醒めてないで、情熱や目的意識をもって、ぶつかれってこと? いやいや、それが持てないから困っちゃうんでしょ。
解決は、ないと思いますよ。苦しむなら苦しむしかない。って、もう、こちらは分かってますから、インパクトも普通。
ツイッターで、他人の批判ばっかしていなかったっけ? と自分の心配はする。〔2017・9・21(木)〕


浪華悲歌☆☆☆★溝口健二が原作・監督、依田義賢が脚色、山田五十鈴が主演。71分の作品。
これはチェックしたいと思った。
映画検定1級に出そうな映画だよね!
親父が借金、兄の学費が払えない家。アヤ子(山田五十鈴)は中年男の愛人になり、それがうまくいかなくなると、他の男の間を、うまく渡っていこうとするが…。
溝口映画で時々感じるのだが、男が情けなかったり、本当は弱いのに偉そうにしていたりするのに対して、女は泣かされつつも強く生きようとする。
山田五十鈴さんは、先日見た「どん底」が強烈で印象にあったのだが、本作のときは19歳。なんだか、すごい女優さんだ。
溝口監督の演技指導は厳しかったようだが、そのかいあってか、ろくでもない男たちの中で、せいいっぱい生きている女という役柄が見事に輝いている。
オープニングの音楽が、ハリウッド映画といっても違和感がないモダンさ。ビリー・ワイルダー監督の映画で、こんなふうなフレーズがなかったか。
アヤ子が会社で電話交換手の仕事をしているのだが、交換手と社員が話ができるのを、うまく使っている。
浮気された妻と愛人が、しばらく経ったら、いがみ合わずに仲良く話している場面は、女同士の連帯感のようで面白い。
志村喬さんが刑事役。こんなに昔から俳優してたんですね。
警察の厄介になって戻ってきた妹に冷たい家族。お前みたいな不良は、きょうだいでも何でもない。だって。
その気持ちはわからないでもないが、そんな家族のもとからは、出ていったほうがいいさ。
誰も味方がいない家を出たアヤ子。出会った医者が「何してんねん、こんなとこで」と声をかける。
「野良犬や。どないしたらええかわからへんねん」
「病気ちがうか」
「まあ、病気やわな。不良少女っちゅう立派な病気やわ。なあ、お医者はん、こないになった、おなごは、どないして治さはんねん」
「さあ、そら、ぼくにもわからんわ」
真っ直ぐに歩いていく彼女のラストシーン。きっと彼女は強く生きていくと思いたい。〔2008・11・16(日)〕


ナバロンの要塞☆☆☆★昔は90分番組の映画劇場で、よく前・後編に分けて放送してた。観るのは4回目だが、なんと前回観たのが10年前でした。けっこう内容、忘れてますね。要塞の中にあっけなく侵入してたのには、ちょっと驚いた。(←あんたねえ、3回観てるんでしょ! ← セルフ突っ込み)
アンソニー・クイン、最後、かっこいいなあ。デビッド・ニーブンとアレック・ギネスをよく混同する。今回も半分アレック・ギネスのつもりで観ていた。英国紳士風、似てないですか?〔2001・6・19(火)〕


楢山節考(1958年)☆☆☆★70歳になったら、お年寄りを山に捨てる。
貧しい村の家では、家族が多いと食べていけなくなるから、というわけだが、なんとも残酷な「しきたり」である。
木下恵介監督の手法は、歌舞伎や浄瑠璃的な映像によって、映画を見せる。
場面の切り替えも、舞台転換のようだったり、幕を引いたり落としたり。
画面の色も、バックを人工的な赤さにしたり、舞台的な色彩の工夫をしている。
多数のセットを組んで撮影し、作り上げた人工的な美しさがある。
ある場面では、はっきりは分からないが、映像が少しスローモーションのようになっているのに、セリフは普通に流れていたように思えた。
この監督さんには、他にも、画面の一部に彩色をした「笛吹川」など、試みが斬新な作品があって面白い。
山に行く年齢の老婆なのに歯が丈夫なのが、からかわれもして恥ずかしいことだというので、田中絹代さんが石うすに歯をぶつけて折る。
田中さんは、この映画のために実際に歯を折った、という話は有名だ。(私だったら絶対にやらない! それに今なら特殊効果で「歯欠け」だって映像にできると思うし。)
従容として我が子に山へ連れていってもらう、老いた母親が悲しい。
山に入ってからは口をきかないこと、という決まりがあるが、彼女は息子に背負われた時点から、すでに口を開かない。静かな覚悟。
別れの場面は、涙なしには見られない。
様式と叙情が美しい一編。〔2007・5・12(土)〕


楢山節考(1983年)☆☆☆★1958年の木下恵介監督版に続いて鑑賞した、今村昌平監督版。
先日観た「神々の深き欲望」と同様、「生」と「性」、「土着」といったテーマ性は同じものが感じられる。
歯が33本あると、からかわれて、28本だ、と言い返すところや、嫁がやってきて飯を食うところ、石うすで歯を欠けさせるところなど、木下版と同じ場面を、違う俳優で観るのも面白いものだった。
「神々の〜」でも、生き物のアップ映像が出てきたが、この作品でも、ネズミやヘビ、タヌキ、フクロウ、ガ、カエル、カマキリなどの生態、とくに交尾のシーンや他の動物を食べているシーンが、ひんぱんに挿入される。
人間もこうした動物と同じように、生と性の、どろどろした営みの中で生きているんだよ、という感覚。
乏しい食料を泥棒する一家に対する「村の掟(おきて)」で残酷な仕打ちがあるけれど、途中までは「姥捨(うばすて)」についての暗い面は、映画には、あまり出てこない。
かえって、つい笑えてしまうようなユーモラスな点があり、木下恵介版に比べると、話が多少ふくらんでいる。
女優たちの濡れ場(というほどのものでもないが)にしても、夫の遺言で、たたりを除くために男たちに体を開く倍賞美津子、その彼女に順番を抜かされるほど嫌われている左とん平をなぐさめることを頼まれた清川虹子などは、性のおおらかさを見せつつ、女の生命力のしたたかさも印象づける。
清川さんの、使えば使えるもんだなぁ発言には爆笑。
緒形拳が坂本スミ子を背負って山に行く場面は、実際に山を歩く。木下版がセットだったのに対して、リアルな表現だ。
ただ、道のりが険しすぎ、これじゃ親を置いてくるどころか、親子ともども事故死しちゃうんじゃないか、と心配になるくらい。
それに、雪がいきなり降り積もりすぎ。いくらなんでも、あの短時間であれだけ積もらないのでは?
雪の場面は、雪が降るまで撮影を待ったわけではなく、雪が降った別の日に撮ったのではないか。
特典映像の予告編では、撮影3年とあった。…そんなに、かかりますか。
あれっと思ったのは、撮影開始時の予告編の母親役が、坂本スミ子さんではなかったように見えたこと。主役交代があったのか。
木下恵介版は、見事な芸術作品だった。対する今村版も、今村監督にしか作れない価値のある作品であろうと思う。
よくある凡庸なリメイクではない、確固とした映画だった。〔2007・5・12(土)〕


ナルニア国物語/第1章:ライオンと魔女☆☆★これを観ておかないと、もしも第2章以降を観たくなったときに困るなあ、と思って、WOWOWの放送時に観てみました。
やっぱり、かなりお子様向けだった。
タンスの向こうに別の世界がある、というのは素敵な空想で楽しい。
出てくる動物たちの中では、ビーバー夫婦がよかった。なんでビーバーなのか? 空想話だから、それは、さておく。何が出てきてもいいのである。
えらいライオンの声がリーアム・ニーソン。ジェダイのえらい人とか、リーダーっぽい役が似合う声なのだね。
そんなにえらいライオンなのに、おいおい、無駄死にかよ!とツッコミたくなる場面も。
他にも、死んだと思った動物が生き返ったり、都合のいい展開があるけれど、まあ、いいでしょう。ライオンが神様だし。
…と考えると、彼が犠牲になろうとする場面も、罪ある者の身代わりとして理解できるわけか。
魔女役のティルダ・スウィントン。魔法使いのくせに、戦闘でも強い。魔法を使えばいいのになあと思うが…。魔法のバリエーションが少ないのだろうか。性格が冷たい感じは、うまく出ていた。
教授の役はジム・ブロードベント。「ムーラン・ルージュ」での扮装しまくり姿の印象が強いので、ちょいと出てきても、はじめは、この人だと分かりにくい。
次作にも登場して、今度はナルニア国に行くとか、もっと活躍してほしい。あ、でも次がどういう話になるのか、原作は出来ているんだっけ…。〔2007・4・29(日)〕


ナルニア国物語/第3章:アスラン王と魔法の島☆☆☆★クソガキが、いいアクセントに。
シリーズの味を出して、よくできていると思う。
今回は、兄妹ふたりと一緒に、いとこがナルニアへ行ってしまう。
このいとこが性格悪いガキでねえ。そのくせ、意気地がないという、お決まりのパターン。
それが、どう変わるのか、いや、変わらないのか、というところも興味を引く。
終盤になって、あ、これって3作目だから、もしかして映画としては最後なのか!? と思える展開に。
もの言うねずみさん、好きなのにな〜。
いや、待て、原作は7部作だからねえ。まだ、やるかな?
ただ、原作の4作目は、あのクソガキが主人公だという風の噂を聞いたので…ううむ。
アスランも、兄妹はもう卒業だから呼ばないよ〜、でもクソガキは呼ぶよ〜、なんて、確かに言ってた。
ルーシィちゃん(ジョージー・ヘンリー)も美人になってきたし、魔法で、姉スーザン(アナ・ポップルウェル)の容姿にあこがれる必要なんてないからね。
しかし、兄のエドマンド、ごめん、想像しちゃった、って、あの気持ち悪い怪物を考えちゃったんですか!? どんな想像力やねん。笑。〔2012・7・21(土)〕


ナルニア国物語/第2章:カスピアン王子の角笛☆☆☆前作を見ていたので、この続編も見てみようか、という程度の観賞の動機。
駅で汽車が通過するときにナルニアへの道が開くというのは、ハリー・ポッターの何作目かでもあったような気がするぞ。「旅」と駅、汽車は関係が深いというわけだ。
ナルニアはテルマール人の支配下にあり、テルマールの王子は政権を狙う伯父の陰謀から逃れ、いまやナルニアの味方となっていた。
角笛の音色に呼ばれ、再びナルニアを訪れた4人の兄妹。
テルマール人とナルニアの戦いが始まる。
戦いが必ずしも、うまくいかないところが話としては面白い。やっぱり、苦労はしないといけないんでしょうか。
1対1の決闘という見どころの工夫などもあり、2時間半をまあまあ飽きることなく見せてくれる。
何で、そういうふうに(うまく)いくか、とか、逆に、何で、そういうふうにしないんだ、とか、話の内容は甘いけど。
たとえば、アスランにしても、自分が助けられないなら、さっさと「木」に戦うように命じておけばいいのに。
ナルニアのネズミくんは、かわいかった。(戦士に、かわいいは失礼か。)
アナグマもね。
ロード・オブ・ザ・リングもハリー・ポッターもナルニアも、「戦い」は必須なんだね…。
それが成長の旅、学びの旅ということか、こういうお話の主人公の運命は。
彼らが現実世界に戻るときの、別れの寂しさで、見ているこっちは、じーんとしてしまう。
長男と長女は、再びナルニアには戻らないのだろうか。アスランがそんなことを言ってたよね。〔2009・12・20(日)〕


ニーチェの馬☆☆☆☆神はいない。我々はやがて消え去る。
セリフは最小限。主な登場人物は2人。日々の暮らしの単調な繰り返し。
荒々しい音を立てているのは、止むことなく吹きすさぶ風のみ。
以下ネタばれ。
開巻すぐ、風の中を進む荷馬車を映す。馬のアップになる。延々と、馬が歩く様子を映す。
この時点で、この映画は普通と違うぞ、と気がつく。
荷馬車が家に帰ると女が出迎えて、2人で馬と馬車を小屋に。無言。
女に自分の着替えをさせる男。
何様だよ、こいつ! と思っていたが、男は右手が使えないんだと分かった。
しかも、女は彼の娘らしい。
着替えの経過ひとつひとつまで、カメラは映す。
食事は、ゆでたジャガイモ1個。手で皮をむいて食べる。
椅子に座り、窓の外を見つめる。
そんな生活の同じ繰り返しを、長々とカメラは映す。退屈だが見入ってしまう。
退屈な日常の繰り返しこそが、尊く、強いものであるかもしれないと、ふと思う。しかし…
訪問者が来る。「すべてが奪われた…」 とめどもなく、しゃべる。
馬車で通りかかった一行は、1冊の本を置いていく。「朝はやがて夜に変わり、夜にはいつか終わりが来る」
馬は働くことを拒み、食べることもしない。
なぜか井戸が涸れ、父娘はこの家を離れようとするが…。
な〜んか、もやもやと分かりそうで分からないが、見たあとも、ずっと何かが自分の中に残りつづけている映画なのは間違いない。
はじめて見たタイプの映画であり、心をざわつかせる終わり方であり、映画の力強さの、ある方向においての極限のような気もする。〔2013・4・14(日)〕


肉体の門☆☆★戦後すぐの東京。5人の娼婦と、ひとりの復員兵の話。
野川由美子さんがマヤという名前。あとで調べたら、ボルネオ・マヤということになっている。なんか聞いたことあるぞ…。
娼婦のひとりは和服だが、あとの4人が赤、黄、紫、緑の、色違いで似たような服を着ていて、視覚的に、きれいでいい。目に鮮やか。
下着まで同じ色だったから、まるでコスチューム。
服と同じ色を背景にして、4人それぞれのショットが映るところは、すごく、おしゃれで、かっこいい!
進駐軍とトラブルを起こし、娼婦たちの住みかに転がり込んでくる男、宍戸錠。
ふとした拍子に石原裕次郎みたいに見えたりする。(でも、関根勤にも見えるような…。)
目の錯覚でしょうか?
牛を一頭連れてきて、彼ひとりで解体(して、みんなで食う)という場面は、なにか意味があるのだろうかとも考えたが、分かりません。単なる生きるバイタリティなのかな。
色彩とか、娼婦なんて仕事はやめなさいと諭す外国人神父の運命とか、パイン缶とか、日の丸とか、リンチとか、(牛とか)、断片的に印象に残るところはある。
娼婦仲間のボス的な存在を演じた河西郁子という女優さん、なかなかよかったのだ
が、ネット上でプロフィールを探しても、ほとんど映画に出てなくて、詳しいことが不明。
これまでに観てきた鈴木清順監督の映画には、意味が分かりにくいものがあったのだが、これは、わりと普通だった。この頃のは、こんな感じなのだろうか。
田村泰次郎の原作で、1948年にはマキノ正博監督、轟夕起子主演、1977年には西村昭五郎監督、加山麗子主演、1988年には五社英雄監督、かたせ梨乃主演で、映画化されている。〔2007・5・13(日)〕


逃げ去る恋☆☆☆ドワネルもの5作目、最終作。
アントワーヌ、また別の女と寝てると思ったら、クリスチーヌと離婚するのか!
協議離婚第一号というので、取材が来てる。(笑)
アントワーヌの最初の彼女、コレットが弁護士になっていて、アントワーヌと再会。
演じるマリー=フランス・ピジェは、脚本にも加わっている!
今度の彼女は、サビーヌ。
彼女との出会いはドラマティックで、それは後から明かされることになる。
しかし、よくチャラチャラと女を遍歴するもんだよ、アントワーヌ。クリスチーヌの友人ともデキてたし。
亡くなっている母の愛人とも会って、はじめて、母の墓の場所を知るアントワーヌ。そんなに疎遠だったのか。
過去4作のフィルムも、たくさん取り入れて、否応なく、最終のまとめ的な気分にさせる。
約20年にわたって、同一俳優でストーリーをつくってきた例は、あるとしても少ないだろう。退屈はしなかった。〔2012・10・8(月)〕


虹蛇と眠る女☆☆☆「映画感想/書くのは私だ」に感想あり。〔2016・2・28(日)〕


21グラム☆☆☆☆ショーン・ペン、ベニチオ・デル・トロ、ナオミ・ワッツの3人の演技がすごいぞ! 重量級のパワーと、ざらついた緊張感が漲(みなぎ)る。
時系列をバラバラにした構成は、最初は何の意味があるのかと思う。だが、人間の記憶なんていうものは、一瞬一瞬のシーンの印象を脈絡なく思い出すものではないか。この作りは、それを並べたようなものといっていいのかもしれない。
それに、後から、そうか、そういうことだったのか、と分かる知的スリルがある。「映画感想/書くのは私だ」に感想あり。〔2004・6・5(土)〕


21日間☆☆☆ヴィヴィアン・リーとローレンス・オリビエが共演したサスペンス。グレアム・グリーンが脚色に参加している。
男が、恋人の元夫を正当防衛で殺してしまう。浮浪者が犯人として捕らえられ、裁判が進行する。その間、男が罪の意識に苦悩する姿。いかにもグリーンが好みそうな題材かもしれない。
恰幅のいい兄のほうがオリビエかと思っていた。でも、なんとなく顔が違うよなあ、と考えていた。映画が終わったあとの出演者の紹介テロップで、あ、弟のほうがオリビエだったんだ、と知った。ずいぶん若かったので、オリビエとは思わなかったのだが、昔の作品なのだ。若くても、おかしくないんだ。うーむ。〔2003・1・12(日)〕


ニ十四の瞳☆☆☆☆完璧。こんなに泣かされる映画も少ないだろう。素朴な子どもたちが泣くと、こっちも泣けてくる。
休んでいる先生に会いに、子どもたちが歩いていく場面では、あまりに道のりが遠いので、だんだん泣き出し、みんなで泣きながら歩くのも可愛い。
BGMも、子どもたちがうたう歌も、唱歌。いろんな歌が流れるが、すべて知っているメロディだった。歌詞は分からないけれど。
習字で書かれていた字は、「ノメクタ」?「クタノメ」? 何だろう?
島外に働きに出された、まっちゃんのエピソードは泣ける。修学旅行で偶然やってきた先生たちの船が出港するのを、隠れて見送る場面には、大泣きだった。
ウエットな話に感動する…日本人だなあと実感する。
自分も行ったことがある栗林(りつりん)公園が映ったときは、なんだか嬉しかった。
戦争の影が近づき、生徒たちや夫も戦地へ。反戦色も濃い。「おかあさん泣いた。死んだ人が可哀想で、うんと泣いた」。
叙情的な音楽が流れて、子どもたちの将来を語る場面の雰囲気は、なぜか、ジョン・フォード監督の映画を想わせた。
子どものセリフで聞き取りづらいことがあるのと、口の動きとセリフがずれているところがあった(アフレコ?)のは気になった。
20代から40代までを演じた高峰秀子さん、よかったです!〔2004・5・8(土)〕


28日後…☆☆☆先日観た「サンシャイン2057」が面白かったので、ダニー・ボイル監督に興味をもち、同じSF系統でホラー風と噂に聞いた、この作品をレンタルしてみた。レンタル店では「SF」ではなくて「ホラー」のジャンルに置いてあった。
動物愛護団体のメンバーらしき人たちが、研究のためにオリに捕われている猿を助けようとする。
研究者は、逃がしちゃいけない、大変なことになる、と止めるが…。
場面は一転、病院で裸の男が目覚める。しばらく見ていたら、あれ、これは「サンシャイン2057」に出演していたキリアン・マーフィじゃないか?と気がついた。
誰が出演しているのかを何も知らずに観始めていたのだ。
ちなみに後で調べたら、原作者も「サンシャイン2057」と同じ。この原作者・監督・主演者トリオは、この作品で気が合ったのかな?
さて、意味もなく全裸あお向けアソコ左向きのサービスショットを見せた(DVDだけ?)キリアン君(ウエストが細すぎ。上半身が逆三角形!)が目覚めてみると、周囲の世界は一変していた。
うーむ、いかにもSF的でいいですね。
この映画、じつはゾンビ風味だった。感染者が襲ってくるのを撃退し、あるいは逃げながら、非感染者の4人は軍隊が駐留していると思われる場所を目指す。
さあ、本当に軍隊はいるのか。そして彼らのもとに着けば安全なのか。
ゾンビ風感染者から逃げても、まだ他にも予想外に怖いものが待っている、という展開が新しいところだろうか。人間は怖いって。
でも、それほどスゴイものではなかったかな。「サンシャイン2057」で楽しみすぎたせいか。
主役のなかに、ナオミ・ハリスさんが。彼女は「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズの2作目、3作目で、預言者のティア・ダルマちゃんを演じてますね。これが出世作だったのか。
エンディングが2つあって(劇場公開時も同じだったんですね?)、本編ではハッピーエンド、「もうひとつのエンディング」では、ちょっとアンハッピーエンドだった。
アンハッピーエンドだと、救いがなさすぎるように思えますね。悪くはないけど。〔2007・4・27(金)〕


28週後…☆☆☆☆「映画感想/書くのは私だ」に感想あり。〔2008・1・20(日)〕


虹を掴む男☆☆☆★「LIFE !」が本作のリメイクとのことだが、内容は全く違った。
空想癖のある男が、実際にも事件に巻き込まれていく(?)騒動のお話。
出版社に勤めている設定は「LIFE !」と同じだが、こちらの場合はLIFE誌ではなくて、煽情的な表紙の絵で目を引く本などを扱う、大衆的な出版社のよう。
「七年目の浮気」の主人公が勤務している会社でも、ちょうど、似たような本をつくっていましたね。
空想シーンには、優秀な外科医、空軍の勇者パイロット、ポーカーのギャンブラーなどがあって、楽しませてくれる。
ダニー・ケイの、ものまねを入れた歌&トークは、私はあまり笑えない。うまいのだろうなあとは思うんだけど。
ケイの相手役は、ほかの作品でも何度もコンビを組んでいるヴァージニア・メイヨさん。
ノーマン・Z・マクロード監督というと、ボブ・ホープ主演の「腰抜け〜」シリーズが思い浮かぶが、コメディタッチの俳優を生かす映画が上手だったのでしょう。
フランケンシュタインで有名なボリス・カーロフが出ているのには驚いた。ポスターの画像にも出ていますね。
それから、マンハッタン乗り換えです、という車掌(?)のコールで「マンハッタン・トランスファー」と言っていたのには感動。なぜかといえば、「マンハッタン・トランスファー」という抜群のコーラスのポップグループがあり、私は好きだったから。(残念ながらメンバーのひとりは昨年亡くなったのであるが。)〔2015・4・28(火)〕


2012☆☆★「映画感想/書くのは私だ」に感想あり。〔2009・11・22(日)〕


2001年宇宙の旅☆☆☆☆2001年は、すでに遠く過ぎた。科学の進歩は、ある点では、この映画の想像以上に進化し、ある点では、あまり進歩していないだろう。
原作者のアーサー・C・クラークが3月19日に亡くなったというので、録画してあった本作を見た。
冒頭、原始時代の猿人の場面が、かなり長いのは、以前見た記憶と違っていて、少し驚いた。
ここに、黒い巨大な四角の石柱(モノリス)が出現する。それに手を触れた猿人は、知恵を授かる(ように見える)。
月への宇宙旅行の描写を挟んで、舞台は木星探索に向かうディスカバリー号へ。最新鋭コンピューター、HAL9000がコントロールする宇宙船だ。
完全に自分の意思をもったコンピューター、これは怖い。読唇術もできるというのは、ちょっと万能すぎる気もするが。
最終的に、サイケ(幻覚のよう)な光の模様の中へと、旅は突入、地球の原風景ふうなところも通り過ぎる。これは地球の誕生?
老人から胎児へ。大いなる宇宙の中で、より高い次元に転生した人間か。
リヒャルト・シュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」、ヨハン・シュトラウス2世の「美しく青きドナウ」ほか、アラム・ハチャトゥリアン、ジョルジ・リゲッティと、クラシック音楽が使われている。
これほどクラシック音楽が映画に合っている映画も少ない。
とくに、「ツァラトゥストラはかく語りき」のドラマティックさ、「美しく青きドナウ」の、ゆったりとした宇宙にぴったりのワルツ。
宇宙ステーションの映像などとともに「美しく青きドナウ」が、見たあと、いつまでも、何日経っても、脳内でリピートする。
キューブリック監督は、アレックス・ノース(「欲望という名の電車」〔1951年〕、「スパルタカス」〔スタンリー・キューブリック監督、1960年〕、「噂の二人」〔1961年〕、「荒馬と女」〔1961年〕など)に作曲を頼んでいて、それまでの間に合わせで、クラシック曲を映像に合わせていたらしい。
それが、そのまま使われ、結果的に大きな魅力になったのだから、何が幸いするか分からない。
月旅行の宇宙船で、靴底にマジックテープをつけているのか、床とくっつくようにして歩いている。無重力で体が浮かないようにしているわけだ。
壁から天井へ歩いていって、人間が逆さまになり、そのまま部屋に入っていくと、そこでは人は逆さまになっていない。部屋そのものが逆さまについていたのだ。このあたり、面白かった。
説明を省いてしまって、観客の想像に任せる大胆さ。よく分からなくても、それでも魅力があるのが、この映画の力だろう。
アポロ11号による人類初の月面着陸とされているのは1969年。
それ以前の1968年の段階で、こんな宇宙もののSF映画を作ったのは、やはり、すごいと思う。〔2008・3・20(木)〕

(評価不能)5回目。大画面のスクリーンで観てみたいと、勇んで行ったのだが、寝不足のせいか、眠くて、もう!
「午前十時の映画祭」にて。MOVIXさいたま。
2年前にテレビで見たときの記事では、星4つで、いい評価をしている。
今回は、なにしろ眠かったので採点不能。
コンピューターのHAL9000が読唇術を発揮するシーンで、インターミッション(休憩)が入ったので、眠気覚ましのためにもトイレに行った。
速攻で戻ってきたのに、もう映画が始まっていた。
休憩があるけど、トイレに行けないくらい短いよ、って前もって教えてくださいよ、映画館さん!
少し意識がはっきりしてくると、今度は、おなかが空いてくる。
昼どきだから、もう、グーグーだって猫であるじゃなくて、おなかがグーグー鳴る。
この映画、無音のシーンが、けっこう多いから、静かなときにおなかが鳴ったらどうしよう、と緊張して、かえって、おなかが鳴る。
でも、まあ隣の人や、あっちの人や、おなかを鳴らす仲間がいたので、少しは気が楽だった。
映画は、はじめに、真っ暗なスクリーンにクラシック音楽が流れていたし、映画が終わっても、クラシック音楽が延々と流れた。
おい、いつ終わるんだ? いつ帰れるんだ? と心配になるほど長く続く。
いくらなんでも長すぎる。クラシック音楽を聴きにきたんじゃないのに。
たぶん、これは帰宅するときのバックグラウンドミュージックとしても存在しているのだろう。
今回の私のラストの解釈。
人は生きて、食べて(笑)、老いて、死に、また新しい命が生まれる。
その新しい命は「希望」であり、その「希望」が、こちらを向いたところで映画は終わる。
ということにしましょう。〔2010・7・10(日)〕


200本のたばこ☆☆のんきに観てるぶんにはまあまあ楽しめる。ケイト・ハドソンを見れればいいか。エルビス・コステロが出てる。ベンの弟ケイシー・アフレックって、どの役だったんだ?〔2001・7・8(日)〕


日曜日には鼠を殺せ☆☆☆★原題と邦題は、まったく違う。
本作、原題は“Behold a Pale Horse”で、ヨハネ黙字録の「見よ、蒼ざめたる馬あり、これに乗る者の名を死といひ、陰府(よみ)、 これに随(したが)ふ」から。
邦題は原作のタイトルどおりらしく、安息日の日曜日に鼠を殺した猫は、月曜日に処刑されるんだよ、という格言みたいなもの。
スペイン内乱から20年後、ゲリラの闘士だったグレゴリー・ペックは遠く離れたフランスの地で暮らす。
かつての宿敵、アンソニー・クインは警察署長。ペックの母が危篤でスペインの病院にいることを知り、ペックをおびき出そうと考える。
神父オマー・シャリフはペックの母に会い、罠だから来てはいけない、との伝言をことづかる。
神父の逡巡。伝言を受けた子ども(親の仇の署長をペックに殺してほしいと思っている)の迷い。
母の危篤を知らせに来たペックの親友は、罠だとは言っていない。神父の話を聞いたペックは、親友と神父の伝言のどちらを信じるのか。
それぞれの心のうちのドラマが面白い。
ペックの決断は。
最後の選択は人間くさくて良い。
悪いことすると、自分がやられちゃうよ、という原作タイトルではなく、死を伴った馬という原題を付けた映画であることを考えれば、本作、ペックを否定はしていないと思われる。
モーリス・ジャールの音楽は奇妙に聞こえるところもあり、2年前の「アラビアのロレンス」的な風味が見えてしまう。
そういえば、アンソニー・クインもオマー・シャリフも、「アラビアのロレンス」に出演していたねえ。
ジンネマン、硬派ぽくてピシッとしていて甘くないのが映画としていいよな〜と思える監督。〔2017・10・30(月)〕


ニュー・シネマ・パラダイス☆☆☆☆村の映画館。村人の唯一の娯楽。ライオンの口の形の映写口。おおらかでユーモラスな展開。
ジャン・ギャバンの「どん底」、ビスコンティ監督の「揺れる大地」、チャップリンの短編、ジョン・ウェインの「駅馬車」、映画のポスター…。映画好きなら、この映画は楽しいはず。
映写技師と仲良しの子どもが、技師の後を継ぎ、青年になり、恋をして、やがて村を離れていく。30年ぶりに戻ったときの、宝物のような、当時の写真や映写機。そして映写技師の形見は、これ以上ない感動ものだ。
エンニオ・モリコーネの音楽もノスタルジーを呼ぶ。
白黒のマリリンの写真が壁に貼られているのに注目。〔2003・11・2(日)〕


ニュームーン トワイライト・サーガ☆☆★続きものの話の、まさに途中経過。にしても、盛り上がり不足。
もうすぐ3作目が公開。そういう時期に2作目を見たということは…?
3作目を映画館で観ようかなと、ちょっと思ったわけだが。このぶんでは…
しかし。盛り上がらなかったなー。多少盛り上がったのは、オオカミのシーンだけか。
甘々カップル、別れ、別の男が彼女に接近、あと何があったっけ。
終盤に出てきた、ダコタ・ファニングさんには注目しておかないとね。
アシュリー・グリーンさん、かわいいです。
クリステン・スチュワートさんも、きれいだけど、ちょっと病的に見えるときも。ヴァンパイア向き?
ヴェラという名前、なんとなくヴァンパイアと言葉の響きが親せきっぽくて、ヴァンパイアとはお似合いカップルのイメージ。
はたと気づいたのが、「妖怪人間ベム」の大人の女性妖怪(?)がベラだったこと!
やっぱり、なんだか妖しい雰囲気だよ、ヴェラって。
女優では、ヴェラ・マイルズとか、えーと…。
そうだ、ベラドンナというのも、妖しい感じだよね。
ということで…ほかに書くことなし。〔2010・10・31(日)〕


NY心霊捜査官☆☆☆★あのー、けっこう怖いんですけど。
イラクに行った兵士が何かに出会って…という始まりで、さてそれがニューヨークでどんな事件になるのか。
オカルト的な作りがじわじわ来る。
ドメスティックバイオレンス、母親の豹変、地下室の事件…勘の鋭い刑事ラルフ・サーキは、やがて自分だけに聞こえたり見えたりするものがあることを知る。
神父が出てきて悪魔祓いというのは、もはや、ありふれてはいるが。
スコット・デリクソン監督といえば、私がとても気に入った映画「エミリー・ローズ」をつくった人。
やっぱり、ていねいに怖さを演出する力があるのだと思う。(彼の他の映画は見ていないので、決定的なことは言えないけれども。)
ちっちゃな女の子がこわい目に遭うというのも、怖いんです!
んで、犯人役のショーン・ハリスは、「ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション」で悪者役やってる俳優じゃないですか!
あんまり悪党がはまって、悪い役が多くなるのも考えものか?〔2015・10・9(金)〕


ニューヨークの恋人☆☆☆メグちゃんのラブコメだ! まだまだ行けるね、メグちゃん。(最近、口を整形して厚くなったみたいで、ちょっとやだよ。)
ヒュー・ジャックマンがXメンじゃなくて、ハンサムです。
タイムトリップして現代に来た貴族、というアイデアね。荒唐無稽だけどいいでしょう。このラスト以後のメグちゃん、ちゃんとやっていけるかな。
スティングの歌がアカデミー主題歌賞をとったが、ラストクレジットで流れるだけ。映画の内容と関連して取った賞ではないじゃん。ただ、歌がいいってだけで選ぶなよな、と言いたいかも。〔2003・11・15(土)〕


ニンフォマニアック Vol.1」☆☆「映画感想/書くのは私だ」に感想あり。〔2014・10・26(日)〕


ニンフォマニアック Vol.2☆☆☆「映画感想/書くのは私だ」に感想あり。〔2014・11・9(日)〕


濡れた二人☆☆☆☆情念の強さがすごい。
「若尾文子映画祭 青春」にて。角川シネマ新宿。本特集60本の映画のうち、私は結局10本観た。そのラスト。
(好評なのか、冬にも再び特集をやるそうです。その件ではないが、ツイッターで角川シネマ新宿に質問を送ったけど、当然のごとく返信はなし。こういうのに返事をくれたら、すごく好感度が上がるのに、そういうことを考える頭はないんだね。)
この作品、むか〜し見たことがあるけど、まるっきり記憶がない。(それで見た意味があるのかとも思うが、その時点での情感形成=成長には役だっていたと信じたい。)
夫との関係がうまくいかないまま、ひとりで旅に出た妻。旅先の港で漁師の若い男に惚れられて…。
若い男が北大路欣也。色が黒くて、ギラギラしてる。
とても、犬のおとうさんと同一人物とは思えません。大河ドラマで「そうせい」とおっしゃる殿様と同一人物とは思えません。ギンラギンラ、若さ、ほとばしっています! 筋肉ムキムキ黒ギラ青年です。
欣也のことが好きな地元の女の子(渚まゆみ)がいて、欣也が、あやや(若尾文子)にアタックすると、やきもち。
欣也と一緒に働く男(平泉征)が、その女の子を好きなもんだから、もう三角関係ならぬ、四角関係。
むりやり肉体関係を迫ったり、かなりハードなシーンも。
あややもヌードシーンがあるが、ハダカは代役が普通だったようなので、顔が出ていないカットは本人ではない可能性が大。そう思うと、ありがたみが減るが。
あややが夫とともに家に帰ろうとしてバス停にいると、欣也が「俺を捨てて帰っちゃうのかよ!」とばかり、彼女のまわりをバイクでぐるんぐるん回りまくる。
何度も何度も。しつこいです! 見ていて、いつまでやるかとあきれるくらいに、バイク小回り連続世界記録挑戦かとばかりに回っております!
欣也、以前にも感情のほとばしりをどうにもできずに、バイクのクラクションを鳴らし放題に鳴らしていたこともあり、やりすぎ感満杯の増村保造演出の押しの強さ。若さって青臭いの。うおー!
この情念ですよ。若気の至りかもしれない。ほとばしる○○。
そして、男を待つ部屋で。待ちくたびれた末に、庭にいるのかいないのかわからない男を挑発して、彼女が取る行動!
すごいです。雨の中。女の情念。
年上女と若者、男は、ひよっ子にすぎませんね。
「妻は告白する」のところでも書いたが、増村監督のテーマが「日本的環境から自立しようとする女」ならば、なるほど、と思う。夫婦生活は妥協しても続けるか。幸せってなんだろうか。生きたいように生きることが許されないならば。…とかね。〔2015・8・9(日)〕


ネオン・デーモン☆☆☆☆「映画感想/書くのは私だ」に感想あり。〔2017・1・15(日)〕


ネバーセイ・ネバーアゲイン☆☆☆007の番外編。
12年ぶりにショーン・コネリーがボンド役に復活。なんで出たのか分からないけど。
頼まれて、まあいいや、と思って出たんでしょうか。
監督が「スター・ウォーズ/帝国の逆襲」(1980年)のアーヴィン・カーシュナー。てことで、ちょっと期待します。
けど、まあ、普通にボンド映画らしいといえば、らしい出来上がり。
見どころは、なんたってボンドガールのキム・ベイシンガーさん。まだ映画には数本しか出演していない頃の作品。
最初から、ダンスの練習の場面で、身体が柔らかいとこを披露。
衣装の胸の先が、ぽっちり。んー、観客サービス!
彼女、あとのシーンでも、両胸の格好が透けてわかりそうな服を着てた。んー、観客大サービス!
怖い敵のボンドガールもいて、こちら、バーバラ・カレラさん。
彼女が出た映画では、ロードショー誌の映画紹介で読んだ「ドクター・モローの島」(1977年)なんてのが、なぜか、すごく記憶にある。
本作の彼女は、ひどく自意識が強い。ボンドが抱いた最高の女だったと認めさせなければ納得しないのだ。
バハマの英国大使館員の役で、ミスター・ビーンが!
といっても、まだミスター・ビーンを演じる前だから…。でも、知っているから、どうしても、あ、ミスター・ビーンだ!となってしまうのだった。
敵役が作った征服ゲームで、日本がターゲットになっていたのは、この頃、日本が注目される国だったのだろうか、と考えてしまう。
いまどきだったら、どうなんだろう?
敵のお偉方ブロフェルドには、マックス・フォン・シドー。あんまり出てこないけど。
ボンドの上官Mには、エドワード・フォックス。「ジャッカルの日」(1973年)の暗殺者ですよ。
音楽は、ミシェル・ルグラン。歌は、ラニ・ホール。
資料を見ると、アイ・スキャンのコンピューターボイスが、エイミー・アーヴィングさんだったらしい。〔2011・11・5(土)〕


ネバーランド☆☆★今年の映画始めは、「ピーター・パン」を書いたジェームズ・マシュー・バリと、ある一家の交流を描いた作品。
バリにジョニー・デップ、デイビス家の母親にケイト・ウィンスレット、デイビス家の子どものひとりピーターにフレディ・ハイモア。
ちまたの評判のいい映画だが、すまない! あんまり、いかんかった。
まず思ったのは、結婚というのは、なかなかうまくいかないものだなあということだった。
バリは、未亡人(現実の話では、夫は生きていたらしい)とその子どもたちと仲良くなって、しまいには彼らと一緒に過ごす時間のほうが、奥さんといる時間より長くなってしまう。
いくらなんでも、そりゃないでしょ。奥さんが可哀想。
バリは、デイビス家とは友人として付き合っていると言ってるけど、行きすぎでしょう?
バリは絶対、未亡人が好きなんだって思ってしまう。
バリの奥さんはバリが好きで結婚したはずなのに、うまくいかなくなっている。その悲しさを演じたラダ・ミッチェルはよかった。私はあなたの味方です。
ジョニー・デップ、ケイト・ウィンスレットは普通だし、ダスティン・ホフマンなどは、ほんの端役。天才子役と言われるフレディ君も、別にたいしたことない。
それより「ピーター・パン」の劇で犬を演じたアンガス・バーネットがおいしい役だったし、ピーター・パン役のケリー・マクドナルドが可愛い。
終盤は泣かされるが、そういう展開だからしょうがない。あまり気にいっていないとなると、感動するよりも、あざとい、と感じてしまうものなのだった。
信じること、夢や想像の大切さ、人に対する優しさ、など、素晴らしいテーマは多いから、この映画が好きだという人はたくさんいると思う。
たんに私が、ひねくれているだけである。
「どんなところなの、ネバーランドって?」
「いつか、連れていってあげるよ」
「映画感想/書くのは私だ」に感想あり。〔2005・1・15(土)〕


野いちご☆☆☆☆「あたしが好きなのはイーサクおじさん。今日も明日も、ずっとよ」。娘が言う。
「君が大好きだ」「私もよ」。息子の嫁が答える。
その夜のイーサクの夢は…。
イングマール・ベルイマン監督とは、天才なのだろうか。少なくとも、たぐいまれな映画作家であることは間違いない。
「処女の泉」に続いて、本作を観賞。どちらも初めて見るわけではないが、今回は2本ともに、いい映画だと感じた。
「いい」と簡単にいったけれど、単純な面白さではなくて、「深み」がある。どんな深みかといえば、見てもらって、その人に感じてもらうしかないもので、下手な説明は無理。
キーワードは、「老い」「若さ」「夫婦」「孤独」、大きくいえば「人間関係」「愛情」か。…と言ったところで、見なきゃ分からないだろうし、このキーワードを書いたそばから、言うだけ陳腐かと思った。
それでも、いくつか書き留めておくと…。
悪夢の場面は、シュールで面白い。
また、過去のシーンで印象深いのは、サーラが鏡をもって老人の顔を映す場面。若いサーラの顔の横に、老いた顔が並ぶ。この図は、すごい。
冒頭に書いた、娘の優しい言葉は、こちらが泣けるほど素晴らしい。彼女の明るさは、いい。(2役を演じた、ビビ・アンデルセンが好演。)
まだまだあるけど、ありすぎて、すべてのシーンがいいような思いがしている。
「処女の泉」で養女インゲリを演じたグンネル・リンドブロムさんも出演している。
私は「処女の泉」のワイルドな彼女が好きなのだが、基本的に美女。
本作では過去のシーンで出てくるシャルロッタ役。サーラの姉なのか、食卓の場で、からかわれて泣いて出ていったサーラを追いかけて、階段のところで話を聞いてあげている。〔2010・8・29(日)〕


ノウイング☆☆★「映画感想/書くのは私だ」に感想あり。〔2009・7・11(土)〕


ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ☆☆☆★「映画感想/書くのは私だ」に感想あり。〔2010・11・7(日)〕


ノーカントリー☆☆☆「映画感想/書くのは私だ」に感想あり。〔2008・3・15(土)〕


ノーマ・ジーンとマリリン☆☆☆★アシュレイ・ジャッドがノーマ・ジーンを、名前をマリリンとしてからをミラ・ソルヴィノが演じる。マリリンになってから以後に画面に登場するノーマ・ジーンは、もうひとりの自分。マリリンを批判し、見守る存在。ああ、でも最後はやっぱり悲しいよ! いくつかの真実はあるけど、すべてがこの通りだと思われても困るけどね。本人以外、たぶん誰も正確なことを知るわけないんだから。〔2002・4・15(月)〕


ノー・マンズ・ランド☆☆☆☆カンヌ映画祭脚本賞、ゴールデングローブ賞外国語映画賞、アカデミー賞外国語映画賞など、多くの賞を受賞した。
前線の中間地帯の塹壕で敵同士が出会い、地雷のために動けなくなるという状況設定が上手い。
怒りや憎しみの生まれる先は、喧嘩で済まないのが戦争なのだ。その先には、死が待っている。そのことを、人間はもっと認識するべきなのではないか。〔2003・5・3(土)〕


ノクターナル・アニマルズ☆☆☆★「映画感想/書くのは私だ」に感想あり。〔2017・11・12(日)〕


ノスフェラトゥ☆☆☆ヴェルナー・ヘルツォーク監督、クラウス・キンスキー、イザベル・アジャーニ主演。ラストはオリジナルをひねっている。ねずみがいっぱい。イザベル色っぽい。〔2001・9・15(土)〕


ノックは無用☆☆☆☆ボックスから観る第6弾。マリリンが神経を病んだ女性を演じている。あるドキュメンタリーでは、母親の反応を参考にしたとあったが、シリアスな役を無難にこなしていると思う。アン・バンクロフトが歌手役で、たくさん歌っているのでびっくりする。〔2002・9・23(月)〕

☆☆☆☆☆マリリンの命日の5日、彼女の映画を観る。
最近観ていなかった一作として、マリリン初の本格的主役といえる作品を選んでみた。
(アカデミー賞の候補になるなら、主演ではなく助演賞候補になりそう。)
マリリン演じるネルは、戦争で恋人を失い、心に傷を負った女性。
ホテルのエレベーターボーイである、おじの紹介で、ホテルの部屋でベビーシッターの仕事をすることになる。
しかし彼女の精神は、いまだに不安定で、ホテルで出会ったある男を、亡き恋人の面影に重ねてしまうほどになっていく。
リチャード・ウィドマークと並んでの主演の座を得たマリリン。
ポスターは、色っぽさを強調したデザインだが、映画は、まるで違う。ポスターは、ただの人寄せの宣伝である。
映画は心理サスペンスで、マリリンは難しい演技を求められ、しっかりと役をこなしているのだ。
ただ、マリリンの母親や祖母には精神的な問題があったらしく、彼女自身が多少なりとも、その影響を受けることをおびえていたのではないかと思うと、役の上とはいえ、精神的に不安定な女性を演じることにマリリンには複雑な気持ちがあっただろうなと、観ているほうも複雑な気分になってしまう。
他の見どころとして、アン・バンクロフトの初めての映画出演ということもある。彼女、「卒業」(1967年)のミセス・ロビンソンですよ。
ホテルのクラブ歌手の役で、数曲を歌っているのだ。彼女が歌えるなんて、この映画を観なければ知らなかった。
それに、ジェームズ・キャグニーの妹、ジーン・キャグニーも出ている。クラブで客の写真を撮って、それをいろんな製品に加工して売っている女性がそうだとは思うのだが、確信はない。(知っている方がおりましたら教えてください。)
悲しい話なので、あんまり好んで観たくはないが、マリリンの演技者としての価値を確認するには、避けて通れない作品だ。
今回少し調べていて、1991年に作られた「ザ・シッター」という映画がリメイク作品で、以前ビデオになっていたということなので、チェックしてみたいが、現在もビデオレンタルに置いてあるだろうか…。 〔2006・8・5(土)〕

☆☆☆☆☆マリリン90回目の誕生日に観賞。出世作と目される「ナイアガラ」より前の作品で、すでに立派な演技を見せているのです。〔2016・6・1(水)〕